2 偽りの記憶
竜の隠れ里の中で見た、あの黒い仮面の男。それはプリシアを傷つけた男に他ならなかった。
「そうだ。ジャルドー様は黒仮面卿とも呼ばれている。親代わりに――ボクを育ててくれた人だ」
シュラが神妙な面持ちでそう話した時、二階からプリシアが降りてきた。
「レーナちゃんは、すっかり寝入ってしまいまいしたわ。全員が起きて、やっと安心したみたいですの」
「そうか――特に最初の一日なんかは、あの子だけだったんだもんな」
そう考えると、レーナも気が張ってたんだろうと思う。
僕は目線で促すと、シュラとともにリビングに移動した。
背の低い丸テーブルが置いてあり、クッションが傍に置いてある。
フカフカのカーペットに直接、腰を下ろした。
「あの黒仮面が――君の親代わりなんだって?」
「そうだ。六歳の時、母が死んで――ボクを来神教団の施設に引き取ってくれたんだ。その施設では他に何人かの子供がいたが、ボクに魔法の才能があると判って、ジャルドー様はさらに上級の施設にボクを移してくれた」
シュラの話に、僕は問うた。
「それはもしかして――滅竜士を生み出すための施設?」
「そうだ。ボクはそこで鍛えられ……滅竜士になった」
「君はそれを黒仮面に対してずっと感謝してきた。――けど、ここに来て黒仮面は、あのカード魔導士をよこして君に『呪罰』とかいうのを与えた。その黒仮面――本当に信用できるの?」
僕がそう言うと、シュラが声をあげた。
「ジャルドー様を信じなかったら――ボクはどうやって生きてこれたというんだ!」
シュラの眼が潤んでいる。
「母親は父親の犯罪のせいですっかり街の皆に差別され、それで世間に対する憎悪を抱えて生きていた。その憎悪をボクに向けて、ボクをよく殴ったんだ……。そんな母さんが死んでボクは引き取られ――やっと安心して暮らすことができるようになったんだ。ジャルドー様には感謝してる!」
シュラはそう言ったが、僕にはまだ疑問があった。
「その記憶……確かなの?」
「――どういう意味だ? 前もそんな事を言ってたな」
「君の記憶に入り込んだ時、君が母親に殴られるイメージを執拗に繰り返してた。まるで、他の記憶よりその一つのイメージを強烈に植え付けるみたいに」
僕の言葉に、シュラが険しい顔をする。
「それだけボクの中で――強い想い出なんだろう」
「いや、不思議だったのは、僕がその記憶に割って入ろうとした時――その記憶の中の母親が、僕に攻撃をしかけてた事だ。明らかに敵意があって、僕を排除しようとしていた」
「そんな事を言われても……」
僕はシュラに訊いた。
「ね、暴力を受けた以外に母親の記憶はある? 好きな食べ物は? 好きな花は? 友達や、親戚は? 君に優しかったこと――一度もなかったの?」
「それは……」
シュラが僕の問いを受けて――困惑している。
「――何も……覚えてない――」
「不自然だよ、そんなの。一緒に暮らしてれば、人間には色んな側面がある。色んな面が見えるはずだ。シュラ、僕が思うに、君は偽りの記憶を植え付けられている――と思う。
「まさか……そんな――」
シュラの顔が愕然としたものになる。
あまりの衝撃で、受け入れきれないらしい。冷や汗が垂れていた。
「う…嘘だ……そんなこと――一体、誰が……?」
「そんなの――ジャルドーって人なんじゃないのかな?」
僕がそう言うと、シュラは僕を睨んだ。が、すぐに自分を処分する命令を出した当人だと思い出したらしい。
「そんなこと――まさか……」
シュラが呆然としてる間、僕は何か引っかかっていた。
と、その僕の表情を察したらしく、プリシアが訊いてくる。
「クィード、どうしたんですの?」
「うん。なんかさ……そのジャルドーって名前に憶えがあるんだ。どっかで訊いたような記憶があるんだけど――どこだろう?」
僕が首をひねると、プリシアが言った。
「図書館で調べものをしましたわ。その時では?」
「――あ!」
想い出した。そうだ、あの本だ!
「そうだ! ジャルドー・クローラ――図書館にあった、『竜災事変の真実』という嘘デタラメを書いた本の作者だ!」
僕の言葉に、シュラが眼を大きく見開いた。
「ジャルドー様が、本を?」
「うん。そこでは光龍騎士が、竜たちと裏取引をして『竜災事変』を終息させた、なんて書いてあったんだ」
「……それが事実だろう?」
「事実なもんか!」
僕は声をあげた。シュラが僕の剣幕に、少し驚く。
「竜災事変は一頭の龍王が始めたことだったけど、それを光龍王と光龍騎士がなんとか解決に導いた。そしてその龍王も、『本当の敵』に操られている事を知った光龍騎士たちは、国にその事を報告したんだ」
「なんだって……?」
「けど、国は竜を一方的に悪者であるという発表にそれをすり替えた。君のお父さん、シュート・クローネは国のその方針に納得できず、ずっとそれに異論を唱えてた。そして――」
「国側に、裏取引の罪で捕まり、投獄された……」
シュラは呆然と呟く。僕はそれに続けて言った。
「僕の母さんは、僕が四歳の時、その『本当の敵』と戦うために向かい――帰ってこなかった。シュート・クローネは『本当の敵』のことを知ってたから、ずっと竜が敵なんじゃないって言い続けてただけだ」
僕の言葉を聴くと、シュラは愕然とした様子で声を洩らした。
「けど、その父さんを断罪する世論を作った本を――ジャルドー様が書いていた。ボクはジャルドー様のいう事を信じ、自分が罪深い子だとずっと思って生きてきた……」
「君は何一つ悪くない。君の父さんも、光龍騎士として立派に戦った人だ」
僕の言葉を聴くと、シュラの眼から涙が落ちた。
「ウソだ……じゃあ、ボクは今まで何のために生きてきたんだ? ――いや、ボクが倒してきた竜は、なんだった? あの化物どもは、人間に危害を加えていたぞ!」
「それは……あのレーナが変身したような姿でしたか?」
プリシアが問う。と、シュラはゆっくりと首を振った。
「いや……虎の身体に竜の首がついてたりとかの――怪異そのものような化物ばかりだ」
「それ――竜じゃありませんわ。竜にそんな形状のものはいません。ただ、前に出くわした化物も……不思議と竜の気配はしたんですの」
プリシアも不思議そうに、人差し指を唇に当てて上をみる。
「そうだ、間違いない。ボクら竜滅士は、紋章の力で竜の気配を察することができる。――そう言えば、君らには竜の気配を感じないな、何故だ?」
「僕らは竜の気配を抑えるアイテムをつけてるんだよ。君らに悟られるからね」
僕がそう答えた時だった。
「――うっ……」
シュラが突然、苦渋の表情を浮かべる。
「どうしたの?」
「紋章から――全身に痛みが……」
汗を浮かべたシュラが、床に倒れる。
「シュラ!」
「呪罰だ――裏切り者は、この紋章の力で自滅する。……自業自得か――」
シュラが苦しそうな顔で、そう自嘲してみせる。
僕は憤った。
「何が自業自得だ! そんな人を拘束するような呪いを受けさせてるなんて、滅竜士の組織は明らかに異常な組織だ。解呪はできないけど――治癒でできるとこまでやってみる」
僕はそう言うと、倒れているシュラの傍にいった。
「紋章の位置はどこなの?」
「左肩……」
シュラはそう苦し気に呻くと――意識を失った。
「シュラ! しっかりして!」
「ダメですわ、クィード。もう意識がありません」
僕はプリシアの声を聴き、唇を噛んだ。
「くそ……何処まで人を苦しめるんだ。シュラ、悪いけど上着を脱がすよ」
僕はそう断ってから、プリシアと一緒にシュラのシャツを脱がせた。




