2 シュラの記憶
シュラはキングスズメバチの毒にやられて、痙攣して白目を剥いている。
口の端から泡が垂れ、その顔色がもう紫になりかけていた。
「まずいぞ、プリシアよりも症状がひどい。解毒&治癒!」
僕は二つの魔法を一度にかけた。ただの解毒では間に合わないくらいに、身体がダメージを受けてると判断したからだ。
「自分の仲間をこんな目に合せるなんて……ひどいですわ」
「まったくだ――」
紫色だった顔色が、少しずつよくなってくる。
よかった、なんとか解毒が間に合ったらしい。死なせずに済むぞ。
そう、思った瞬間だった。
「――え……?」
何か僕の視界がぐらりと歪む。
なんだ? 僕が魔力の使い過ぎで倒れるのか?
一瞬、そう思ったが、そうじゃない。
気づけば僕は――何処かの家の中にいた。
「え? どういう事だ? 此処は――」
なんか、この感じに覚えがある。
そうだ! 竜の隠れ里に行って、石眠状態のレーナの心のなかに入り込んだ時。
あの時の感じとそっくりだ。
……まさか、僕はシュラの心の中に入り込んだのか?
そんな疑問を抱いてると、隣の部屋から声が聞こえる。
「あいつの……あいつのせいで、私の人生はめちゃくちゃよ!」
女性の声だ。僕は隣室に移動する。
そこにいたのは、黒髪を長く伸ばした女性。
その長い髪が顔にかかり、髪の間から見える眼が憎悪と呪詛に満ちていた。
「お前のせいよ! お前さえいなければ、私はあいつの妻でいる必要はない! お前があの竜のグルになった悪党の娘でなければ、私はすぐにあの男と縁が切れたのに!」
そう声をあげた女性の前には――小さな娘がいる。
髪が青く、眼鏡をかけた5,6歳の女の子。……あれが、シュラなのか?
「お母さん……」
シュラらしき女の子は、泣きながら女性を見上げた。
すると女性は髪の間から眼を剥き、女の子をひっぱたいた。
「お母さんなんて呼ぶんじゃないよ! この汚らわしい娘め!」
「うぅ……ぐ…す――」
はたかれて地面に崩れた女の子は泣いている。
まさか――これがシュラの記憶? こんな可哀そうなことが、シュラの幼少期の記憶なのか?
「竜と一緒に、あいつもお前も死ねばいい!」
母親は床で動けないシュラに、そう呪詛の言葉を吐いた。
……こんなの、辛すぎるだろ。
見ている僕の胸が締め付けられる。と――不意にまた空間が歪む。
「あいつの……あいつのせいで、私の人生はめちゃくちゃよ!」
――あれ? この言葉は、さっき聞いたぞ。それにまた隣の部屋にいつの間にか、移ってる。
僕は隣室に移動した。
「お前のせいよ! お前さえいなければ、私はあいつの妻でいる必要はない! お前があの竜のグルになった悪党の娘でなければ、私はすぐにあの男と縁が切れたのに!」
「お母さん……」
そのやりとり、さっきも見た。
そう思ってると、母親が娘をひっぱたき、娘が床に倒れる。
「お母さんなんて呼ぶんじゃないよ! この汚らわしい娘め!」
「うぅ……ぐ…す――」
また娘が泣いている。何度見ても辛い記憶だ。まさか――これを繰り返し見てるのか?
「竜と一緒に、あいつもお前も死ねばいい!」
母親の呪詛の声が響く。
――と、僕はまた隣室にいる。
「また繰り返しか!」
僕はまた隣室に移動する。
「お前のせいよ! お前さえいなければ、私はあいつの妻でいる必要はない! お前があの竜のグルになった悪党の娘でなければ、私はすぐにあの男と縁が切れたのに!」
「お母さん……」
この後、母親が娘をひっぱたく。
ダメだ。見てられない。
僕は思わず身体が動いて、娘の背後から母親の手を止めた。
――あれ? 止められた。触れる?
「……誰だ、オマエ」
僕に手を止められた母親が、僕を凄い目つきで睨んだ。
え……どういう事だ?
どうして、記憶の中の母親が、僕に干渉してくる?
「ワタシの邪魔をするんじゃないよ!
母親は長い黒髪を振り乱して、僕に襲いかかってきた。
僕は思わず、その手首を捕まえる。
「や、やめてください! それに、自分の子供をいじめないで」
「うるさいんだよぉ!」
そう叫んだ母親の顔が歪む。いや――口が大きく裂け始め、口の中から上向きに牙が伸びてきた。
「な――どういう事だ……?」
「殺してやる!」
僕に噛みつこうとする母親を、なんとか防いでいると、不意に何処からか声がした。
「クィード! お菓子の人が起きた!」
菓子姫が? そう意識した瞬間――僕は目覚めた。
気づくと、しゃがんでシュラに治癒と解毒をかけてる状態だ。
「これは……」
「クィード、大丈夫? なんか意識がない状態だったから――」
隣にプリシアがいる。どうやら、現実に戻ってきた。
見ると、シュラは顔色がよくなり、解毒に成功していた。
「う……ぼ、ボクは――一体……」
シュラが小さく呻きながら、眼鏡の奥の眼を開く。
「オマエ! そこで何してる!」
そこに飛んできたのは、キャンディーヌの声だ。
投げのダメージでボロボロのはずなのに、ふらつく足で立っている。
「この人がスズメバチの毒にやられたから、解毒してただけだ」
僕は立ち上がりながら言った。
するとキャンディーヌが顔を歪める。
「どういうつもりだ……お前たちは、アタシたちの敵だろ!」
「自分の仲間まで毒で殺そうとしてたんだぞ! 敵味方を語るんだったら、仲間くらい大事にしたらどうなんだ!」
僕はキャンディーヌに向かって、そう言った。
キャンディーヌが口惜しそうに黙る。
と、シュラが身を起こしながら、声をあげた。
「……どうしてボクを助けた?」
「毒にやられて死にかけてたんだ。僕は治癒士だから、放っておけない。それだけだ」
シュラは唇を噛む。
「お前……どういうつもりだ? この前も、ギルガインやラディンに治癒を施してた――。バカなのか? そんな事をしたって、ボクたちが竜を狙うことに変わりはない」
「ホントに頭の固い人たちだな。もう少し、よく考えたらどうなんだ。――いや、それよりも……多分、君の持ってる母親との記憶――あれは偽物だ」
僕の言葉に、シュラは目を見開いた。
「なに!? お前――何を言ってる?」
「母親になじられて、はたかれたろう。あれは多分……偽物の記憶だ。後から植えつけられたんだと思う」
僕がそう言うと、シュラは驚愕に眼を見開きながら、唇を震わせた。
「お前……ボクの心を覗いたのか――」
「治癒していたら、急に君の心のなかに入ったんだ」
僕はそう言うと――シュラは突如、殺気に満ちた眼で僕を睨んだ。




