4 師弟の事情
歩き出したブレッカーに僕たちは声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってください、ブレッカーさん!」
「お前たちはなんだぁ? 師匠に何用だ?」
僕らの前に、ライラが立ちふさがる。僕は言った。
「僕らはブレッカーさんに用があって来たんだ。できたら――僕たちに協力してほしい、と」
「その件なら、もう断ったはずだぜ」
ブレッカーは少しだけ振り返ると、そう言い捨ててまた歩き出す。
僕はなおも追いすがった。
「けど――戦えないから協力できないなんて嘘じゃないですか!? あなたは十分すぎるほど強い」
「俺程度の腕で強い弱いとか言ってるようじゃ、お前たちも底が知れてるな。身の丈に合わないことはやめるこったな」
「そんなことは――」
なおも言いつのろうとする僕の前に、ライラが立ちふさがった。
「師匠が嫌がってるんだぞ。もう、付きまとうのはやめてほしいんだぞ!」
両手を広げて立ちふさがったライラは、赤い髪をポニーテールにした、よく見ると結構な美少女だ。なんとなく言動の荒さがマイナスイメージだけど、本当は可憐な顔立ちをしている。
「……判りました。また改めて訪ねます」
「何度来たって同じだぞ」
そう言うと、ライラはブレッカーの後を追った。
残された僕らは途方にくれたが、とりあえずこの街に宿を取ることにした。
そしてこの街の冒険者ギルドに顔を出す。そこの受付は、男性だった。
「おや、Bランク登録者ですね、素晴らしい。何かクエストを受けるおつもりで?」
「いえ……ちょっとこの街の事を知りたくて。あの――決闘ってしょっちゅうやってるんですか?」
「そうですね……まあ、比較的ありますね。あ、私は受付のサムです」
髪をきちんと整えた受付男性――サムはそう答える。
「あの場で人を殺しても、問題なし、という話なんですか?」
「双方が合意に基づいた決闘をしてる場合はそうですね。けど、だまし討ちなどの場合は決闘法違反になるので、保安官が逮捕する対象になります。―――まあ、そういう前提で、実際の逮捕者は見たことがありませんが」
サムは苦笑してみせる。僕はさらに聴いてみた。
「ザルット一家は、この辺じゃ有名なんですか?」
「ええ。最近、勢力を伸ばしてきてる新興のギャングで、麻薬売り、人身売買、用心棒代の請求等、およそギャングがやりそうな事は残らずやる連中です」
「――ブレッカーはなんで、そんな奴らと対立してるの?」
僕の問いに、サムは真面目な顔をした。
「そもそもですが、ザルット一家が新人冒険者から『授業料』と称して、稼いだ金を巻き上げ始めたのがきっかけです。それに逆らえず授業料を払っていた新人冒険者を助けて、ザルット一家とブレッカーさんがモメた」
サムは、そう言った後に、さらに話を続ける。
「ブレッカーさんはザルット一家のやり方自体に怒ったらしく、街のインチキギャンブルで身を潰しかけてる債務者を助けて回った。債務者は財産や娘を取られかけていましたが、借用書自体を奪ってそれを無効にしてしまった。怒ったのはザルット一家です」
「そりゃ、そうでしょうね」
僕は少し呆れた。そんなに人助けしてるんなら、僕たちの話を聞いてくれてもいいんじゃないかな?
「ザルット一家は新しい用心棒を雇ったという話でしたが――どうやら、そいつでもブレッカーさんには敵わなかったみたいですね」
「ああ、さっき見てきたところです。結構な使い手だったけど――お弟子さんを名乗る女の子と同じくらいの実力だった」
僕がそう言うと、サムは顔をほころばせた。
「そうそう、ライラ・スパークス。彼女も最初、ザルット一家の新人たかりにあってた一人ですよ。その時に助けられて、その腕に惚れこんで弟子入りしたみたいです。最初は『弟子などとらん』の一点張りだったんですが、ライラの勢いに負けて、遂に剣技を教えてるそうですよ」
なるほど……そういう事情があったわけね。
と、ミシュレイが口を開く。
「しかしそういう事情なら、ブレッカー氏はいつ襲撃されてもおかしくない立場だ。危険じゃないのか?」
「確かに危険だね。……ブレッカーさん自身は、ザルット一家とどう落としどころをつけるつもりなんだろう?」
僕がそう首を傾げると、サムは言った。
「ブレッカーさんは、いつも言ってますね。『やるなら、俺の眼に着かないところにしてくれ』と。ザルット一家が街から出ていくのが一番望ましいんでしょうが……」
「そのザルット一家のボスはどんな奴なの? あのスキンヘッド?」
「いえいえ。スキンヘッドは多分、若頭のダイルでしょう。ボスのラゴーリ・ザルットは、毛むくじゃらで、黒髪を長く伸ばし放題にして、口髭も顎鬚も長い人物です」
ふ~む……。
「そのザルット一家って、いつからこの街にはびこるようになったんですか?」
「四年ほど前に竜騒ぎがありまして――」
「竜?」
僕は驚いた。全然、関係ないと思っていた竜が、突然出てきたからだ。
「ええ。この街も前は一応、保安官の力がそこそこあったんですが、その時の竜騒ぎで保安官が命を落とした。で、竜は駆除されましたが、街の秩序は回復しなかった。そのどさくさにまぎれて街に入りこみ、勢力を広げたのがザルット一家です」
「なるほど……」
街の治安を守る保安官の不在に、一気に手を広げたわけか。
「その時の竜も、滅竜士が来て駆除したんですか?」
「いいえ。その時の竜は、ブレッカー氏が駆除しました」
サムはにっこり笑ってそう言う。
「はぁ!? 全然、能力あるじゃないですか!」
「えぇ。ブレッカー氏は隻腕だけど、この街で一番の腕利きですよ。みんな知ってます」
あの人……なんて、人だ!
「ちなみに、その時に死んだ保安官の娘がライラです」
「えぇ!?」
サムの口から、また驚きの話が出てきた。
「保安官のロイドは独りで娘を育てながら、街の治安を守ってました。しかし竜が現れて交戦し、残念ながら命を落とした。その時、父親にすがって泣いていた娘もあやうく竜に殺されそうになったのですが、それをブレッカー氏が救ったのです。その三年後、ライラは自分なりに自らを鍛えた上で、ブレッカー氏に弟子入り志願した――というわけです」
多分、色々思うところがあったんだろう。ちょっとライラというあの子にも、不憫なところがある、と思った。
「ライラさんが弟子入りしてどのくらいになる感じです?」
「もう一年くらいになりますかねぇ。まだ16歳のはずですけど、かなりの腕利きになりましたねぇ」
そう言ってサムは、眼を細めた。
16歳? なんか少し大柄だからそう思わなかったけど、一つ年下かあ。
「ところで……ですが――ブレッカー氏って、何者なんですか? むしろ私の方が知りたいくらいなんですが――?」
サムが不意に、僕らに問う。
――正直に『光龍騎士』でした、なんていうのは、ブレッカーにも迷惑だろう。
僕はお茶を濁すことにした。
「あの……詳しいことは言えないんですが――大した人物なんです」
「ふ~む、そうでしょうねぇ……。なるほど、そちらも事情がおありという事で、深追いはしません。しかし我がギルドはブレッカー氏に、何度となく助けられてます。そこだけはご理解いただきたい」
ブレッカーは他の光龍騎士たちから距離をとっていた後も、やっぱり人助けしてたらしい。
いい人じゃないか。ますます、協力してほしくなってきた。
僕らはサムに礼を言って、ギルドを出た。
とりあえず宿に戻り、今後の方針や作戦会議をするつもりだった。
――が。
「――気づいてる? 二人とも」
「もちろんですわ」
「……露骨すぎる」
プリシアは明るく、ミシュレイは少し怪訝そうに言った。
僕らは人気のない裏路地に入る。そこで、僕らの後をつけてきた人物に、声をかけた。
「何か用ですか――竜さん?」
僕らの後をつけていた――竜、だが人の姿をしている者が足を止めた。
「チッ、バレてるのかよ」
そう言うと、その後をつけていた人物は、頭から被っていたマントを取った。
中から現れたのは、オレンジ色の髪をした――少年だ。
「え!? ……子ども?」




