第二十二話 柔術家の系譜 1 弟弟子
僕は驚いて、ブレッカーに訊いた。
「弟弟子!? そんな人が、両親の最後の戦いに同行してたんですね? 僕は……全然、知らなかった」
「無理もないさ。その弟弟子のことは、俺もまったく知らなかった。レフィーナは最後の戦いの時に、自分の持っていた龍王具をその弟弟子に渡したそうだ」
渡したって――龍王具が、その弟弟子を選ばなければ、龍王具は使えない。
けど、渡したってことは、その人は龍王具に選ばれたんだだろうか?
「その弟弟子――レディアス・カミュさんが、今の龍王具の継承者なんでしょうか?」
「そこまでは俺も判らない。俺は……戦いの事実と、レフィーナが帰ってこなかったことに、もう心を奪われていて、そんな事を気にする余裕もなかったからな」
ブレッカーが申し訳なさそうに、苦笑する。僕は別の事を訊いた。
「それで――そのレディアス・カミュさんは、今、何処にいるんでしょう?」
「判らん」
え~っ!? ブレッカーの即答に僕は驚いたが、一応、声は抑えた。
「……俺も詳しくは聴かなかったんだ、すまん。しかしあいつらの師匠なら、何処にいるか知ってる。その師匠に会えば、弟子の居場所を知ってるかもしれない」
師匠――つまり、母さんとそのレディアス・カミュの師ってことだ。
「その師匠はなんて方で、何処にいらっしゃるんですか?」
「師匠の名は、ジャック・ドゥルーズ。かつて『猛き柔』と異名をとった男だ」
柔術なのに――『猛き』?
「あの……どんな人なんでしょう?」
「レフィーナの話では、無手で戦うのに、なみいる剣士や槍士、魔導士に至るまで戦って負けたことがなかったらしい。『本人は面白い爺さんなんだけどね』と、レフィーナは笑ってたっけ」
ブレッカーはそう言って微笑した。
「そのジャック・ドゥルーズさんは、今、どちらに?」
「なんでもセントリア帝国にいるらしい。首都オーランドの郊外にいると聞いた」
僕は頷いた。
「じゃあ、僕らはその人を探して訪ねる――それが次の旅の目標ですね」
「そういう事になるな」
僕はプリシア、ミシュレイ――そしてライラを見る。
プリシアは微笑み、ミシュレイは真面目な面持ちで頷いた。
そしてライラは――
「師匠……あたしも――その旅に出かけるんだぞ」
「そうだな。そういう事になる」
「寂しくないか、師匠? あたしがいなくなって……」
もう、ライラは目に涙が溜まっている。
それを見てブレッカーが笑った。
「バカだな。寂しいに決まってんだろ。けど――弟子の旅立ちを見送るのも、師の務めだ。ライラ……行ってこい。お前の剣技で、仲間を助けて――真実を見て来い」
「しぃしょおお~う!」
ライラがブレッカーに抱きついて、おんおん泣き始める。
ブレッカーが軽く背中をたたきながら、口を開いた。
「不安かもしれないが、お前はもう充分立派に戦える。自信を持っていってこい」
「師匠も一緒に行ってもいいんだぞ?」
「いや、俺はこの事件の真相を国に報告する。相手にされないかもしれないが――少しずつでも意識を変えていく働きかけをしないとな。それに……他にやることもある」
ブレッカーは、ライラを放すと、そう言って諭した。
涙を流して、鼻水をすするライラが、ブレッカーを見つめる。
「じゃあ、ここでお別れだぞ?」
「そうだな。しかしお前の中には、俺の教えた剣技がある。お前が剣を振れば、俺はいつでもお前の傍にいる」
ブレッカーの言葉に、またライラは涙をこぼした。
「し~しょ~おぉ!」
「判ったから、もうくっつくな! おい、こいつをそっちに連れっててくれ!」
ブレッカーがミシュレイにそう言うと、ミシュレイは苦笑しながらライラをブレッカーから引きはがした。
「じゃあ、お前たちはもう行け。警護隊がお前たちを見つけると、話が面倒になる。――じゃあな、ライラ」
ミシュレイに離されてすっかりおとなしくなったライラが、涙目でブレッカーを見上げる。僕はブレッカーに礼をした。
「それじゃあ、ブレッカーさん色々お世話になりました。後のことは――よろしくお願いします」
「おう、みんな――達者でな!」
ブレッカーは、にっと歯を見せて笑ってみせた。
それを合図に、僕らは歩き出す。
プリシアとミシュレイは軽く礼をして、そしてライラは何度も後ろを振り返りながら僕らはそこを離れた。
隻腕のブレッカーは――いつまでも僕らを見送っていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
黒仮面卿ジャルドーは、ゼーレ司教の前へと跪いていた。
「失敗したそうだな、ジャルドー」
「……面目ありません」
頭髪はないが、灰色の長い顎鬚を持つゼーレ司教は、少し愉快そうに笑みを浮かべた。
「黒仮面卿ジャルドーも失敗することがあると見える。たまには人間らしくてよいではないか」
「すぐに次の手を打ちますので、どうかご容赦を……」
平伏したままジャルドーが言った言葉に、ゼーレ司教が手を振った。
「いや、実はのう、名誉挽回の機会を願い出てる者たちがおるのだ」
ゼーレ司教が視線を移すと、その向うから三人の男が現れた。
「攻魔四元将――」
僅かだが、ジャルドーの声に驚きがともる。
そこに現れ出たのは、攻魔四元将と呼ばれた男たち――『風雅の』ディラン、『炎爆の』バルガス、そして『鋼鉄の』ギルガインだった。
三人の男たちは、ジャルドーの後ろで跪く。
「彼らは再戦のために修行をしていたそうだ。のう?」
ゼーレ司教が面白そうに声をかける。
特に鈍色の髪のギルガインは、右目の上下に傷跡が残っていた。
「我ら攻魔四元将――再びお役にたてるように、あれから自らを鍛え直していた次第であります。挽回の機会をいただき、感謝の言葉もございません」
長い黒髪の男ディランが、顔を伏せたままそう謝辞を述べる。
ゼーレ司教は笑みを浮かべながら、口を開いた。
「ふむ。しかし攻魔四元将の一人、シュラは敵に寝返ったと聞くぞ」
「はい……残念ながら、敵の奸計にはまったようです。しかし彼の者はそもそもが光龍王の手先。竜側に寝返る事は想定の範囲内です」
黒仮面卿ジャルドーがそう答えると、ゼーレ司教は口を開いた。
「四元将が三人では格好がつくまい。私の方で一人、用意してた者がおるのだがな。――来るがよい」
ゼーレ司教の声に、ゼーレ司教の背後の影から現れた人影がある。
それは水色の髪を腰まで伸ばした女だった。
端正な顔立ちだが、美しさより怜悧さを感じさせる印象である。
黒い振袖風の衣装を着ているが、その裾は大きく割れて長い素足が垣間見えていた。
水色の髪の女は黒仮面卿の隣まで歩いて来ると、その横に跪く。
その長い素足が、着物から露わになった。
「ゼーレ司教様、お呼びたていただき――ありがとうございます」
「うむ。彼の者は『氷華鬼』アイナ。新たな攻魔四元将として、彼らと行動を共にするがよい」
「承知いたしました」
『氷華鬼』アイナが頭を下げて返事をした時、不意に声が上がった。
「――お待ちください」
それは『炎爆の』バルガスの声だった。
赤い髪を逆立てたバルガスは、顔を上げてゼーレ司教に言った。
「そいつがオレたちの仲間に相応しいかどうか――オレたちは知りませんが?」
「力が見たいとな? ――どうだ、アイナ?」
ゼーレ司教の問いに、アイナは怜悧な笑みを浮かべてみせる。
「司教様がお望みとあれば――幾らでも力比べを致しますわ」
「だ、そうだバルガス。自らの眼で確かめるがよい」
「ありあとうございます」
『炎爆の』バルガスがそう言って立ち上がると、『氷華鬼』アイナも立ち上がった。二人は聖堂の広間で、向きあった。




