3 シュラの記憶
シュラの白いシャツのボタンを外して脱がせると、中いは水色のブラジャーを着けていた。その下には、外からはあまり判らなかったが豊かな膨らみがある。
「――紋章は左肩か」
シャツを胸の下までずらすと――確かに左肩に、髑髏の竜の紋章があった。
それが紫色に光っている。
「プリシアのと似た現象だ。――治癒してみよう。治癒!」
「ウッ――」
シュラが細い首をのけぞらせて小さく呻く。
「あ……ン…く――」
眼鏡をかけたままのシュラの顔が、赤くほてっている。
シュラはうっすらと眼を開けた。
「な……なにをしてるの……」
「治癒だよ、紋章の力を抑えてる」
「だって……こんな――くっ……」
顔を赤くしたシュラが身悶えする。プリシアとまったく同じ現象だ。
「もしかして、気持ちがいいの?」
「……言わないで――」
シュラが涙目になって、うつむく。
「大丈夫。それで抑え込まれていく証拠だから。もうしばらく治癒すれば――」
僕がそう説明しようとした時だった。
不意に僕の視界がぐらりと揺れる。あ――この感じは。
周囲の風景が変わり、曖昧な歪んだ空間に出た。
家の中だ。判ってる――ここは前に来たシュラの記憶のなかだ。
「――あいつの……あいつのせいで、私の人生はめちゃくちゃよ!」
女性の声だ。僕は隣室に移動する。
そこにいるのは、黒髪を長く伸ばした女性。シュラの母親だ。
髪を振り乱して、あらん限りの憎悪をシュラにぶつけようとしてる。
「お前のせいよ! お前さえいなければ、私はあいつの妻でいる必要はない! お前があの竜とグルになった悪党の娘でなければ、私はすぐにあの男と縁が切れたのに!」
「お母さん……」
まだ幼い頃のシュラが、泣きながら声を洩らす。
そのシュラに向かって、母親は手をあげた。
「――お母さんなんて呼ぶんじゃないよ! この汚らわしい娘め!」
僕は出て行って、その母親の振り上げた手を止めた。
「娘を叩いたりしちゃダメだ」
「……なんだ、お前? 何故、ここにいる?」
「シュラを助けに来たんだ」
僕がそう言うと、母親はぐにゃり、と顔を歪ませて笑った。
「この子を助ける? この救いようのない、性悪から生まれた腐ったガキを?」
「お前は――シュラの母親じゃないだろう? 本当の母親は、娘にそんなことを言わない」
僕は母親を睨んだ。と、母親が口が裂けるまで笑う。
「こんなとこにまで来るとは、とんだ王子様だ! けどね、ここではアタシが女王様なんだよ!」
その母親の黒い髪が急激に伸びて、僕に襲いかかってくる。
「小気旋!」
気流を展開して攻撃をいなす――つもりが、まったく気力が発しない。
「バカだね! ここはこの女の精神の中だよ! 気力なぞ発生するものか!」
母親の黒髪が僕の首、身体、あちこちに巻き付く。
そして首が呼吸が止まるほどに締め上げられた。
「くぅ……シュラの心に巣食うお前は――一体、なんなんだ?」
「アタシは呪いさ! そしてお前をこれから呪い殺す。ここで死ねば、現実のお前も死ぬよ」
ヒヒヒッと母親が嬉しそうに笑った。
――まずい、対抗手段がこのままだとない。どうすれば、この呪いを解ける?
解呪の魔法が使えれば、こいつを撃退できたかもしれないのに。
いや、待てよ。プリシアの呪いは、とりあえず毎日、治癒で抑えてる。
治癒の力がまったく無効なわけじゃない。
「よし、やってみるぞ。治癒!」
「ぐっ――お前、なにをしてるっ!?」
「治癒だ。シュラを癒して――お前を消滅させる」
僕の言葉に、母親は血相を変えた。
「な――なんだって、そんなことさせるものか! こうなったら……こいつを殺してやる!」
母親は幼いシュラに掴みかかると、その首を両手で締め上げた。
「あ――うぅ……くる…し――」
両手で首を絞められる幼いシュラが、小さな悲鳴をあげる。
僕の中で、怒りが沸き起こった。
「何をするんだ! 絶対に許さないぞ!」
僕は治癒の光を全身から発動した。僕に巻き付いていた黒髪が、焼き切れて消滅する。
僕はシュラを掲げてる母親に急接近して、その胴体を掌打で打った。
「旋気内撃破!」
「なに――なんで気力が……」
打たれた母親はシュラを落とし、後ろによろめく。
母親は凄い目つきで僕を睨んだ。
「よくも邪魔をしてくれたね……お前を殺してやる!」
そう叫ぶと母親は、黒い影のようなものになって僕に襲いかかってきた。
母親の姿を捨てて、呪いの本性を出したらしい。
「死ねーっ!」
「内撃破!」
僕は向かってくる黒い影に、もう一度、気力の打撃を打ちこんだ。
渦を巻く気流の打撃が、黒い影に吸い込まれていく。
「ぐ……ぐぅぅ――ギヤァァアァァァッ――」
地獄のような叫び声とともに、黒い影が消失した。
僕は幼いシュラに歩み寄り、しゃがんで目線を合わせる。
「大丈夫、かな?」
「お母さん……死んじゃったの?」
僕はシュラに首を振った。
「ううん、あれはお母さんじゃなかったんだ。きっと、君の本当のお母さんの記憶があるよ。探しに行こう」
「うん!」
僕は手を差し出した。幼いシュラが、その手をつなぐ。
僕らが並んで歩き出すと――周りの風景が光りに包まれた。
――家の中の光の射すリビングで、母と娘が会話している。
あれが本当のシュラの母親。優しそうな、穏やかな表情をした人だ。
「お父さん、帰ってこないの?」
「少し出掛けてるだけよ。お父さんはね、とても立派な人なの。みんなのために、悪いものと戦ったのよ」
「戦ったんだぁ」
幼いシュラが、感心したように笑みを浮かべる。
「そう、竜と一緒にね。竜はね……人間の友達なの。だからミシュレイも、竜と出会ったら仲良くしてね」
「うん! ミシュレイ、仲良くするよ!」
――ミシュレイ? それがシュラの…本当の名前なのか?
僕が驚いていると、不意に僕の肩を後ろから引く力がある。
周りの光景も暗転した。
「誰だ!?」
僕は振り返った。そこには、青い髪をして眼鏡をかけた――シュラがいる。
「あまり、人の記憶を覗くもんじゃないよ」
「君は――誰だ?」
「シュラさ。ボクはね、人から心を覗かれたりするのが、一番イヤなんだ」
シュラはそう言って、せせら笑いを浮かべる。
すると、僕の背後から別の声がした。
「ボクの記憶を――改ざんしてたんだな……」
振り返ると――そこにはもう一人のシュラ。いや……多分、こっちはミシュレイと呼ぶべきか。
「君が苦しまないように、ちょっといじっただけさ」
「ふざけるな! お前のせいで、ボクがどれだけ苦しんだか――ボクから出ていけ!」




