3 龍王具:爪の剣
テーブルの上に小箱を置いたブレッカーは、僕らを見て言った。
「これが龍王具『爪の剣』だ」
ブレッカーが小箱を開ける。すると中には、僕の『翼の盾』によく似た金の腕輪が入っていた。
「これに似てますね」
僕は左腕の腕輪を見せる。ブレッカーは頷いた。
「普段はブレスレットで、必要な時に剣の形に展開する。――さ、これを持っていてくれ」
ブレッカーは小箱を閉じると、僕の前に差し出した。
僕らは少し当惑する。
「いや、それはブレッカーさんが持ってないと……。龍王具は使用者を選ぶんだから、ブレッカーさんしか使えないでしょ?」
「俺はもう――こいつを使えないんだ」
ブレッカーは苦笑した。
「え? 前の話……本当だったんですか?」
「嘘だと思ってたのか? まあ、半分は嘘だったけどな。しかし、俺が龍王具に見限られたのは本当の話だ。俺が右腕を失くして――こいつは俺の言う事はきかなくなった」
ブレッカーは自嘲気味に笑って見せる。
と、周りを見回す。
「この家はな、俺がもう一度、龍王具に選ばれるために修行した、その過程のなかでできあがった家だ」
「もう一度――選ばれようと…したんですね」
僕はブレッカーに問うた。それが――他の光龍騎士たちの前から、姿を消した理由だったんだ。ブレッカーは神妙な顔で頷いた。
「右腕が無くても、左手一本で戦えるスタイルを――俺は模索した。最初は野宿……それから小さな掘っ建て小屋を作って、この先の山間で来る日来る日も稽古をしてた。それがある日――こんな辺鄙な場所にふらりと迷い込んだ女と知り合ったんだ」
プリシアとッミシュレイが、ちょっと前のめりになって眼を見張る。
「それがアイリスだった……。アイリスは旅の冒険者の魔導士で――偶然、俺の修行場を見たアイリスは、稽古を手伝ってくれるようになった。俺たちが特別な関係になるのに、それほど時間はかからなかった」
ブレッカーは少し照れくさそうに、そう言った。
「それで……俺は、掘っ建て小屋から、マシな家を建てることにした。隻腕納刀流剣術が形になってきたのを試すためにアイリスと二人で冒険者クエストを受けて――俺たちは此処で暮らし始めた」
ブレッカーは懐かしそうに、そう語った。その眼はとても穏やかで……一抹の寂しさも含んでいた。
「冒険者として――穏やかな暮らしをしてたよ。十年くらいか……。ただ、俺たちの間には子どもができなかった。アイリスは娘を欲しがってたんだがな。けど見ての通り、さっき参ったのがアイリスの墓だ。アイリスは七年前に病気で亡くなった――」
予想はしていたけど――プリシアが息を呑んで、両手で口を抑える。
ミシュレイも辛そうな顔をしていた。
「俺は此処にいるのが辛くて……此処を捨てて、街へ帰りその日暮らしをしていた。ある程度、戦えるようになったが――龍王具はまだ使えなかった。俺はアイリスに龍王具を預けて、此処を出たんだ。俺にはもう……何もなかった。そんな俺に二年前――弟子入りをせがむ少女が現れた」
ブレッカーがそう口にする。僕は言葉を継いだ。
「それが、ライラですね」
ブレッカーは頷いた。と、苦笑する。
「もしアイリスと俺の間に娘がいたら――なんて、ふと思ったのが運のツキだ。俺はライラには隻腕二刀流ではなく、前に俺が使っていた正規の剣技を基礎から教えた。ライラは……呑みこみのいい子で、予想以上に俺の期待に応えてくれたよ」
そう言って、ブレッカーは笑う。そのブレッカーに、僕は言った。
「それじゃあ、どうしてさっきは、あんな突き放すような言い方をしたんですか?」
「言った通りだ。あの子を、こんな事に巻き込みたくない。剣技もまだまだ伸びてる最中で――もっといい師を見つければ、あいつはもっといい剣士になれる。片腕の俺では……そろそろ教えるのも限界だと思ってた頃なんだ」
そう苦笑して、ブレッカーは僕の前に改めて小箱を差し出した。
「まあ、そういう訳だから、龍王具は今、使用者なしだ。という訳で、君が預かってくれ」
僕はとりあえず、その小箱を預かった。
と、ブレッカーが、突然、険しい顔をした。
「――とりあえず、どうもこの家にまで尾行けてきた奴らを迎え撃つ必要がありそうだな」
「敵が――来てるんですか?」
僕らは驚いて、立ちあがった。
僕もプリシアもミシュレイも、何も感じてない。それに、ここに来る途中に何の気配も感じていない。
「防御しろ!」
突然、ブレッカーが声をあげる。
訳が判らないまま、僕は翼の盾をドーム状に展開し、全員を包んだ。
その瞬間!
「――きゃぁっ!」
声をあげたのはミシュレイだ。
突然、家の天井と壁が破壊されて、何かが光のドームに衝突した。
「……鎖?」
それは手にやっと掴めるかどうかくらいの、物凄く太い鎖だった。
その鎖が上から振って来て、天井と壁を破壊して僕らを襲ったのだった。
「野郎……人の思い出の家をぶち壊しやがって!」
ブレッカーが怒鳴りながら、壊れた壁から外へ駆けだす。
が、そのブレッカーに向かって、何かが飛んできた。
「うぉっと!」
ブレッカーは身体をひねって、ギリギリでそれをかわす。やはりそれも、極太の鎖だった。
「把気!」
僕はその鎖を捕まえながら、ブレッカーの後から表へ出る。
その捕まえた鎖の先には、奇怪な男が立っていた。
全身を鎖で巻いていて、顔も眼と口のところ以外を鎖で巻いている。
全身、鎖男だ。男は身体から、何本かの鎖を垂らしているが、そこには太いのも細いのもあった。
「オデの鎖……放せ――」
その鎖の隙間から見える血走った眼で、鎖男が僕を睨んでいる。
「オデの鎖で――シバるぅぅぅっ!」
鎖男が叫ぶと、左右両方から、鎖の先端が生き物のように飛んできた。
間違いなく、僕を狙っている。
一方向から来るもものは、気流渦で受流しやすい。しかし、こう多方向では単純な受流しはできない。
「皆、少し下がって! 気流竜巻!」
僕は自分の全身を包むように、気流の竜巻を作った。その気流の激しさで、襲って来た鎖が巻き込まれる。
「オ……オデの鎖が――」
僕は上方向だった竜巻の向きを少し変え、鎖男に直接向けた。
巻き込んだ鎖を引きこんで、鎖男を竜巻に巻き込む。
「竜巻投げ!」
上昇気流で鎖男を上空に吹き飛ばす。僕は鎖男から垂れている鎖を一本掴むと、鎖男を地面に叩きつけた。
「重力落し!」
鎖男が地面に叩きつけられた。かなりの衝撃のはずだ。
――が、鎖男の全身を包む鎖が、風船のように膨らんでいる。
「オデの身体……鎖が守る――」
鎖男はそう言うと、にへ~、とだらしなく口元に笑みを浮かべてみせた。
その薄気味悪さに僕らが声を失っていると、代わりに声をあげた者がいる。
「まさか、あの奇襲でまったく無傷とはねぇ。よほど勘のいい人がいるようですね」
その声は、近くの山手の方から聞こえた。
ふと見ると大木の枝の上に、タキシード風の格好で、黒のゴーグルを着けた男が立っている。
「あ、あいつは……」
前に会ったぞ。虫野郎と菓子姫を回収した奴だ。……なんて名前だっけ?




