第十七話 ウェストリアの師弟 1 隻腕の男
僕が胸に大穴の空いた剣士を治癒してると、空けた側の魔導士が声をあげてきた。しかも、凄く僕を睨んで。
「おい、てめぇ! 決闘の勝敗は絶対で、その後の治療なんてないって不文律を知らねえのかよ!」
「知りませんね――負傷してる人を治癒するのが、治癒士の仕事ですから」
「てめぇ――」
魔導士が憤って僕につかみかかろうとする。
――が、その腕が引き留められた。
「なんだ?」
その腕を掴んで止めたのは、プリシアだ。
「おいおい、この嬢ちゃんはしつけがなってねえなぁ。離しやが――」
魔導士がその腕を振り切ろうとして――振り切れない。
竜の力だもんなあ……普通の人じゃあ、プリシアには敵わない。
プリシアはにっこりと微笑した。
「ダメですよ。クィードの邪魔しちゃあ」
「おい、離せ!」
「離したら悪さするんでしょう? ダメですよ」
魔導士は力を込めて腕を放そうとするが、プリシアは微笑したまま動かない。
魔導士はやがて諦めたように口を開いた。
「わぁったよ! 治癒でもなんでもしやがれ!」
「そうですか、それでは」
プリシアが腕を放すと、魔導士はぶりぶり不満そうな顔を見せて去っていった。
その間に、剣士の胸が治る。
「もう大丈夫ですよ、剣士さん」
「あ……あんたたちは一体――」
剣士は戸惑いの顔をみせて、僕を凝視した。
「通りすがりの治癒士ですよ。――ダメですよ、決闘だがなんだか知らないけど、命を粗末にしちゃあ」
「うるせえな! オレたちはナメられたらお終いなんだよ。ビビッって決闘しねえなんて、ありえねえんだよ!」
剣士がそう怒鳴ると、頭上から静かな声がした。
「無様にやられておきながら、偉そうな態度だな。身の程をわきまえないほうが、よほどナメられる原因になると思うが」
「なんだと、てめ――」
剣士はそう怒鳴ろうとして、ミシュレイの静かな眼に凍り付いた。
「……チッ、な、なんだってんだよ――」
「まあ、治ったならよかったです。それじゃあ」
僕はそう言って立ち去ろうとすると、剣士が声をあげた。
「お、おい! 治すだけ治して、それっきりってワケいくか!」
「あの~……なんかご不満でも?」
「一杯、奢らせろってんだよ! ったく……」
剣士はちょっと恥ずかしそうにうつむく。――いや、おじさんにテレ見せられても――
「あの~、僕らお酒呑みませんけど……」
「じゃあ、メシだよ! カチコチか、お前ら!」
そう怒鳴る剣士に連れられて、僕らは一軒の食堂に入った。
「オレに酒、こいつらにメシ!」
「あいよ」
食堂のおばちゃんに声をかけると、剣士は僕たちに向き直った。
「……まあ、助けてくれて、ありがとよ。オレは冒険者のザイード。一応、Cランクの冒険者な」
「そうですか。……僕ら確か、Bランク登録なんだっけ?」
僕はプリシアに訊いた。
「確かそうですわ。ネフィーラがそうしたって言ってましたもの」
「なにいぃぃぃ! お前ら、オレより上か!」
ザイードは眼を剥いて、声をあげた。
「あ、けど僕ら全然、冒険者らしいことしてませんから。僕は治癒士のクィードです」
「わたしはプリシア」
「ボクは……ミシュレイだ」
そんな名乗りあいをしたところでご飯が出て来たので、美味しくいただく。
「ところで、冒険者のザイードさんに訊きたいことあるんですが……」
「あん、なんだ? 言ってみろ」
「ブレッカー・ストラグルって人のこと、御存じないですか?」
そう僕が言うと、ジョッキをあおろうとしていたザイードがその手を止める。
「ブレッカーって……あのブレッカーか? あの――」
そう。シュートはブレッカー・ストラグルに関して、一目で判る決定的な特徴を教えてくれていた。それは――
「――隻腕のブレッカーです」
「……やはりか」
ブレッカー・ストラグルは『竜災事変』の最後の戦いで、右腕を失った。
シュート・クローネはそう僕らに教えてくれた。
「片腕のブレッカーなら知ってるぜ。あいつは冒険者として活動してる。――腕はいいんだが、偏屈な奴でな。それと……」
「それと?」
「いや……まあ、会えば判るか」
ザイードは苦笑して言葉を濁した。
食事が終わり、僕らはザイードの案内で、冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは――なんというか不逞の輩のたまり場みたいな雰囲気だった。
明かに人相の悪い男たちに、それに媚びてまとわりつく肌もあらわな女たち。
「こんなとこに……ブレッカーがいるのか?」
ミシュレイが眉をひそめて、声を洩らす。
「おい、すげぇ美人がいるぞ」
「誰だ? なんだあれは?」
プリシアだ。プリシアが目立ちすぎてる。
……いや、ミシュレイもよく見たら美人だけどね。と、思ったけど黙っておく。
「お、あそこに座ってるのがそうだ。じゃあ、オレはここまでな」
「ありがとう、ザイードさん」
「いいってことよ」
ザイードはカッコをつけてるつもりなのか、片手を振ると去っていった。
僕らはその隅の方で呑んでる男に声をかけた。
「あの……ちょっとお訊ねしたいんですが」
「あん?」
男は顔をあげた。銀色の手入れしてない髪に、無精髭。
あまり生気の感じられないその男に、僕は訊いた。
「ブレッカー・ストラグルさんですか?」
途端に、男が眉をひそめる。が、すぐにその表情が、元のフヌケに戻る。
「知らねえな、そんな奴は」
僕は男の右腕を見る。コートを羽織っているので判りづらいが、明らかに右腕がない。
「僕はクィード・ロラン。レフィーナ・ロランとルヤード・ロランの息子です」
僕の言葉に、さすがの銀髪の男も眼を見開いた。
「フフ……懐かしい名前だな。で、その懐かしい名前の息子が、何の用だい?」
「此処では……」
僕は辺りを見回した。この風体の悪いところで、竜の話や龍王具の話をするのがいいとは思えない。
「此処じゃ話せないんなら、よそに行くことだな。俺は此処にいるが」
「竜と龍王具の話を、此処で訊いても?」
僕がそう言うと、銀髪の男は眼をあげた。
と、のろのろと腰を上げる。
「仕方ねえな……おい、勘定おいとくぜ」
銀髪の男はそう言うと、店の出口へ向かった。僕らはそれについていく。
男は黙ったまま、歩いている。
やがて街の外れまで来ると、銀髪の男は一軒の小屋に入った。
「まあ、汚ねえところだが入んな」
確かにお世辞にも綺麗とは言えない。ミシュレイが顔をしかめて、入り込む。
床にどっかりと座ると、銀髪の男は口を開いた。
「さて……まあ、もう判ってるんだろうが、俺はブレッカー・ストラグルだ」
「僕はクィード。そしてこっちが――」
「ボクはシュート・クローネの娘、ミシュレイです」
ブレッカーが眼を見開く。続けて、プリシアが名乗った。
「わたしは光龍王レイミアードの娘、プリシアです」
「光龍王の……娘――」




