4 望まぬ再会
酔っぱらったライラを背負って部屋に連れて行こうとする途中、ライラはギュウと僕を抱きしめてくる。
「ちょっと、ライラ。苦しいよ」
「くいーどの……バカ――」
「え? なんで?」
答えない。どうやら寝てしまったようだ。スピー、という息の音だけがする。
僕はライラを部屋に運び、ベッドに寝かせた。
「……んだぞ――むにゃ……」
何か言ってる。僕は思わず微笑むと、ライラに言った。
「おやすみ、ライラ」
もう返事をしないライラを残して、僕はそっと部屋を出た。
そうしてギルドの宿泊所に泊めてもらった僕らは、翌朝、出立する。
「道中、お気をつけて」
受付のサーラに見送られて、僕らは荷馬車を出した。
目指すはカラフ峡谷――二日くらいかかるらしい。
僕の運転する荷馬車で、後ろの幌の中で三人が話をしている。
「――う……気持ち悪いんだぞ」
「呑み過ぎだ。二日酔いというやつだ」
ちょっと昨夜のお酒が残ってるライラに、ミシュレイが言った。
「お酒を呑み過ぎると、そんな体調になるんですか?」
「竜にはないのか?」
「聴いたことありませんわ」
にっこり笑うプリシアに、ミシュレイは怪訝な顔をした。
「大体、竜に飲酒の習慣ああるのか?」
「ありますわ。特に人間態で過ごす冬場は、お酒もいただきます。あったまりますしね。けど、気持ち悪くなった話しは聴きませんね」
「そういえば、君は全然、顔色も変わってなかったもんな」
ミシュレイがそう言うと、プリシアは微笑む。
気持ち悪がるライラは、その日、一日はダウンしていた。
しかし翌日はすっかり元気で、大きな声をあげて喋っていた。
女子たち三人はそれなりに仲がいいようで、後ろで色々な話をしていた。
二日目の夕方に、カラフ峡谷が見えてきた。
セドリーヌ川を挟んで、切り立った崖が左右に続く。それがカラフ峡谷だった。
僕らは荷馬車を停めて野営し、本格的にカラフ峡谷に入るのは翌日にした。
「しかし……思いのほか険しい場所だ。どこまで馬車で入れるか、判らないな」
その日の夕方、焚火を囲んで皆で食事をしてる最中、ミシュレイが言った。
「そうだね。峡谷の道があるけど、もう馬車は危険だ。明日からは、徒歩だね」
「こんな山の中の、何処に住んでるのかだぞ?」
ライラが、肉の串焼きを頬張りながら言った。
僕はプリシアに訊ねる。
「何か山から、人里の匂いとかしない?」
「今のところはちょっと――」
そこで野営をした翌日。僕らは峡谷の切り立った崖に作られた山道を進んだ。
道幅は1mもなく、右に崖、左は絶壁である。
「落ちたら、一巻の終わりだな」
ミシュレイが怯えを抑え込んだ顔で言った。
「もしもの時は、わたしが飛んで助けますわ」
「さすがプリシア、便利だぞ」
「便利がっちゃダメだよ」
僕はライラの言葉に苦笑した。
やがて細い道が山の奥へ続いて行き、不意に開けた広い場所が現れた。
と、ライラが険しい表情をする。
「誰かが潜んでるんだぞ……」
「なに!?」
ミシュレイの表情が鋭くなる。
「どうする?」
「もう多分、相手はこっちを見つけてる。――誰だ! 出てくるんだぞ!」
その広場の右側に切り立つ崖の向うから、人影が現れた。
四人。
「――お前は!」
僕は息を呑む。それは――
「ギルガイン!」
「……それに、バルガスとディランか――」
ミシュレイが出てきた四人を見て唇を噛む。
そこにいたのは鈍色の髪の『鋼鉄のギルガイン』、赤髪を逆立てた『炎爆のバルガス』、そして長い黒髪の『風雅の』ディランだった。
「見知らぬ人もいますわ」
一人――見たことのない女性がいる。
水色の髪を腰まで伸ばし、黒い振袖風の衣装を着た女。
美人ではあるが、美しさより怜悧さが際立ている。
「勘のいい奴がいるみたいだな」
ギルガインがそう声をあげた。
「勘がいいんじゃなくて、お前たちの気配がバレバレなだけだぞ」
ライラがそう声をあげる。
「どうも新しい仲間が加わったようですね。――元気なお嬢さんだ」
『風雅の』ディランが、皮肉めいた微笑を浮かべる。
その隣に立つ『炎縛の』バルガスは、ミシュレイを睨んでいた。
「シュラ! どうしてオレたちを裏切った!」
バルガスが声をあげる。ライラはその言葉に、ミシュレイを驚いて見た。
「裏切ったんじゃない……元々――ボクが騙されていたんだ。君たちも騙されている――黒仮面卿ジャルドーに」
ミシュレイは、真剣な面持ちでそう口にした。
「それに――ボクをシュラと呼ぶな。ボクはミシュレイという名前だったんだ。名前まで奪われて、ジャルドーにいいように利用されていた。……それに気づいただけだ」
ミシュレイのその言葉をかき消すように、水色の髪の女が声をあげた。
「昔話なんか、どうだっていいですわ。それとも……あの女にご執心なのかしら?」
水色の髪の女は、そう言うと嘲るようにバルガスを見る。
バルガスは女を睨みつけた。
「ンな事あるか! オレはただ……裏切り者が許せねぇだけだ!」
「そう、それならいいのですけど。――ワタシはアイナ。『氷華鬼』アイナと呼ばれてますの。――貴女の代わりに、攻魔四元将に入ったのです」
アイナはそう言うと、着物も胸元から水色の扇子を取り出して口元を覆った。
「昔話はそれくらいで結構」
扇子を倒して、フッと息を吹くように唇をすぼめる。
と、そこから強い勢いの氷まじりの突風が吹いてきた。
「水流壁!」
ミシュレイの水流壁が氷風を止めるが、その水流が凍りついて砕ける。
「ワタシは厳密には、水属性なんかではなくて氷の属性魔法の使い手なのですけどね。貴女の水など――ワタシが凍らせて、砕いてあげますわ!」
アイナがそう言うと、扇子がいきなり巨大化する。その扇子を振ると、氷の円盤がミシュレイを襲う。
「水流壁! ――激流反射!」
水流の球体が激しく勢いを増し、氷の円盤を全て元いた場所に弾き返す。
「あじな真似を!」
「氷が水より優位だと……? フッ、とんだ無知ですね」
ミシュレイは薙刀を横に持って前に突き出す。
「――なんの真似だ?」
「真似はしません。オリジナルです!」
アイナ足元の地面から、水竜が噴き出す。
噴き出した水流は、アイナを左右から襲った。
「アァッ!」
水流の爆破により、白い霧が辺り一面に沸き出す。
その霧が晴れた時――見た事なのない者が、そこに立っていた。
「やっぱり……氷は水より優れてますわ」
そう声を洩らしたのは、氷の鎧を身にまとったアイナだった。
透ける氷の向こうに見える眼で、アイナは薄笑いを浮かべた。




