2 滅竜士
僕は、驚きを抑えきれずにガスパル爺さんに訊いた。
「どうして父さんは、この村に竜が来ることを知ってたの?」
「ふむ……それは実はわしには判らんが――まず、お前の父と母は、『滅竜士』じゃった」
え。
――どういうことだ。
父さんも……そして、母さんも『滅竜士』?
僕は隣のプリシアを見る。プリシアも、驚愕を隠しきれてなかった。
「けど……父さんは、竜は悪い存在じゃないって――」
そう言ってた。その僕の最後の言葉を引き受けるように、ガスパル爺さんが頷く。
「そうじゃ。わしらもルヤード、そしてお前の母親レフィーナからもそう聴いておる。この村には、竜が悪い存在だと思う者は一人もおらん」
「そうなんだ……」
僕は少し安堵して、息をついた。が、ガスパル爺さんは厳しい顔で、言葉を続けた。
「しかし世の中は別じゃ。なにせ人々には、18年前の事件『竜災事変』の記憶が残っとるからのう」
「竜災事変って――なんですか?」
ガスパル爺さんは、渋い顔をしてみせた。
「お前には話さんでくれと言われておったから、村の皆も黙っておった。だからお前が知らんのも無理はない。しかし18年前、人々は突然に襲いかかってきた竜たちの事件に恐怖していたのじゃ」
「それが…竜災事変――」
ガスパル爺さんは頷く。
「そうやって各地で人間を襲う竜たちに対抗するために生まれたのが、対竜戦に特化した能力を身に着けた滅竜士じゃ。ルヤードとレフィーナも、滅竜士の一員じゃった」
「竜を退治する側ってことだよね。それが、どうして竜は悪い存在じゃないって言うようになったの?」
僕は意味が判らずに問うた。
「実は竜たちの暴走には、一匹の龍王の陰謀がその背後にあった。それを知ったルヤードたちは、操られていた龍王を助け出し、その龍王と手を組んで竜災事変を終息に導いた。ルヤードもレフィーナも言っておった。『龍の助けなしには、今回の事変は終わらせられなかった』と」
その時、プリシアが口を開いた。
「それ……きっと父ですわ! 光龍王レイミアード」
「うむ。きっとそうなんじゃろうな。その品は、『竜との友情の証』だと、ルヤードは言っておった」
ガスパル爺さんはそう言うと、深く息をついた。
僕は小箱の中に入っている、金色もブレスレットを手に取る。と、プリシアが声をあげた。
「それ……微かにだけど、お父様の気配がします――」
プリシアが、なにか懐かしいような顔をする。
そうか……光龍王レイミアードは、今、どうなってるか判らないんだった。
「わたし、お父様に言われてたんです。何かあったら、イブカー山に行けって…」
「それで――この村に来たんだね?」
プリシアは頷く。僕はガスパル爺さんに訊いた。
「けど、どうして父さんたちの話は、世の中に伝わってないの?」
「ルヤードの話だと、事変を解決した後に王宮などの人たちに真実を話したらしい。しかし王宮では、『悪い存在である竜は、英雄たちが退治した』ということだけ発表して、竜がその手助けになったことは発表されなかった。それで人々の間には、竜は悪であり恐怖の存在のまま記憶に残ることになったのじゃ」
「そんな……」
プリシアが悲し気に囁いた。…無理もない。
「真実を明かそうとしない中央のやり方に嫌気がさした二人は、この辺境の村での暮らしに、ようやく荒んだ心が癒された。それで二人はここに住み、子どもを産み育てることにした。……クィード、それがお前じゃ」
そうして――母さんは僕が三歳の時に死に、半年前に父さんが死んだ。
この村に、僕はひとりぼっちになったんだ。
……いや、そうじゃない。こうして親身になってくれるガスパル爺さんや、村のみんなが僕の家族だ。おかげで僕は、今日までなんとかやってこれた。
「ありがとう、爺ちゃん……父さんと母さんのこと教えてくれて。それで、あのコウモリ隊長はなんだったの?」
「それはわしにも判らん。ただ、お前に渡すものと同時に、言付けがある。それはお前の叔母――つまり母さんの妹に会いに行け、ということじゃ」
僕は驚いた。叔母がいるなんて、知らなかったからだ。
「叔母さん……何処にいるの?」
「ダリアードの街にいるということじゃ。名前はネフィーラ、というらしい」
母さんがレフィーナで、その妹がネフィーラ。…ちょっと似てる。
「判った。そのうち会いに行くよ」
「いや、お前は明日、旅立ちなさい」
ガスパル爺さんの言葉に、僕はまた驚く。もう、驚いてばかりだ。
「明日? どうしてそんな急に?」
「お嬢さんが竜だとバレる危険は避けた方がええ。お嬢さんの正体を怪しまれると、話がややこしくなる――警護隊に兵士たちを引き渡す際に、お前があの化物隊長を倒したことを話さにゃならん。お前がいない方が、話がこじれなくて済むじゃろう」
「大丈夫なの?」
「村の外から来た娘の強化魔法で強くなった若者が、兵士の無法に抵抗したら、隊長が化物じゃった――という感じの話でまとめておくから安心せい」
ガスパル爺さんは、そう言って笑った。
「わしが知ってることは少ない。その叔母さんに会えば、もっと詳しいことが判るじゃろう。クィード……お前も、この村を出て世の中に旅立つ時が来たということじゃ」
「爺ちゃん――」
僕は目頭が熱くなった。この村を出る――そんなこと、昨日まで、いや、今朝まで考えもしなかったんだ。
「今日は帰って準備をし、ゆっくり休みなさい」
そう言われて、僕とプリシアは帰途についた。
家に帰り旅支度をしてると、気付くと夜が更けている。
僕らは夕飯を食べて、寝る準備をした。
ふと気づくと、プリシアが苦し気な顔をしている。
「プリシア、大丈夫?」
「お腹が……痛いの……」
プリシアをベッドに寝かせて脇腹を見て、僕は驚いた。
「なんだこれ!?」
傷口はなくなってる。代わりに――妙な紋章が浮かんでいた。
それは紫色で描かれた、白骨の竜の頭部を図案にしたものだった。
「これが……滅竜士に斬られた痕――」
「くぅ……」
プリシアが苦し気に呻く。僕はとりあえず、治癒魔法をかけるしかなかった。
「あぁン……あン、はぁん――くン…んんんーっ……」
しばらく悶えた後、その喘ぎ声が収まる。
プリシアは、はあはあと息をついていた。
「あぁ……痛みが治まったみたい」
「うん――けど、完治じゃない。それにそれはどうも……『呪い』みたいだ」
「呪い?」
多分、滅竜士は、竜の再生力でも再生できない傷を与えるために、呪いを付与したんだろう。この竜骨の紋章は――呪いの刻印。
そう考えると、治癒魔法で完治できないのも納得できる。
「君の呪いを解呪する方法も見つけないとね」
「クィード……探してくれるの?」
横になってるプリシアが、頬を染めたまま僕に問うた。
僕は微笑んだ。
「当然だろ。君は僕の患者さんだしね。それに、この腕輪――」
僕は既に左手首にはめた金色の腕輪をあげてみせた。
「――君のお父さんと関わりがあるものなんだろう。僕の父さんが何を思ってこの腕輪を遺したのかは判らないけれど……きっと、叔母さんに会ったりすれば色々なことがわかってくると思う。そのなかで、君のお父さんの安否と、居場所も探そうよ」
「ありがとう……クィード――」
プリシアはそう言うと、手を伸ばして僕の手を握った。
ドキッとした。女の子に手を握られるなんて……初めてだ。
「クィード……わたしたち――出会うべくして、出会ったのね……」
横になったままのプリシアが、潤んだ眼で僕を見つめている。
その美しさにドキリとした僕は、ごまかすように、おやすみと言った。
「ね、寝付くまで…傍にて……」




