3 初めての街
頬を染めたプリシアが、僕の手を握って囁いた。
「……わかったよ」
僕がそう微笑むと、プリシアは安心したように眼を閉じた。
翌朝、旅立つためにガスパル爺さんの処に行く
「クィード、少ないが路銀を持っていきなさい」
ガスパル爺さんが、そう言って僕に袋を渡した。
僕はその時、唐突に理解した。
村のみんなが――僕を本当の孫のように、育ててくれたってことを。
「爺ちゃん……僕がいなくなったら、村の人は――」
「心配なぞするな」
ガスパル爺さんは、にぃと笑う。
「実はサランは治癒士じゃ」
「サラン婆ちゃんが?」
知らなかった。
「もう大分前に現役引退したが――老けこまんように現役復活させるわい。お前は何も心配せず……お前の道を歩むがええ」
「爺ちゃん……判ったよ。僕、行ってくるよ」
僕とプリシアは、ガスパル爺さんに見送られて村を出る。
……今日も村はのどかだ。天気もよくて、木漏れ日が綺麗だ。
けど――昨日までの景色とは違う。
僕の隣にプリシアがいて、そして僕は新たな場所に旅立たなければいけない。
「――クィード!」
不意に後ろから声がして、僕は振り返った。
ガスパル爺さんの傍に――村のみんなが立っている。
「クィード、今までありがとう」
「旅先で、身体を壊すんじゃないよ!」
「気を付けていっといで~っ!」
口々に、遠くから皆の声が聞こえてくる。
「みんな……」
口々に、僕は感謝されたり旅立ちに向けての言葉を貰ったりする。
村のみんなの気持ちに、僕はもう泣きそうだった。
「みんな、行ってくるよーっっ!」
僕は大きく手を振った。見送るみんなも、手を振りながら泣いてる。
僕は泣かずに――笑顔を向けた。
旅立つ僕を心配させちゃいけない。
「行こう! プリシア!」
「はい!」
僕は一際大きく手を振ると、プリシアの手をとって走り出した。
「プリシア、痛みは大丈夫?」
「はい、大丈夫です。日中はいいんですが、夜中になると疼くようで――。ところで、あの……この手は……」
走りながら、プリシアが少し頬を赤らめる。
ふと、我に返った。あ、僕はプリシアと手をつないで走ってる!
僕は慌てて手を放した。
「あ、ご、ごめん!」
「いえ……全然いい――というか、ちょっと嬉しかったような……」
プリシアが上目遣いに、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
やっぱり……改めて見ると美人だな、プリシアって。
プリシアは今日は、肩が膨らんだ白地のブラウスに、ウエストで絞った濃いブラウンのスカートという格好をしている。
ちょっと令嬢風の格好で、腰まである長い金髪がそよ風に揺れていた。
正体が竜の姫だとか――なんか、そんなこと、どうでもいいことに思えた。
「まあ、急いでも近くはないし――そろそろ歩いて行こうか」
僕はそう言うと、少し歩を緩める。
プリシアは隣に来ると、微笑してみせた。
「近くはないって――目的地には、どのくらいかかるんですの?」
「ダリアードの街は山を二つ越えないといけないからね~。三日くらいかかるよ」
「三日ぁ!?」
プリシアが声をあげる。まあ、山道を三日歩くって聞けばそうなるか。
「カタナカ村が属するヘンキ州の州都サルクとは逆方向で、州外なんだよね。だから三日くらいかかるよ。大丈夫、野営の準備もしてるから」
僕は肩にかけた亜次元バッグをたたいてみせた。大きく見えないけど、かなりの量の荷物が入る魔道具――父さんが使ってたものだ。
「三日間もこの感じで歩きますの? 歩くのって、大変ですわね」
プリシアが、ふぅとため息をつく。
「そう言えば君は、ここまで飛んできたわけ?」
「はい、北のテンロン山脈の方ですわ。丸一日かかりましたの」
……はるか彼方だ。そこから傷ついた身体で飛んできて、この山中で倒れたのか。歩いたら一ヶ月くらいかかるかも。
と、ふと僕は思いついたことがあった。
「ね、君が嫌でなければ、早く着く方法を思いついたんだけど」
プリシアが、少し首を傾げた。
――その数十分後。
「凄いですわ! 速い、速い!」
僕の背中で、プリシアがはしゃいでいる。
そう、プリシアを背負って僕は走ってる。
最初に会った時に知ったけど、プリシアは重たかった。だからそのままじゃ、当然、背負って走るなんてできない。
けど、プリシアから竜の力を貰った今の僕は、プリシアの重さも全然、平気だった。脚も物凄く速く走れる。
「この感じなら、日暮れ頃にはダリアードに着けるよ。宿もとれる」
「うふふ……走るのって、とても爽快ですのね」
嬉しそうにプリシアが微笑む。いや、走ってるの僕だけどね。
「そういえばさ、僕に力をくれたよね。これって――どういうものなの?」
「竜核授与、ですね」
プリシアは僕に腕を巻きつけて、僕の顔に頬を寄せると、すぐ傍で口を開いた。
「お父様が言ってましたの。竜族には人間に、その竜核の半分を与える力がある。その力を授与された者は、単に与えられるだけではなく、その力をさらに大きくすることができる。……人間と竜は、そうやって協力して生きていける存在なんだって」
プリシアはそう言って、目を伏せた。
「言われた時には、よく判りませんでしたけど……今ならお父様の言葉が、よく判りますわ」
「僕に力を半分くれたってことだよね? 君の方は、それで大丈夫なの?」
「平気ですわ。半分になった竜核も、時間をかければやがて回復します」
「ふ~ん、この力に時間切れとかあるのかな?」
「いいえ。竜とその人間との間に絆がある限り――その力はずっとそのままです」
そうなのか……プリシアは、僕に絆をくれたんだな。
「ありがとう、プリシア。君のおかげで、村のみんなを守れた」
「わたしも、クィードを助けられた。よかった…ですわ」
プリシアはそう言って微笑んだ。
――やがて僕らはダリアードの街にたどり着く。街の近くで背中からプリシアを降ろし、僕らは夕暮れ時の街に入った。
「……凄い人だ――」
何処を見ても、人、人、人――
ずっと村にいたから、こんな大勢の人を、今まで見たことがない。
「こ……こんな大勢の人がいる中から――ネフィーラ叔母さんを探す…のか?」
ちょっと想像がつかない。ど、どうしたらいいんだろう?
「あの~、すみません」
ふと気づくと、プリシアが通りすがりの人に話しかけてる!
「あのぉ、ネフィーラさんて方、ご存知ないですか?」
「……さあ?」
話しかけられた男は、怪訝な顔をして離れていった。
「プ、プリシア? なにしてるの?」
「え? だってネフィーラさんを探すんですよね。街の人に訊かないと」
そりゃあ、そうかもしれないけど!
「あの~、すみません。ネフィーラさんて方、ご存知ないですか?」
「――ネフィーラ? ……あぁ、知ってるけど」




