4 その名はミシュレイ
シュラ――いや、ミシュレイは、まったく同じ顔のシュラに向かって怒鳴った。
けど、その怒鳴り声を受けても、シュラは平然とした顔をしている。
「ボクは君だよ? 今さら出て行って――どうするのさ?」
「ニセモノを記憶を植え付けられて……父さんの事も、家の事も自分の恥だと思ってた。父の娘であることを恥じて――自分が女であることも捨てたいと思った……」
それで――ミシュレイは、自分のことを『ボク』って言ってたのか。
「健気だねえ~、笑っちゃうよぉ! 涙ぐましい努力! けどその結果がどうだい? 騙されてたジャルドー……黒仮面卿から斬り捨てられて、処分されようとしてる。ま、君の人生なんて――なんの意味もなかったんだよ」
「やめろ! ……やめろ…やめろ、やめろ――やめろぉっ!」
ミシュレイが耳を塞いで、うずくまる。まずい! 意外にシュラの言葉にダメージを受けてる。
「ミシュレイ、聴くんだ! 君のお父さんは立派な人だったし、君のお母さんは、君を愛して育ててた。君にも――立派に意味はある! 僕らの仲間になってくれ――ミシュレイ!」
「ボクは……」
ミシュレイは眼鏡の奥の潤んだ眼を向ける。
「君が必要だ! 君の名をちゃんと想い出せ、君はミシュレイ! お父さんとお母さんに愛されて育った娘の名だ!」
「うるさいんだよ、オマエ!」
気づくと、いきなりシュラが僕の傍に立っている。
シュラは僕に言った。
「ここからはさぁ……個人の問題なワケ。部外者は――出てってくれる?」
そう言うなり、シュラは僕を突き飛ばした。
突き飛ばされた僕は後方に倒れる――のではなく、いきなり現実に戻って来る。
「クィード! どうしたんですか?」
「……シュラ――いや、ミシュレイの心の中に入り込んでた。今、シュラと、本来の人格のミシュレイが争ってると思う」
僕がそう言うと、プリシアは心配そうな顔をする。
「そんなこと……大丈夫なんですか?」
「判らない。けど――僕らは呼び掛けるしかないと思う。――ミシュレイ! しっかりするんだ! シュラに負けるな!」
僕がそう呼びかけると、プリシアも声を出す。
「ミシュレイさん! 頑張ってください!」
――と、不意にまた視界が心の中に入る。
「く……前触れがなさすぎる――」
辺りを見回すと、ミシュレイとシュラが戦っていた。
が、お互いの水魔法が膠着状態にある。
「ハハハッ! このままずっと戦って――目覚めないのも悪くない!」
「ふざけるな!」
ミシュレイが憤りのなかで怒鳴る。
「ミシュレイ!」
僕はミシュレイに呼びかけた。ミシュレイが振り向く。
「君は……どうしてまた此処に?」
「君が心配になったから来たのさ」
僕は微笑んでみせる。と、シュラが僕に怒鳴る。
「部外者は黙れって言っただろう!」
「部外者じゃない――もう、ミシュレイの仲間だ」
僕の言葉に、ミシュレイが驚きの眼を向けた。
「クィード……」
「ミシュレイ、僕はもう君のことは仲間だと思ってる。だから――協力させて」
僕がそう言うと、ミシュレイは嬉しそうに微笑んだ後、うつむいた。
「ありがとう……凄く嬉しい。けど、これはボク自身のこと。多分、ボク自身が決着をつけないと終わらない問題なんだ」
「なんだ、判ってるじゃん! さすが、ボク」
シュラがにやりと笑う。
「じゃあ、遠慮なく叩きのめさせてもらうよ。ジェット・ストリーム!」
凄まじい水流砲がミシュレイを襲う。ミシュレイは立ったまま、静かに掌をかざした。
「アクア・シールド!」
水流のシールドが、水流砲を遮る。
二人の魔法は互角だ。これじゃあ――いつまで経っても、決着はつかない。
「シュラ……」
その時、ミシュレイが口を開いた。
「寂しかったんだよね……」
ミシュレイの言葉に、シュラが眼を剥く。
「お前――何を言い出すんだ!?」
「判ってる……君の性分なら、絶対にそんなこと認めたくないってことくらい。……自分のことだから」
「だったら――」
「だから判るんだよ!」
ミシュレイがシュラに声をあげる。
「罪の意識、恥の意識、自己嫌悪と自己否定――ずっとその中で生きてきた。犯罪者の娘を認めてくれる者はおらず、いつも蔑まれ、嫌がらせを受けてきた。その屈辱を跳ね返すために人より努力して、滅竜士の攻魔四元将と呼ばれるまでになった。けど――虚しさはずっと……心のなかにあったんだ」
「やめろ! ボクは、そんなことは認めない!」
「もういいんだ……」
ミシュレイはシュラに近づくと、そっとその身体を抱きしめた。
「君はボクだ……。君を否定して生きるつもりはない。ミシュレイとして本当の名を取り戻しても――シュラとして生きた歳月は、ボクのものだ」
「ミシュレイ――ボクを……消さないのか?」
「ああ」
ミシュレイはシュラを抱き寄せたまま、静かに微笑した。
「そうか……」
シュラが――涙をこぼしながら、微笑する。
その姿が光に包まれていった。
――と、僕は現実に戻ってきた。
「ミシュレイ!」
僕が呼び掛けると、ミシュレイがうっすらと眼を開ける。
「クィード……プリシア――」
「ここにいるよ」
「ここにいますわ」
プリシアが、ミシュレイの手を握る。
「ありがとう……君らのおかげで、本当の記憶を取り戻せた……」
ミシュレイは静かに微笑った。
「今まで生きてきて――こんなに清々しい気分になったことはない……」
ミシュレイはそう言って目を伏せる。
――よかった。本当にそう思えた。
疲労がきたのか、ミシュレイはすとんと眼を閉じた。
もう大丈夫――とりあえずは。
「けど……結局、肩の紋章までは消せてないな――」
紫の光は放ってないが、紋章はそのままだ。
「これは――プリシアと同じ状態ってことかな?」
「あの……その事でクィード……わたし…もう身体が疼いてしまって……」
プリシアが顔を赤くして、僕に言った。
「あの……お願い……」
「うん、判ったよ。横になって」
プリシアはミシュレイの横に並ぶように横になると、いつもの薄着に変化した。
「じゃあ、いくね」
僕はタンクトップの脇腹をめくって、紋章に治癒の光を浴びせる。
と、プリシアの顎がのけぞった。
「あ……ン…」
僕は続けて治癒の光を浴びせ続けた。
「あン……んっ――くぅ……あ、はっ……」
プリシアが身悶えしながら声をあげる。プリシアは感極まったのか、隣にいるミシュレイにしがみつく。――と、ミシュレイがうっすらと眼を開けた。
「な……なんなの……?」




