2 師匠の拒絶
僕たちはその後ろ姿を見送ると、互いに顔を見合わせた。
「……さて、これで竜を巻き込んで何かが動いてるってことは判っていただけましたよね? 敵は既にブレッカーさんを排除しにかかっていた」
「俺みたいな片腕に何を恐れてるんだか……」
ブレッカーは銀髪の頭をボリボリかきながら、ボヤいてみせた。
しかしライラはブレッカーを見る。
「師匠、敵は竜をたきつけて師匠を殺させようとしたんだぞ。明らかな悪意を感じるんだぞ」
ライラは赤髪のポニーテールを揺らして、憤慨して見せる。
「しかもその敵は――あたしの両親を擬竜とかいうので殺した奴ら……そういう事なんだろ、師匠!?」
「……そういう…ことになるだろうな」
ブレッカーは渋い顔で言った。
ライラは僕らを見て、声をあげる。
「一体、何が起きててどういう事なのか――あたしはちゃんと知りたいんだぞ!」
「……だ、そうですよ、ブレッカーさん」
僕はブレッカーに判断を促す。
ブレッカーは不承不承といった顔で、頭をかいた。
「仕方がねえ――戻るか」
僕らは迷宮を出て、ブレッカーの自宅へと戻った。
そして僕らは、僕らに起きた今までの経緯をライラに話して聞かせた。
「……あんたが竜」
「はい」
「あんたは滅竜士」
「元、だがな」
「あんたは光龍騎士の息子で――竜の力を貰った?」
「まあ、そういう事になるね」
僕らに一通り質問をすると、ライラは顔を伏せた。
少し震えている。
「……あの、どうかしましたか?」
「あ――あんたたちは、恐くないのか?」
顔を伏せたまま、ライラが言った。
「あんたたちの話が本当なら……敵は滅茶苦茶に強大だぞ。国を越えた組織で、怪物を創り出して、凄腕の魔導士をガンガン繰り出して来るんじゃないのかだぞ?」
「まあ……そうかも」
僕は苦笑した。
「けど、もう仕方がないんだ。最初からプリシアは殺されかけたし、ミシュレイはずっと利用されてた上に、やっぱり殺されかけた。ミシュレイのお父さんを助けるために監獄破りをしたから、実の処、バレたら国にも追われる立場だし」
「なのに、なんでそんな平気な顔してるんだぞ!」
ライラが顔を上げて、僕らに噛みつく。その眼には少し、涙が潤んでいた。
僕は少し微笑してみせた。
「平気じゃないけど……僕らが間違ってるわけじゃないから」
僕の言葉に、ライラが唖然とした。
「ここで戦わなければ、きっともっと悪いことになる――そう判ってて、見過ごすなんてできないよ」
「……やれやれ、芯の強さは母親譲りだな」
不意にブレッカーが、苦笑しながらそう口にした。
僕は少し驚いて、ブレッカーを見る。
「母さんの――芯の強さ?」
「ああ。剣士の俺、魔導士のシュート、治癒士のルヤード――そこに加わるのに、柔術家のレフィーナってのは少し変だとは思わないか?」
「確かに……」
そんなに戦闘的でもない柔術家が、どうしてパーティーの一員だったのか――今まであまり考えた事がなかった。
「けどな、俺たちのパーティーはレフィーナを核としたメンバーだったんだ」
ブレッカーは笑った。
「戦い方は力を受け流して、自在に動くスタイルなのに、こと信念に置いてはレフィーナは最も揺るがない女だった。何が人のためになるか、最善な選択となるか――自分たちの都合や利益でなく、一番大事なことを決して見誤らない女。それがレフィーナだったのさ……」
ブレッカーはそう言うと、苦笑しながら息を吐いた。
「やれやれ……この現状を見られたら、またアイツにどやされそうだな――」
「ブレッカーさん――」
僕はブレッカーを見た。ブレッカーは軽く頷いてみせる。
「お前たちに協力しよう。クィード、プリシア、ミシュレイ」
ブレッカーに独りずつ名前を呼ばれ、僕たちの顔に喜びが生まれた。
しかしブレッカーは渋い顔で、ライラと向き直った。
「ライラ、お前との師弟関係は今日で終わりだ。お前はもう、卒業だ」
「師匠! ――どういう事なんだぞ、それ!?」
「言ったままだ。――今後、俺と行動をともにしてると、滅竜士や国を敵にまわすことになる。お前をそれに巻き込むわけにはいかない」
ブレッカーの言葉に、ライラは声をあげた。
「師匠、あたしは何処までも師匠の後をついて行くんだぞ!」
「ダメだ!」
想像以上に鋭い叱責が、ライラに向けられた。
「俺についてくるという事は、俺に甘えて依存してるという事だ……。これからの戦いに、そんな足手まといはいらない」
「師匠……あたしが――足手まといなんだぞ?」
「そうだ」
ブレッカーの即答に、ライラは息を呑んだ。
「そう……なんだぞ――」
ライラはそう口ごもる。と、その眼に涙が滲んできた。
その顔を隠すようにうつむくと、ライラは急に立ち上がって外へと飛び出していった。
残された僕らに、ポカンと穴の開いたような空気が生まれる。
「――よかったんですか、ブレッカーさん?」
「ああ。ライラはまだ十六歳だし……普通の暮らしで幸せに生きてほしいんだ」
ブレッカーは少し寂しさの残る笑みを見せてそう言った。
と、僕たちに向き直る。
「じゃあ、俺たちも行くか」
「え? 何処へです?」
「実はな――龍王具は、別の場所に保管してある。そこにさ」
そういうとブレッカーは家を出た。僕らもそれに続く。
ブレッカーは街で荷馬車を借りると、それに乗るように僕らに促した。
僕らは荷馬車に乗り、ブレッカーが馭者をして荷馬車は進む。
荷馬車はどんどんと郊外で進み、やがて街を出た。
「随分と遠くまで行くんですね」
「もうすぐさ」
やがて街の外の山の麓に、一軒の家が見えてくる。
ブレッカーはそこで荷馬車を止めた。
「着いたぞ。降りてくれ」
僕らは荷馬車を降りて、その小さな家を見た。
人がいる気配が――ない。
「誰も住んでなさそうですが……」
「俺の家だからな。まあしかし、家に用事はないんだ」
ブレッカーはそう言うと家には入ろうともせず、裏手にある山道へと登っていく。僕らもそれに続いた。
しばらく獣道のような小さな道を歩いていくと、小高い視界が開けた場所に出る。そこからは、麓の風景や遠くの街が見渡せた。
「凄く景色のいい処ですわ」
プリシアが嬉しそうに言う。ブレッカーはそんな中を、その一角にある石組みに近づいていった。
それは半円型の石を置いてあったが――誰かの墓のようだった。
ブレッカーはその墓の前で跪くと、手を組んで祈りを捧げた。
僕らもそれに倣って、祈りを捧げる。
「アイリス……長いこと預かってくれて――ありがとな」
ブレッカーはそう呟くと、その半円型の墓の基礎石をずらした。
そして中に手を入れると、小箱を取り出す。
墓を元に戻すと、ブレッカーは寂しそうに笑った。
「少し、家に寄っていくか」
敢えて明るい口調で言ったブレッカーに続いて下山し、僕らはその小さな家に入った。
案外、汚れていない。恐らく、定期的に来て掃除をしてたんだろうと思った。
ブレッカーが座ったので、僕らも席に着く。ブレッカーが、小箱を置いた。




