4 鈍色の髪の男
プリシアが声をかけたのは、まだ年若い男だった。冒険者なのか――腰に剣を差している。
「ネフィーラさんを…知ってるんですか!?」
「ああ、知ってるよ。探してるの?」
「は、はい!」
男はにっこりと笑った。
「そう。じゃあ、案内するからついてきてよ」
「はい!」
僕とプリシアは眼を合わせた。
「クィード、いきなりネフィーラさんを知ってる方に会えましたわ」
「そ、そうだね。凄いよ、プリシア」
「ふふ……わたしたち、とっても幸運ですわ」
プリシアは嬉しそうに微笑んだ。
男についていくと、男は勝手知ったるように入り組んだ街の中を歩いて行く。
もう人は多いし、道は多いし、建物は多いしで、僕は眼がくらみそうだった。
男はなんか、建物の間の狭い小道に入っていく。
「あの……もう、着きますか?」
僕は男の背中に声をかけた。と、男が振り返る。
「ああ、着いたよ。――おい! カモの御到着だ!」
男は突然、そう声をあげた。
と、プリシアの背後から、男が二人出てくる。
男たちはいきなり、プリシアの両腕を捕らえ、その口をふさいだ。
「プリシア! ――何をするんだ!」
「なにって……まあ、色々だよ。まず、金を出しな」
男はせせら笑いを浮かべながら、僕に向かって剣を抜いた。
「もしかして……盗賊?」
「馬鹿だな、田舎者の物知らずは! 警戒心ってものがなさすぎるんだよ!」
「僕たちを――だましたんですね」
やっと事態が掴めて、無性に腹がたってきた。
村の中には、人をだます人なんかいない。嘘ですら、ほとんどつかれたことなかったんだ。
街に来るって――こういうことか……
「おい、金を出したら命だけは助けてやる。ただし――あの美人は、俺たちがたっぷり可愛がってやるからな、くくく」
男はそう言うと、下卑た笑みを浮かべた。
振り返ると、プリシアを捕らえてる男たちも、いやらしい笑いを浮かべている。
「……その手を今すぐ離してください。でないと――よくないことになりますよ」
僕は彼らにそう言った。剣を向けてる男の顔色が変わる。
「てめぇ……誰にもの言ってんだ? 自分の立場が判ってんのかあっ!」
男は剣を振り上げて僕に斬りつけてきた。
兵士たちと戦ったことで、こういう動きには見慣れた。
僕は剣が振ってくる前に踏み込んで、男の腹に拳をぶち込む。
「ぎゃっ――」
男が小さく呻いて、吹っ飛ぶ。男は離れた建物の石壁に当たって、そのまま動かなくなった。
「ま……死んではいないだろうけど」
僕はプリシアの方を振り返った。プリシアを捕まえてる二人の男に、怯えと焦りが浮かんでいる。一人が腰からナイフを抜いて、プリシアの頬にあてた。
「おい! それ以上、近づくな! 近づいたら、この女の顔に傷がつくぞ」
「……最低ですわね」
プリシアが低く呟く。と、次の瞬間、プリシアが声をあげた。
「竜放電!」
途端にプリシアの全身から、電撃が放射された。プリシアを掴んでる二人が感電して、ビリビリと震えている。
やがて放電が止むと、二人の男は地面に倒れた。
「まったく……女の子の顔を傷つけようなんて、死罪に値しますわ」
「まあ、同感ではあるけど――街って恐い処だな。こんな人ばっかりなのかな?」
まだこのダリアードに到着して、ちょっとしか経ってない。なのにこのトラブルだ。正直、ちょっとイヤになった。
「まあ、とりあえず今日の宿をとって、ネフィーラさん探しは明日考え――」
僕がプリシアにそう言いかけた時、不意に通りの方から声がした。
「おい……こんな処で何してる?」
「あ、僕らは別に何も――。この人たちが、僕らにたかろうとしたんです」
僕は声をかけてきた人に、そう答えた。
その人は暗がりから、さらに近づいてくる。
「……質問を変えたほうがいいうようだな。どうして、こんな場所にいる?」
男が暗がりから姿を現した。
鈍色のワイルドに伸びた髪と、三白眼の鋭い目つき。
髪と同じ灰色のロングコートをまとい、腰に妙に大きな鞘を差した男は、僕らに歩み寄ってきた。
「どうしてって……僕らはさっきこの街に着いたばかりで――」
「お前に訊いてない。そこの――竜に訊いてるんだ」
僕とプリシアは、驚きに見開いた。
「え……なんで――」
「人間に化ける竜もいるとはな……。けどな…疼くんだよ。お前たちの邪悪な波動が、俺の紋章を疼かせるんだ!」
男はそう言うと、コートの下のシャツボタンを外し、右胸上部をさらしてみせる。その肌にあったのは――
「白骨の竜! ……まさか滅竜士の紋章!?」
「竜は残らず、俺が滅する!」
男は巨大な鞘から剣を引き抜く。その剣は――ノコギリのようにギザギザの刀身になっていた。
その異常な剣に驚く間もなく、男は躊躇なくプリシア目がけて斬りかかって来る。いけない!
「魔導障壁!」
僕は男とプリシアの間に割って入り、魔法で防御壁を造りだす。
男のノコギリ剣が、魔法バリアに衝突して火花を散らせた。
「なんだ貴様……この娘が竜と知って庇うのか?」
「この子は何もしてない! いきなり殺そうとするなんて、おかしいだろ!」
「竜は残らず滅する――それが俺たち、滅竜士なんでな」
男は鋭い眼で、僕を睨みつける。
「この子は悪いことは何もしてない! いい竜なんだ!」
「竜にいいも悪いもねぇんだよ……しいて言えば――」
突然、ノコギリ剣が妙な唸りをあげる。
唸りをあげるノコギリ剣が、僕の魔導障壁を斬り割っている。
よく見ると、ノコギリ剣は二枚刃になっていて、それが上下に擦れあうことで切断力を上げてるのだった。
「――その存在自体が、悪だ!」
ノコギリ剣が僕の魔導障壁を斬って侵入してくる。まずい!
僕は慌ててプリシアを抱えながら、後方に飛び退いた。
「痛っ!」
完全に躱しきれず、ノコギリ剣が僕の胸をかすめる。
左胸から右下に斬られた。
「竜を庇うなら、容赦はしない!」
男は迷わずノコギリ剣を唸らせて、追撃をかけてくる。
まずい! この男は、兵士たちや盗賊なんかより、はるかに技量が高い奴だ。
鈍色の髪の男は、迷うことなく僕の脳天にノコギリ剣を振り下ろしてきた。
僕は思わず、左腕で頭を庇う。その瞬間だった。
「――なにぃ……」
ノコギリ剣が止まっている。止めているのは、僕の左手首につけた金のブレスレット――から現れた、光の盾だ。
「今だ!」
僕は空いてる右拳を、男の腹部に叩きこむ。男が少し飛んで、距離ができた。
「なんだ……その盾は――」
鈍色の髪の男は、凄まじい目つきで僕を睨みつけた。




