3 訊ね人
ベルドロは深く頭を下げると、僕らに礼を言った。
驚く僕らに、ベルドロは顔を上げる。
「あのヒュドラには、俺たちが親しくしていたパーティーが全滅させられた。その仇をとりたい、という気持ちもあったが――そいつらは俺たちより実力が上だった。あいつらがやられるような相手を俺たちが倒せるのか……そんな思いも実はあったんだ」
「そんな事があったんだぞ……」
ライラが驚きのまま声を洩らすと、ベルドロはライラの方を見て笑った。
「だから嬢ちゃんに負けた時、どこかでホッとしたのさ。こんな強い相手に負けたなら仕方ない、嬢ちゃんたちに任せることができた――ってな。とんだ臆病者の話さ」
ベルドロはそう自嘲気味に苦笑した。
ライラは目を見開いて、話を聞いている。
「だからあんたちにヒュドラ討伐を任せることができて、よかった。そして仇をとってきてくれて、本当にありがとう。心から礼を負うぜ」
ベルドロはそう言うと、また頭を下げる。他のパーティーメンバーも、頭を下げた。
ライラは神妙な顔をしていたが、やがて口を開く。
「……クィードの言ってたこと、なんで怒ってたか――やっと判ったんだぞ」
僕はライラを見た。ベルドロたちが顔を上げ、ライラは彼らを見つめた。
「あたしは何も考えずに、この人たちを殺すとこだったんだぞ……。友達想いのいい人達なのに――死んでしまっても構わないなんて、思って斬ろうとしてた――申し訳なかったんだぞ」
ライラはベルドロに頭を下げる。ベルドロが苦笑した。
「よしてくれ。決闘で死んでしまうのは仕方のねえことさ。仮にそうなったとしても、俺たちが嬢ちゃんより弱かったってだけのことだ。嬢ちゃんが気に病むことじゃねえよ。何にしろ、嬢ちゃんは俺たちにとって、恩人なんだ。謝るなんてやめてくれ」
ライラは少し潤んだ眼で、顔を上げた。
反省したらしい。こういう素直なところが――ライラのいいところだ。
「ライラ、ナメられたらいけない――ってことより、命が大事だってことが判ったんなら、今後はもっと考えて振る舞えるようになる。それでいいと思うよ」
僕はライラを見て言った。ベルドロは笑顔を見せて、僕たちに言った。
「何しろ、あんたたちに感謝してるのは、俺たちだけじゃない。他にもあんたたち感謝してる奴らが沢山いる。――今日のところは、とにかく奢らせてくれ! さ、行った行った」
そう言うとベルドロは、僕らの背後に廻り背中を押す。
食堂の方に押されていくと、冒険者たちがワッと拍手した。
「レイミアーズやったな!」
「今日は奢らせてくれよ!」
あちこちから声が飛び交い、僕らは席につかされた。
いきなりジョッキが四つ出てきて、僕らの前に置かれる。
そこでベルドロが声をあげた。
「じゃあ、レイミアーズが無事、ヒュドラを討伐してきたことを祝して――乾杯!」
「「「「「カンパーイ!!!」」」」」
冒険者たちが一斉に杯をあげた。
そこから僕たちは飲めや歌えの騒ぎの渦中にあり、あちこちから挨拶が来て、呑んだり食べたりする。
聞かれるがままにライラは、椅子の上に立ってヒュドラ退治の時の様子を声をあげて話していた。
「――とにかくヒュドラは火炎放射と触手攻撃で、全然近づけない。あたしたちも攻めあぐねて、どうしようか迷ったんだぞ」
「どうしたんだ?」
どっかからか、声がする。
「クィードだぞ! クィードが突破口を開いたんだぞ。プリシアが左端の首を攻めて気を逸らしてる間に、クィードは左の胴体部で接近して、必殺のパンチを撃ち込んだ」
「パンチ? 無手の攻撃か?」
あちこちから不思議そうな声があがる。
「そうだぞ! クィードのパンチは相手の内部にダメージを浸透させる柔術の技で、それを一発喰らうと、ヒュドラの動きが鈍くなった。その鈍くなったところを狙って、ミシュレイの水で竜を片付くった必殺魔法がいきなり炸裂したんだぞ。そうるすと、右端のヒュドラの首が消し飛んだんだぞ」
「「「おーっ!!」」」
なんか盛り上がってる。向かいに座るミシュレイが、顔を赤らめながら僕に囁いた。
「おい、クィード、このまま喋らせていいのか?」
「まあ……こうなっちゃた以上、仕方ないだろ――」
僕はふと、少し離れた席でライラの講談を聴いてるベルドロを見つけると、席を立って傍に行った。
「いや、やっぱりあんたは凄い奴だな。あんたが凄いのは気配で判ってたけど、嬢ちゃんはそうでもなかったんでカラんじまった。悪かったな」
「いや、もう済んだ話ですよ」
僕は笑ったけど、やっぱりこの人は、僕の気力の気配がダダ洩れなのは感じてたんだ。
「それより、少し訊きたい事があるんです」
「なんだい?」
「ジャック・ドゥルーズって柔術家を知りませんか?」
ベルドロはなんでもないように言った。
「知ってるさ。知ってるっていうだけならな。なにせ有名人だ。『聖凱覇手』ドゥルーズ――伝説の達人だ」
『聖凱覇手』? そんな通り名があったのか。しかも凄い有名人とは。
「その人の居場所とか知りませんか?」
「ドゥルーズは確か、カラフ峡谷に棲んでるって聴いたことあるな……。ん? まさか決闘を挑むのか? どっちが最強の柔術家か、世代交代を賭けて?」
「違いますよ」
僕は苦笑した。
「カラフ峡谷って、此処から遠いですか?」
「そうだな、近くはないな。けど、二日もあれば着くさ。何しに行くんだい?」
「実は人探しをしていて、その人が、探してる人を知ってるかもしれないといんです。――元々、探してるのはレディアス・カミュという人なんですけど……この人はご存知ないですか?」
「いや――そっちの方は知らねえな」
ベルドロは首を振る。
その後、ベルドロのパーティーメンバーにも訊いてみたが、反応はほぼ同じだった。ジャック・ドゥルーズは知っているが、レディアス・カミュは知らない。
「――ありがとうございます。カラフ峡谷を訪ねてみようと思います」
「ああ、見つかるといいな」
ベルドロの笑顔に送られて、僕は席に戻ろうとした。
と、なんか酔いつぶれたライラがテーブルにつっぷしてる。
「クィード、もうライラがおねむだ」
「フフ……元気にお話ししてましたからねえ」
ミシュレイとプリシアが、そう僕に言った。
「あたひの……ひっさつわらがぁ――だぞ……」
もにゃもにゃと、ライラが何か呟いている。
それを見て、僕はふと気づいた。
「しまったね。今日はここに来ていきなりこんな事になちゃったから、何処にも宿とってないぞ」
「あの――それでしたら、ギルドの宿泊所に泊まるのはいかがです?」
ふと声がすると、サーラが傍に来て微笑んでいた。
「あ、サーラさん。ここに泊まる場所があるんですか?」
「ええ。宿ではなくて避難所みたいなもので、一応、宿泊できるようになってるんです。ライラさん大丈夫かな~と思って見にきたら、そんな話をしてるようなので――」
僕はプリシアとミシュレイに訊いた。
「二人ともそれでいい?」
「もちろんだ。とても助かります」「ありがとうございます」
僕は頷くと、サーラに言った。
「ありがとうございます。それじゃあ――部屋に案内してもらっていいですか?」
「はい。二階ですけど……ライラさん、歩けるかしら?」
「あ、僕がおぶっていきますよ」
僕はそう言うと、テーブルで寝てるライラに声をかけた。
「ライラ、ベッドのあるところへ行くよ。僕の背中に乗ってね」
「ん……くいーど………」
僕はしゃがんで、ライラを背負う。ライラの腕が、僕の首に回された。
「じゃあ、行きましょうか」
ライラを運び階段を上がる途中で、ライラが酔っぱらって何か言いっている。
「くいーどはぁ……ズルいんだぞ――」
そう言うとライラが、背中から僕をギュウっと抱きしめてきた。




