4 シュラの登場
クワガタの牙による僕の拘束をそのまま残して、ゲゾンは僕から距離をとっていた。どうやら、腕の装甲を緊急分離したらしい。
クワガタの牙に拘束されたまま、僕は立ちあがる力もなく地面に転がる。
地面から、事態を把握しようと霞む眼をこらした。
僕を『蟲使いの』ゲゾンから、一瞬でも助けたのは『水禍の』シュラだった。
ゲゾンが忌々しそうな顔で、シュラを見る。
「てめぇ……どういうつもりだ?」
「どういうつもりか訊きたいのはこっちの方だ! 街中の人を毒で殺すつもりか!? 今すぐ、スズメバチを解除しろ!」
青い髪で、眼鏡をかけたシュラが怒りの顔を見せる。
するとゲゾンは小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「今さらキングスズメバチの魔現動体を解除しても、まわった毒は治せないがな。ククク……」
「なんだと!? 貴様……これだけの被害を出して――許されると思ってるのか!」
「許すも許さねえも――オレは命令通り実行しただけだぜ。滅竜の報酬に応じない連中に、制裁をくわえるのもいつも通りだ。……ま、さすがのオレもこの規模でやったことはないがな」
薄笑いを浮かべるゲゾンに、シュラは憤っている。
「貴様――滅竜士は竜から人々を守るのが使命だろうが! 我々が何の罪もない人々を傷つけてどうする!」
シュラがそう怒鳴ると、ゲゾンはキョトンとした顔をした。
「ハ? お前……何言ってるんだ?」
「なに――」
「オレたちの使命は竜を滅すること。クソよえぇ一般人がどうなろうが、知ったことじゃねぇ! 一般人を守るのは――金ヅルだからだよ」
ゲゾンがそう言い切ると、シュラの顔色が変わった。
その変化をせせら笑いながら、ゲゾンは再びクワガタの牙の外骨格を腕に再生する。
一方、僕はその言い争いを見ながら、自分に解毒と治癒をほどこしていた。
――危なかった。もう数秒遅れていたら、僕はもう回復できずに死んでいたに違いない。
しかし、このクワガタの牙の拘束は腕に喰い込んでいて解除できない。
シュラは目を伏せ――わなわなと震えていた。
「貴様の心づもりがよく判った……ボクとまったく違う人種だということもな――。此処はボクの生まれ育った街だ。そこの人々を傷つけ恐怖に陥れた罪……ボクは許さないぞ」
「あ? 街の連中なんざ心底どうでもいい。で、許さないって言って、どうするつもりだ?」
「お前を断罪する! アイス・エッジ!」
シュラはゲゾンに手を向けた。と、背後に現れた三日月形の水の刃が、縦の向きで幾筋も飛んでいく。
ゲゾンはそれを腕を振って叩き潰していった。
「おい! お前のやってることは――裏切りだぜ!」
「貴様だけは許さん!」
ゲゾンが羽を羽ばたかせながら、素早く接近する。
その腕のクワガタの牙が、シュラを襲った。
「くっ――」
シュラは後退しながら、手に武器を出す。
長い柄に反りの着いた刃――薙刀だ。
シュラは薙刀を振ると、向かってくるゲゾンを斬ろうとした。
――が、ゲゾンは避けようとしない。
「な……に――」
シュラの薙刀の刃は、ゲゾンの肩で虫の外骨格によって止められている。
「オレの蟲鎧が、そんな攻撃で傷つくかよ!」
そう言うとゲゾンは、シュラに向かってクワガタの牙を伸ばした。
腕を上から挟み込むように、クワガタの牙がシュラを捉える。
「裏切り者は――始末するぜ」
「く…くそ――」
苦し気なシュラの顔を見ながら、ゲゾンは右腕の毒針を掲げた。
「あれぇ、虫くん! シュラちゃん、殺しちゃうのぉ?」
そこで甘ったるい声を出したのは、プリシアと交戦していたキャンディーヌだ。
ゲゾンはそれに答える。
「こいつは裏切り者だ。始末する」
「え~、けどシュラちゃんって黒仮面卿のお気にいりだよ? 大丈夫?」
キャンディーヌの言葉に、ゲゾンは薄ら笑いを浮かべた。
「黒仮面卿ジャルドーか。いっつもお面被って、偉そうに命令しやがって――奴のお気にいりと聴いたからには……殺すしかねえよなぁ」
ゲゾンは舌なめずりをして、毒針を掲げた。
まずい、このままではシュラも毒針の餌食になる。
――なんであれ、僕を一瞬は助けた恩人だ!
僕はクワガタの牙に拘束されたまま、弱体化ベルトを外した。
身体の中の竜核が、どくん、と唸る。
「オオオォォォッッ!」
一気に竜気を爆発させて全身に力をみなぎらせると、僕はクワガタの拘束を破壊した。
ゲゾンがもう、シュラに毒針を突きたてようとしている。
「死にな!」
シュラが目を伏せた瞬間――僕は爆発的な速度でゲゾンに迫った。
「把気!」
その突き立てようとした毒針の腕を、把気を伸ばして捉える。
「なに――? 死んでたんじゃないのか!」
驚くゲゾンを引きつけながら、僕はシュラを拘束してるクワガタの牙の左腕の肘を狙って打撃を放った。気流が渦を巻いて収束していく。
「旋気侵撃破!」
「ぐぅっ!」
幾ら装甲が硬くたって、関節を曲がらない方向に極めればそこはダメージを受ける。柔術の応用だ。
「ク――ソがぁっ!」
ゲゾンが腕を押さえながら、クワガタの牙を解除して僕から距離をとった。
僕はシュラを見る。
「さっきはありがとう。おかげで助かった」
「ボクは……」
シュラは一瞬、目を合わすと、その顔を横に向けた。
「――街を傷つけるあいつが許せなかっただけだ」
「君には人を守りたい気持ちがあるのが判った。君は悪い人じゃない」
僕がそう言うと、シュラは驚いたように見上げる。
その眼鏡の奥の瞳に、僕はさらに言った。
「街の人々を助けたい。――僕に協力してくれないか」
驚いていた顔のシュラが真顔に戻る。
「……勘違いするなよ。ボクはあいつが許せなかっただけで、お前らに協力するいわれはない」
「それでも構わない。今は、とにかくゲゾンをとめよう。でないと、街の大勢の人から被害が出る」
「……いいだろう」
シュラは眼鏡の奥から鋭い目つきを見せた。
その時、ゲゾンが声をあげた。
「貴様、よくもオレの腕を! 許さねえからなぁっ!」
ゲゾンが痛めてない右腕をあげる。
と、人間より巨大な黒い甲虫が三匹も現れた。
黒光する巨大甲虫は、細めの腹、小さめの胸――そしてさらに小さい頭部でできている。そしてその頭には鋭い顎を持っていた。
しかし――特徴がなくて、なんの虫か判らない。
「一体――なんだ、この虫?」
「ゴミムシだ! こいつらはゴッドゴミムシ。見た目が地味だからって、侮ってると危険だぜ。こいつらは肉食で――獰猛な生き物だ!」
ゲゾンがそう言い終わるのもまたず、巨大ゴミムシが僕らに襲いかかった。
その動きが、その巨体に見合わず素早い!
「大旋気!」
しかし僕は大きな気流渦が、僕に噛みつこうしたゴミムシを宙に放り投げた。
そのゴミムシは、少し離れて戦っていたキャンデイーヌの処に飛んでいく。
「ちょ――いやぁぁん! なんですの、このデッカい虫は!」
「ゴミムシだそうだよ。――プリシア、合流するんだ!」
「判りましたわ!」
プリシアが駆けてきて、これで僕、シュラ、プリシアが横に並んだ。




