3 無双剣士の弟子
黒フードはそのフードをとると、素顔を晒した。
その黒い頭髪の上に――狼の耳。そして下顎から伸びる牙。
「狼人族だったか」
ミシュレイが隣で呟く。狼人族の剣士は、剣を上げると口を開いた。
「オレは狼人族のヴェルフ。人には――『疾風の狼』なんて呼ばれてるがね」
そう言い終わった瞬間、ヴェルフが向かって来る。
並外れた脚力に加え、足の下で突風を起こして移動していて、普通の速さじゃない。
「狼牙!」
上からの斬りつけ――が、かわされた瞬間には下からの切り上げが、ブレッカーを狙う。ブレッカーはぎりぎりで、その剣を受けた。
「旋風刃!」
その斬りつけを受けられた体勢のまま、ヴェルフは身を翻す。
と、横から飛んでくる剣をブレッカーは素早く後退してかわす。
が、そこに旋風魔法の刃が襲っていた。
「くっ!」
鞘から抜きかけの剣で防御するも、旋風の刃を防御しきれずにブレッカーは胸に一撃を受けた。
「やはり、最盛期のあんたじゃないんだな。がっかりだぜ、ブレッカー・ストラグル」
「人の期待に応えるのは苦手でね」
ブレッカーはそう苦笑してみせた。
――まずいぞ。あのヴェルフって人、かなりできる。今のブレッカーでは、恐らく凌ぎきれない。
「ブレッカーさん、やはり助勢します!」
「ガキは引っ込んでろって言っただろ? 大体、お前らには関係のない話だろうが!」
ブレッカーが不機嫌な顔を見せる。と、ヴェルフは面白そうに、僕らを見た。
「ほう、お前らがオレの相手をしてくれるっていうのか? 楽しませてくれるなら、それでもいいぜ」
「ヴェルフ! 目的は隻腕のブレッカーだ! ちゃんと仕事をしろ!」
興味が移りかけていたヴェルフに、スキンヘッドが声高に叫ぶ。
ヴェルフは肩をすくめた。
「だとよ。金を稼ぐってのは辛いねえ。まあ、じゃあブレッカーから殺らせてもらうから、お前たちはそれを阻止するために頑張りな。そしたら、お前達の相手もできる」
ヴェルフはそう言うと、牙を剥き出しにして笑った。
「――ちょ~っと、待て~~いっっ!」
そこに飛び込んできた、大きな声。そして空中から何かが飛来してくる。その差す影はぐるぐると回転していたが、やがてブレッカーの前へと降り立った。
「師匠、あとはあたしに任せるんだぞ!」
そこに降り立ったのは、赤い髪をポニーテールに結んだ少女の剣士。
少女が現れた途端、ブレッカーは苦い顔をした。
「また、お前か……」
「またも何も、あたしは師匠の弟子ですからっ! こんな奴、師匠が出るまでもありません。あたしがギャフンと言わせてみせるんだぞ!」
「今時、ギャフンね……」
ブレッカーは呆れながらも、少し顔に綻びが見える。
突然の闖入者に、ヴェルフは声をあげた。
「おい、娘、お前はこのブレッカーの弟子なのか?」
「そうよ! あたしはブレッカー師匠の一番弟子、ライラ・スパークス。尋常に、勝負するんだぞ!」
そう言うとライラと名乗った少女は、剣をすらりと抜いた。
剣を構えて、ヴェルフに向ける。
――様になってる。結構できる。
「一番弟子というならば――見過ごせないな!」
ヴェルフが疾風歩法で迫る。その素早い斬撃を、ライラは受けるのではなく、軽く合わせるように剣線を逸らして攻撃を無効化した。
と、すぐさまその剣で、ヴェルフの胴を狙う。
「ムッ!」
ヴェルフが凄い身体能力で、およそかわせないと思った至近距離の攻撃をかわす。しかしライラは何事もなかったかのように、追撃をする。
突きの一撃。これをなんとか受けるヴェルフ、ライラはそれを見越していたように身体を回転させて上から斬りつける。
しかしヴェルフはそれを横に動いてかわすと、ライラの喉元に突きを入れた。
「およ?」
ライラがいきなり、背中を90度近くまで曲げて突きをかわす。
――なんて反応と柔軟さだ。
と体勢を直してライラの連続攻撃。それを受けつつ、ヴェルフも連続攻撃。
――目にもとまらない攻防の応酬に、僕らは眼を奪われていた。
「……どっちも凄いな――」
ミシュレイが声を洩らす。
と、戦ってる最中のライラが距離をとると、にっと笑う。
「狼さん、なかなかやるね! あたし、楽しくなってきたんだぞ!」
「気が合うな……オレもさ」
二人はそう言って笑い合ってる。しかしその笑みを消して、ヴェルフは言った。
「しかし嬢ちゃん、こっちは仕事でねえ。どうしたってオレは、その隻腕のブレッカーを片付けなきゃいけないわけよ」
「そんなこと、絶対、させないんだぞ!」
ライラがふくれっ面をする。――この緊張感のある場面にはそぐわない可愛らしさだ。
「フン――そろそろ本気出させてもらうとするかな……」
「それはこっちもだぞ!」
ライラが剣を構えた状態から、気力を爆発させる。
全身から昇り立つ気力の光は、剣に集まっていく。剣は白い光を帯びて、急激に膨れ上がっている。
ヴェルフは剣を下げた状態で全身を旋風に包んだ。凄まじい旋風の中心で、ヴェルフは不敵な笑みを浮かべている。
――と、の旋風の力でヴェルフの身体がふわりと浮いた。
「行くぞ、旋風飛影斬!」
「行かせてもらうんだぞ! 重気爆砕破!」
旋風に乗ってヴェルフが向かって来る。
ライラが一気に出たと思うと、その巨大な光の剣を大振りに振り落とす。
――が、その二人の攻撃は、どちらも相手に炸裂することはなかった。
ヴェルフの一撃を抜いた剣で受け流し、そのまま柄で顔面を殴打。
そして逆から来るライラの一撃が、直撃する前に横蹴りを腹にぶち込む。
一瞬にして、二人の動きを同時に、ブレッカーが制したのだった。
「――クソッ! 今はその小娘とオレの勝負だったはず」
「いたたた……ひどいぞ、師匠! いきなり蹴るなんて!」
ヴェルフとライラが、同時に文句を言った。
と、その場を収めたブレッカーが口を開く。
「おい、狼用心棒、こんな小娘相手に本気だしてんじゃねえよ。おとなげねえだろ」
ヴェルフが顔色を変えると同時に、ライラが「小娘じゃないぞ!」と抗議の声をあげた。
ブレッカーはライラの方に視線を移すと、口を開いた。
「ライラ、その技はまだ使うなって言ったろ。あんなにタメが必要じゃ、実戦ではその間にやられる。相手が二流の用心棒だったから、間に合っただけだ」
その言葉を聴いて、ヴェルフが「誰が二流だと!?」と呻く。
ブレッカーはヴェルフに向かって言った。
「二流の組織に雇われてるんだ、二流に決まってんだろ。自分でも判ってるよな?」
ブレッカーは静かにヴェルフを見つめた。
ヴェルフは立ち上がって、ブレッカーを睨み返す。
その視線を受けて、ブレッカーは静かに言った。
「おい……俺に抜かせるなよ」
はっとなったヴェルフが、眼を見開く。
その手が、ブルブルと震え出した。様子の変わったヴェルフに、スキンヘッドが声をあげる。
「おい、早くやっちまえ、ヴェルフ!」
「うるさいぞ、ハゲ!」
ブレッカーは掌を向けると、気力の球を発射した。気力弾の直撃を顔面に受けて、スキンヘッドがものも言わず倒れる。
「行くぞ、ライラ。――お前はまったくなっちゃいない」
「そ……そんなことないんだぞ…」
ライラはしょげた顔をして、歩き去るブレッカーの後についていった。




