3 範囲解毒
僕はシュラに言った。
「シュラ、プリシアが僕らとどこか違うかい? 彼女にだって心があって、命がある。そして――人間と協力して、一つの事に立ち向かえるんだ」
僕はシュラの眼鏡の瞳を覗き込んだ。
シュラの顔に、真剣さが差す。
「――ね?」
「そうですわ!」
僕がプリシアに促すと、プリシアはにっこりと微笑した。
その時、突然、倒れていたキャンディーヌが奇声をあげた。
「ギィイイイイヤアァァァァ――」
身体がバネ仕掛けのように跳ね上がると、素手でプリシアに襲いかかってきた。
その眼は白目を剥いたままで――正常な意識があるとは思えない。
プリシアがなんなくかわす。――いや、そもそもまともに動ける身体じゃない。
「キャンディーヌ、やめろ! そんなに動いたら、ダメージがひどくなるぞ!」
シュラが叫ぶが、キャンディーヌには届いてない。
「……毒がききすぎて、自分のダメージも判らないんだ。街の人々も含めて、とにかく解毒しよう。――プリシア、キャンディーヌを抑えていて」
「判りましたわ!」
プリシアがキャンディーヌを抑え込むと、僕は竜気を魔力に転換して高めた。
「シュラ、君の魔力を僕に貸して」
「な――なにを……」
「街の人々を助けたいんだろう? 広範囲の解毒をかける。――僕の魔力だけじゃ足らないんだ」
僕がそう言うと、シュラは真剣な面持ちで頷いた。
それを見てから、僕は一気に魔法を展開する。
「行くぞ、範囲解毒!」
右手を掲げて、僕は解毒の光を周囲に展開する。
一気にそれを広範囲に広げた。
少し離れた処に倒れている人が回復して、身体を起こす。
なんとか解毒が間に合ったらしい――よかった。
「凄い……こんなに広範囲に魔法を展開できるなんて――」
シュラが驚いている。けど、僕は言った。
「ゲゾンは街中の人々を虫に襲わせていた。あいつもそれだけ広域に魔法を展開できたんだ。あいつの影響範囲を上回らないと、街の人々を助けらない。けど――特別な薬か毒かで強化してるわけじゃないから、一人では難しい。シュラ、協力して」
「……いいだろう」
シュラは魔力を発揮して、僕にそれを譲渡する。
と、解毒の作用を受けたキャンディーヌが、バタン、と糸が切れたように倒れた。
「この人、倒れましたわ。わたしも、魔力に協力します!」
「頼むよ、プリシア」
プリシアが傍にやってきて、両掌をかざす。
僕に魔力が補てんされ、それを解毒にさらに使った。
「……どの辺りまで、虫の被害が広がったのか判らないな」
「クィード!」
ふと見ると、陰からレーナが出てくる。
「――もう大丈夫?」
「もう大丈夫だよ、レーナ。……そうだレーナ、上空から解毒魔法の範囲を見てもらえる?」
「うん、いいよ!」
レーナは竜の姿になると、上空へと羽ばたいた。
僕は上空のレーナに呼びかける。
「解毒魔法の外に、まだ倒れてる人はいる?」
「まだいるよ、クィード! あと――もうちょっと広げないと!」
上空から声が返ってきた。
と、シュラが口を開く。
「もう、ほぼ街の全域を覆ってるんじゃないのか? こんなに魔力を使ってるんだぞ」
「けど、もうちょっとだ。みんな頑張って!」
僕はそう言いながら、自分自身も解毒の魔法を全力で振り絞る。
「くっ……むん――」
「――もうちょっとだよ、クィード!」
上空からレーナの声がする。プリシアも魔力を振り絞りながら言った。
「頑張りましょう、もう少し!」
「うん……!」
シュラが眼を見張る。そしてシュラも魔力を振り絞った。
「「「オオォォォ――ッ!!!」」」
僕らは全員で魔力を振り絞った。
一気に魔力が膨れあがる。僕らは力を合わせて魔力を放出した。
「――やった! やったよ、クィード! 街の全部を覆えた! ……もう、倒れてる人はいないよ!」
僕らは顔を合わせる。思わず笑みが洩れた。
プリシアも笑っている。そして――シュラも微笑んでいた。
「あ、笑った」
プリシアがそう言うと、シュラは慌ててそっぽを向いた。
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
僕らは魔法を終える。
レーナが上空から降りてきて、少女の姿に戻った。
「ワタシ、役にたった?」
「凄く助かったよ、ありがとうレーナ」
「へへへ……」
レーナが嬉しそうに笑う。
ともかくも――街の人たちの解毒はなんとかなった。もしかしたら、間に合わず亡くなった人もいるかもしれないけど……
そう思いながら、倒れて動かないゲゾンを見る。
「僕は治癒士だけど……正直、あいつを治癒する気にはなれないな」
「それでいいですわ! 放っておきましょう、あんな人!」
プリシアはぷりぷり怒っている。まあ、無理もない。
――と、シュラがうつむいたまま口を開いた。
「……ごめんなさい」
「え? どうしたの?」
なんか、突然すぎて、何を謝ってるのか判らない。
が、シュラは言葉を続けた。
「ボクは――ずっと君たちを傷つけようとして……それなのに、君たちは街の人を救ってくれた」
「あ……いや――」
僕は少し戸惑って、プリシアを見る。
と、プリシアはシュラに微笑んだ。
「判ってもらえれば……それでいいんですのよ」
しかしシュラは首を振った。
「ボクは――その子の妹が連れていかれるのを……見ていた。こんな非道な真似をしていいかと疑問に思いながら――結局、組織の命令に従ったんだ」
シュラはレーナに向かって、頭を下げる。
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい――謝ってすむことではないけれど…」
「リーナは――妹は、何処にいるんですか?」
「それは……」
シュラが口を開きかけた時、不意に声が響いた。
「あ~れ~、シュラちゃん、やっぱり裏切っちゃうわけ?」
声のした方を見る。そこにいたのは紫の長めの髪をして、礼服のような黒いタキシード風の衣装を身に着けた男だった。
真っ黒なゴーグルをつけているが、口元には軽薄そうな笑みを浮かべている。
その男を見て、シュラが驚きに眼を見開いた。
「お前は――『絵札の』ディカード!」
「は~い、シュラくん、おひさ~。で――さよなら、かな?」
黒いゴーグルの下の口が、軽薄そうな微笑を浮かべる。
「誰? 知り合い?」
「特滅衆の『絵札の』ディカード……お前は特滅衆の中でも、さらに密命を受けて立ち回る男だと聞いている」
シュラの言葉に、ディカードは笑った。
「そう! そんなとこ。で、今回はやられた二人を回収に来たのと――裏切り者に対する呪罰を与えにきたわけよ」
「ま、待ってくれ! ボクは組織を裏切ったわけじゃない!」




