4 シュート・クローネの隠れ家
僕らは目の前に立つつる草に覆われた小屋に驚くばかりだった。
僕は思わず声を洩らした。
「蔓草が多すぎて――何処が入り口か判らないな」
「十五年経ったからな……無理もない」
シュートも僕の背中からこぼす。
と、プリシアが口を開いた。
「ちょっと軽く払いますわ――竜光鞭!」
プリシアは光の鞭を手にすると、それをつる草まみれの小屋に向けて何度か振る。と、光の鞭に焼き払われ、つる草が大分とれた。
「あ、入り口があったよ!」
レーナが声をあげる。
「うむ。――じゃあ、みんなあがってくれ」
僕が入り口に近づくと、シュートが入り口に向かって手をかざす。
恐らく魔法認証で鍵が解除され、ドアが開いた。
家の中は静まっている。僕は口を開く。
「窓を開けて換気をしよう」
プリシアにレーナ、ミシュレイがあちこち動いて窓を開ける。
埃っぽいかと思ったが、むしろチリも積もってない静謐の中にいた感じだ。
家のリビングに皆で座る。僕は背中から、シュートを降ろした。
「う……む――」
「お父さん……やっぱり立てないの?」
ミシュレイが心配そうに、シュートに手を貸す。
「うむ……膝が曲がったまま硬直してしまってな――。もう立つのは無理かもしれん」
「少し……治癒してみましょう」
僕がそう言うと、シュートは眼を見開いた。
「しかし……今さらかもしれんが――」
「やるだけやってみましょうよ。それに、少ずつでも状況が改善するかもしれませんし」
僕がそう言うと、ふ、とシュートが微笑んだ。
「君は……本当にレフィーナとルヤードの息子だな。あのレフィーナの前向きさ、ルヤードの思慮深さを受け継いでいる」
「そう……ですか」
僕は複雑で――そして少し嬉しい気持ちになりながら、シュートの膝に治癒の光をあてた。
「ミシュレイ――少し伸ばすのを手伝ってあげて」
「わかった」
ミシュレイが足を延ばすのを補助しながら、治癒の光をあてる。
――少し、曲がったままの膝が伸びた。
「おぉ……少し伸ばせたし、軽くなった気がする」
「毎日少しずつやれば、ちゃんと元の通り立ったり、歩けるようになると思います。頑張りましょう」
僕はそう言って微笑んでみせた。
と――ふと、シュートが涙ぐんでいる。
「すまない……本当に――こんな日が来ようとは……」
「お父さん――」
ミシュレイが、シュートの事を労わるように見る。
「成長した娘と会えて――友人たちの子供に会えた。光龍王の姫君、君もだ。光龍王レイミアードは、私たちにとってかけがえのない友人だった……」
涙ぐむシュートを囲んで、僕らはしみじみとシュートの過ごした歳月に想いを馳せた。十五年――無実の罪で、拷問のような監獄生活を強いられた時間は……どれだけ辛かったろうか。
「いや、しかしもう過ぎた話だ。これからの事を考えないとな。まずは――クィードくん、そこの絵画の下に、魔力を当ててみてくれないか」
リビングの壁に、山と川、平野を描いた絵が飾ってある。
僕は言われた通り、そこの下に魔力をあてた。と、そこに扉が現れる。
「それは亜次元収納庫だ。十五年経っても、中は時間がない亜次元空間だから、貯蔵してある食物も悪くなってないはずだ。見てくれないか?」
僕は扉を開けて、中を見てみる。
すると、中は驚く家以上に広く、しかも食料品が山のように積んであった。
「え!? こんなに広いんですか? しかも――食料品も、全然、傷んでません」
「妻と娘を連れてここに隠れて、二、三年は隠れて住むつもりだったからな……そのくらいの食料は備蓄してあるんだ」
シュートはそう言った。僕は、その中から適当に見つくろって外に持ち出し、声をあげる。
「それじゃあ、とりあえずお茶でも淹れますね」
僕は紅茶を淹れて、皆に配った。
そして、改めてシュート・クローネを見つめる。
「シュートさん……色々、聞きたいことがあるんですが――」
「うん。そうだろう……。どこから話したものかな――」
「まずですが……光龍騎士は、『竜災事変』の原因となった龍王とあかしてませんね? それは何故ですか?」
シュートは頷いた。
「まず――の話だが、その原因となった龍王が他の龍王を操っていた。それができたのは、その龍王が『影龍王』だったからだ」
「影龍王――」
まったく世間に公表されてない話を聞かされて、僕らは驚きを禁じ得なかった。
「影龍王は影を操るだけでなく、暗示や幻覚で他者を操ることも得意とする。その能力によって、他の龍王を操ることができたんだ」
「なるほど……」
「しかし、その暗示を解いていって影龍王にたどり着き、最後の決着がついた時、影龍王すら自分のやっていた事を把握してないという事実が判った。影龍王を操ったのは何者か――その時点では、そこまでは判らなかった。その結果を国に報告し、竜は人間に危害を加える存在ではない、と報告したのだ」
シュートはそう話して、苦悩の色をみせた。
「……けど、国は聞いてくれなかった――と」
「そうだ。どころか、全ては竜が原因で、竜の存在は害悪であるという発表までした。我々、光龍騎士は承服できずに抗議したが、もはや我々の意見は汲み取ってはもらえなかった……」
シュートはうつむいて、言葉を続ける。
「レフィーナとルヤードは国の方針に愛想を尽かし、二人で辺境で暮らすといって去っていった。竜災事変終結の際に傷ついたもう一人の仲間――剣士のブレッカーは、何も言わずその姿を消した。私は……一人で国の体制を変えようとしていたが、政治的な策略に負けて投獄されるハメになったのだ」
シュートは苦渋の色を滲ませる。傍で聴いてるミシュレイが、悲痛な表情をみせた。
僕はシュートに言った。
「僕の母さんと父さんは、『本当の敵』を倒すために、僕が四歳の時――13年前に戦いに出て……母さんは戻らなかったんです」
「そうだったのか……それは――残念なことだったね…」
「そして、半年前に父さんも病死しました」
僕がそう言うと、シュートは驚きに眼を見開いた。
「そう……か――ルヤードが……」
シュートは静かに、一筋の涙を流した。
僕は少し待ってから、改めてシュートに言った。
「それで――シュートさんは『本当の敵』について、知ってることはあるんですか?」
「いや……残念ながら、私は君の両親が戦う二年前に投獄されていたので、君の両親が掴んだ正体を知ることはなかった――」
「そうですか……けど――どうして父さんは……僕の『本当の敵』について話してくれなかったんだろう……」
僕がそう呟くと、シュートは優しい眼をして僕に言った。
「それは恐らく、自分たちの戦いで『本当の敵』を倒せた――と思ったからじゃないのかな?」
「倒せた? 母さんが……犠牲になって、ですか」
「多分。けど敵は強大で、万が一、また現れるかもしれない――その時のために、君に龍王具を託したのだろう」
僕は左腕のブレスレットを見た。
「そうか……実はこの龍王具も、村の爺ちゃんに『もし村に竜が来たら、息子に渡してくれ』って頼まれてたものなんです。僕が直接、父さんから受け取ったんじゃないんです」
「ルヤードらしい――。力を持っていれば、人は戦いに巻き込まれる。多分、治癒士である君を、戦いに巻き込みたくなかったんだろう」
そうか……僕は、納得できた。父さんが、治癒士として村で生きていければいいと思っていたことを。僕にも、それを望んでいたことを。
けどプリシアがやってきて――異変が起きたんだ。
「それで……シュートさんが持っていた龍王具は、今、どこに?」
「実は、この屋敷にある。すまないが、私を運んでもらえないか?」
僕は再びシュートを背負うと、その案内で二階へと上がった。
二階の一室に入ると、その部屋はびっしりと本棚で埋まっていた。




