2 ブレッカーの厄介事
銀髪の無精髭――ブレッカー・ストラグルは僕たちの名乗りを一通り聞くと、苦笑を浮かべてみせた。
「なるほどねぇ……光龍騎士の御子息に、竜姫さまと――大変な面子がお揃いで。で、そんな大層な面子が、このしょぼくれたオッサンに何の用だい?」
皮肉な笑みを浮かべるブレッカーに、僕は言った。
「龍王具をまず探しています。光龍王レイミアードの隠れ里が滅竜士たちによって襲撃されました。プリシアはその生き残りですが、光龍王の行方を追ってるんです」
「なるほど」
ブレッカーは真面目に聴いてるんだか、聴いてないんだが判らない表情で頷く。
「もう一つは……できたら貴方に――協力してほしいんです。多分、『本当の敵』が動いてる」
僕は真剣さを込めて、ブレッカーを見つめる。
が、ブレッカーはそれをいなすように軽く笑った。
「残念だが……そりゃあ、二つとも無理な話だ」
「何故ですか!?」
勢い込んで訊ねる僕に、ブレッカーは自分のコートの右腕の処を曲げてみせた。
「見ての通り、以前の戦いで俺は右腕を失った。利き腕を失った剣士なんて、使い物にならないだろ? だからまず、お前たちに協力するのは無理だ」
「じゃあ、龍王具の行方は?」
ミシュレイの問いに、ブレッカーは皮肉そうな笑みを浮かべた。
「龍王具ってのは、自分で自分の主を選ぶって知ってるか?」
「ええ……まあ――」
「俺はな……右腕を失ってから、龍王具に捨てられたんだよ」
ブレッカーがそう言って笑う。
「戦えない俺を、持ち主に相応しくない、と判断したんだろうな。どっかに消えちまった。――てなワケで、そっちも協力できない。つまり、俺がお前たちにできることは何もない。さ、判ったんなら、出て行ってくれ」
「――信じられない!」
ミシュレイが声をあげた。
「龍王具が持ち主を見限るなんて――そんな事をするはずがない! あなたは何か隠してるんだろう!?」
「威勢のいい姉ちゃんだな。シュートの奴にそっくりだ。冷静そうでいて、一番熱い奴だった……。まあ、そう思うのも無理はないが、事実は事実なんだ。俺は18年前の『竜災事変』で、なにもかも失った。剣士としての腕も誇りも、守ろうとしていた世界もな――」
ブレッカーは立ちあがると、僕らの脇を抜けて表へ出ようとする。
「あ、何処へ?」
「呑み直しに決まってんだろ。話は終いだ――適当に帰りな」
ブレッカーはそう言うと、家の外へ出て行く。僕らは慌てて、後を追った。
「待ってください、ブレッカーさん! 話はまだ――」
「もう話すことはねえよ」
歩きながら、ブレッカーは左腕をあげて、手をひらひらと振ってみせる。
そんな――彼を訪ねてはるばる来たのに……ここで終わりなのか?
「――おい、隻腕のブレッカーだな」
その歩いて行くブレッカーの前に、突如として大勢の男たちが現れた。
その中央にいるスキンヘッドの奴が声をあげたのだった。
「そうだけど……あんたらは?」
「お前に仕事を邪魔されたモンだよ」
スキンヘッドはそう言って、にやりと笑う。その横と後ろにいる人数は――ざっと十五人はいる。明らかに荒事に慣れてる、風体のよくない連中だ。
しかしブレッカーは臆した様子もなく、口を開いた。
「仕事って――ああ、あのインチキ利息の金貸しをしておいて、後から娘をカタにとろうって、あこぎな真似のことか? ……ああいうのは仕事とは言わねえな。よく言って――寄生虫の真似か」
「てめぇ!」
スキンヘッドの周りの男がいきりたつ。と、スキンヘッドの男が、そいつらを制する。
「なあおい、随分と落ち着いてるが、まさか俺たちと本気でコトを構えるつもりじゃねえだろ? てめえがうちの舎弟をボコして持ち去った、借用書を返してくれりゃあ、この場は引いてやるぜ。どうだ?」
ブレッカーはスキンヘッドの話を聞くと、小指で耳の穴をほじりながら言った。
「借用書? ああ……あれね。クソ拭いて捨てちまったわ。汚ねえ紙は、汚ねえもん拭くのがいいかと思ったけど、ちょっと尻の穴が痛くなっちまったな」
そう言いながら、ブレッカーは軽く笑みを浮かべている。
傍で聴いていたミシュレイは、凄く嫌そうな顔をしていた。
ブレッカーの言葉をきいて、スキンヘッドの頭に、ピクピクと血管が浮かんだ。
「ナメた口きいてくれたな……ザルット一家をナメたこと、後悔させてやるぜ!」
「……後悔なら、もうしあきてるがな」
ブレッカーの顔が素になる。と、スキンヘッドの部下たちが、一斉にブレッカー目がけて寄ってきた。
「ブレッカーさん、助勢します!」
「ガキは手ぇ出すな!」
僕の言葉に対し、ブレッカーはひどく激しい勢いで僕を怒鳴りつけた。
その迫力に、僕は思わず立ち止まる。
――え? 今まで僕はどんな相手と対峙しても、気後れするなんてことなかったのに。僕は明らかに、ブレッカーの迫力に気圧されたのだ。
「たたんじまえ!」
その間にも、敵の一団が剣を抜いて襲い掛かってくる。
その剣が一斉にブレッカーに斬りつけたられた――と思った、その瞬間。
剣の全ては空を切った。
「な――に…?」
驚きの声が洩れた隣で、一人が呻き声をあげた。
「グハァッ!」
見ると、いつの間にか彼らの包囲網を抜け、横に立つブレッカーが逆手に持った剣の柄頭で、一人の男の腹を突いている。
「こいつ!」
傍にいる奴が、剣を振り上げて斜めに斬りかかる。
ブレッカーは柄頭を持ったまま、剣を鞘から抜くように引き上げて、剣身でその攻撃を受ける。
剣は敢えて、鞘から抜ききってない。その事で、相手の剣圧を耐えられる形になっているのが判る。
と思うや否や、剣を受けた直後、ブレッカーは柄頭を男の喉に叩きこんだ。
「グエェェッ!」
すぐさま、背中に斬りかかって来る男の剣を、やはり抜き切ってない剣で受けると、ブレッカーは右の回し蹴りを男の腹に叩きこむ。
ゴキリ、と鈍い骨の折れる音とともに、男は呻き声をあげて倒れた。
その後も、かかってくる男たちを、ブレッカーは剣を抜き切らない不思議な戦術で応戦していた。相手の攻撃を剣で、受け止め、蹴りや柄頭の攻撃をぶち込む。
十五人いた手勢が瞬く間に倒され、残りはあのスキンヘッドだけになった。
「バ……バカな――なんなんだ、お前のその戦い方は――」
「そうさな……隻腕納刀流剣術ってところか。昔から言うだろ、『いい刀は鞘にありて敵を制する』ってな」
ブレッカーはそう言うと、にやりと笑ってみせた。
――っていうか、嘘じゃん! 隻腕でもう戦えないとか、さっき言ってなかった? 全然、戦えるじゃん!
「クソ……こうなったら――先生、頼みますよ!」
スキンヘッドは後ろに声を上げる。
と、後ろの方から、一人の男が歩いてきた。
男は黒のフードをすっぽり被っている。
そのフードの下から――鋭すぎる目つきが覗いた。
と、思った瞬間、黒フードの男が消える。
既にブレッカーに、黒フードが迫っていた。
黒フードのコートの下が揺れる。と、思った瞬間、抜きざまに黒フードは斬りつけていた。
しかしその剣身を、ブレッカーがある程度抜いた剣で受け止めている。
「おいおい、いきなりはないんじゃないの?」
そう軽口を叩きながら、ブレッカーは黒フードに回し蹴りを叩きこむ。
が、既に黒フードは跳び退いて、その蹴りをかわしていた。
「あいつ……今までの奴とは比べ物にならないぞ――」
僕は見た感触を口にした。プリシアとミシュレイも頷く。
黒フードは連続撃を叩きこむが、ブレッカーはそれを抜いた剣でうまく捌いている。驚きの剣技だ。
その隙を見て放った前蹴りを後方に跳び避けて、黒フードが言った。
「さすがはその昔『無双剣士』と呼ばれたブレッカー・ストラグル。やるねえ」




