2 図書館への襲撃
プリシアは首を傾げながら、僕に言った。
「わたしが親から聞いてた話では、竜族は精霊神によって生み出されたものだと……。だから竜は、精霊神を敬わなければいけないと言われてきました」
竜が――精霊神によって生み出されたもの?
「……いや、そんな話、初めて聴いたよ」
「どうも、そのようですよね。子供用のおとぎ話や童話くらいにはなってるんじゃないかと思って見てみたんですが――どうも、そういう本はないんです」
僕は少し訝しく思い、レーナにも訊いてみた。
「レーナもそういう風に教わってるの?」
「うん! 精霊神様のこと、お父さんとお母さんに聴いたよ」
「そうか……」
竜族の間では、当然の常識であることが、人間の世界には浸透してない。
「わたしがそんな事を思い出したのは、精霊神様にお願いすれば、この滅竜呪が解呪できるんじゃないかと思ったからです」
「精霊神様にお願いするって――どうやって?」
「それを調べようと思ったんじゃないですか!」
そりゃ、そうか。
けど、前にも思ったけど、この世界アザルドでは創造神ゲイニアスと秩序神オルドレイクを敬うアザルド教が一般的だ。精霊神アリアナは、その二神とは出自の異なるいわば土着神で、辺境のごく一部にその信仰が残ってる程度だ。
けど、竜族は精霊神アリアナを敬っているのか……
しかも自分たちの創造主は精霊神だと伝えてる。つまり、竜は創造神ゲイニアスの被造物じゃない――という位置づけだ。
ちなみにだけど、治癒や解呪は実は創造神ゲイニアスの加護によるもの――というのが、魔法学上の位置づけだ。無論、誰も女神である創造神ゲイニアスに会ったことがあるわけじゃない。
けど、一応の位置づけとして、創造神ゲイニアスの恵みにより、治癒や解呪の魔法は成されている――という位置づけなのだ。ちなみにだけど、基本の四元素、火・水・土・風の四元素は、実は精霊の加護という位置づけだ。それらは大地の生み出したものだから。
そしてその四元素以外の、いわゆる特殊属性の魔法は、秩序神オルドレイクの恩恵によるもの――とされている。この論理でいくと、あの蟲魔法とか、お菓子魔法とかは、みんな秩序神の恩恵だ。正直、とんでもない話。
「――それにしても精霊神なんて、人間のなかではごく一部の辺境でしか、信仰されてないんだよ。けど、もしかしたらそこの治癒士なら、滅竜呪を解呪できるのかなあ?」
僕は少ない想像力をもとに、蜘蛛を掴むような可能性を口にしてみた。
が、プリシアは意外に乗り気だ。
「そうですよ、きっと! 精霊神の治癒士なら、解呪できるかもしれません」
「けど……精霊神なんて、どこで信仰されてるんだろう?」
僕がそう疑問を口にした時――急に図書館で声があがった。
「――なんだ!?」
「助けてっ!」
「に……逃げろぉっ!」
図書館中が凄い騒ぎになっていた。
男女入り乱れて、凄い悲鳴が上がっている。
「な……なんだ?」
僕らが声のする方を見ると、図書館の館内に何か黒い靄が漂って来る。
――なんだ?
黒い靄……それは――
「虫の群だ!」
羽音が聞こえる。あれは――キングススメバチの群だ。
ただ事じゃない量だ! 普通に技を使って、凌げるレベルじゃない!
――室内では竜巻は起こせない。起こしても、蜂の群を図書館にまき散らすだけだ。
どうする?
「翼の盾!」
僕は翼盾を展開した。――その翼を広げ、ドーム状にしてプリシアとレーナを包む。
靄が来た。ガンガンとキングスズメバチが当たっている。
光の翼の向う側が透けて見える。向う側は――阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「ぎゃあっ!」
「助けて――」
図書館にたまたま居合わせた人々が、キングスズメバチの毒にやられて次々と倒れていく。
「く……街の人が!」
「ひどいですわ――こんな……」
「恐いよぉ――」
助けたい――けど、キングスズメバチをなんとかしないことには、解毒もできない。
「間違いなく――あの蟲使いの仕業だ。あいつを止めないと、この蜂の群が止まらない。奴を探しに行こう」
「判りしましたわ!」
正直、レーナはどこか安全な処で隠れてほしかったが、それすら見つけることができない。こうなってしまうと、僕の傍が一番安全だ。
「二人とも、僕の傍を離れないように走ってきて。翼のドームの外に出ないように気を付けてね」
「うん、わかった!」
僕たちは翼のドームを維持しながら、図書館の外に出た。
すると――
「う……嘘でしょ――」
プリシアが呆然となって声を洩らした。
通りのあちこちに人が倒れている。そして、街のいたるところにキングスズメバチの群が飛び交っている。
「馬鹿な……こんな広域で虫を展開するなんて――」
あのゲゾンって奴――こんな魔力の持ち主だったのか?
僕は疑問に思った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
怪訝な顔をして、『菓子姫』キャンディーヌは、『蟲使いの』ゲゾンに言った。
「ねぇ……これがあんたのいう『考え』?」
「――文句があるのか?」
ゲゾンが曲がった背中を無理に上に向けて、中央広場のモニュメントに座るキャンディーヌを睨んだ。
白いフリルの服を着たキャンディーヌは、ピンクの巻き髪を揺らす。
「だってさぁ、街中、虫だらけじゃん! これじゃあ、買い物も行けないんんだけど」
「この街の領主――護衛隊、ギルド……その全てが、竜討伐の報酬2000万ワルドを断ってきやがった。当然の報いだ」
ゲゾンは三白眼の眼を剥いて、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「そして、この街中の被害者を、あいつは治癒しきれない。……あの偽善者がどんな顔して、この惨状を見てるのか――楽しみだぜ」
「ね、そのためとはいえ虫くん、そんな強力な強化剤使って大丈夫なの?」
キャンデイーヌはぐるぐる巻きの飴を舐めながら、ゲゾンに訊いた。
ゲソンの頭には――血管が浮き出て、眼が血走っている。
「――このまま、おめおめ竜の一味にやられたとか……報告できねえだろ」
「まぁ……そりゃそうだけど」
キャンディーヌは上目づかいでそう呟いた。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
僕らは翼のドームで移動しながら、虫の群をかきわけていった。
――相手は無差別に街の人を襲ってる。つまり、狙いを絞ってないということだ。だとしたら……
「クィード、何処に向かってるんですの?」
「ゲゾンは――街の中心部、中央広場にいる」
僕はそう答えて、中央広場へと駆けた。
そして――やがて、あの二人が見えてくる。
「……ほう――オレの居場所が判るとはな」
「お前! 今すぐ、虫魔法を止めろ! 街の人たちを皆殺しにするつもりか!」
僕が怒りの声をあげると、ゲゾンはせせら笑いを浮かべた。
「この街の連中が、滅竜の報酬をしぶるからだ。自業自得だろ」
「……自業自得だと――」
あまりの言い分に、頭が沸騰しそうだった。
「その言葉の意味を――お前に叩きこんでやるぞ!」
僕はゲゾンに、そう怒号をあげた。




