4 菓子姫ビターフォーム
ピンクの巻き髪はそのままに、『菓子姫』キャンディーヌは、すっかりその様相を変えていた。
全身をピッタリと覆うダークブラウンのスーツは光沢を放ち、腕に黒のロング手袋、足にも黒のロングブーツを履いている。
そしてキャンディーヌはにやりと笑うと、その手の中に何か出した。
「――剣? ……いや、ケーキナイフか!」
右手に剣にも見える巨大なケーキナイフ。左手には農具の鋤にも見える、巨大なフォーク。
キャンディーヌは残忍そうな笑みを浮かべた。
「ビターフォーム。こうなったら、もう甘くはないわよン」
キャンディーヌが駆け寄って来る。かなりの速さだ!
いきなり、ナイフで切り付けてくる。
かわしたところに、フォークの突きが襲う。僕は後退しながら、手の中に杖を出した。
「オラオラオラ! ボーッとしてると、入刀するぞ!」
ガラの悪いチンピラみたいな声を出して、キャンディーヌは猛烈な連続攻撃を仕掛けてきた。
僕はそれを杖でいなしながら、レーナを目線で下がらせる。
僕がキャンディーヌと戦っている間、プリシアはゲゾンを相手に苦戦していた。
ゲゾンは虫捕り網を持って、プリシアに襲いかかっている。
網の輪っかの部分で薙ぎ払う動きをしたと思うと、柄の方で突きを出す。その攻撃技は多彩で、プリシアは竜光剣でなんとかそれを凌いでいた。
と、ゲゾンが声をあげる。
「シュラ! ボーッとしてないで、ガキを狙え!」
声を上げられたシュラが我に返ったように、レーナを見る。
そして掌を向けると、水流の攻撃を発射した。
「水流砲!」
「――くっ!」
僕はそっちに飛び込んで、杖の両端を掴むように持ち、気流渦を展開した。
「大気旋!」
なんとか水流攻撃を逸らす。と、よこからキャンディーヌがフォークを突き出してくる。
「アタシのことだけ見つめな!」
いけない、躱しきれない!
――そう思った瞬間、僕の身体が何かに押されて動いた。
大きな影に押された。そう思って背中を見ると、一匹の竜がそこにいる。
そんなに大きくない、体高は2,5mほどだ。
「もしかして……レーナちゃん?」
「うん」
緑色の竜は、可愛い声で頷いた。あ、レーナだ。
「ギャハッハッハ! 醜い正体をさらしやがったね! ちょうどいい、そのガキ竜も串刺しにしてやるよ!」
キャンディーヌが喜色満面で、そう声を上げる。
が、それに対し、ゲゾンが口を開いた。
「おい……ガキの竜は生きたまま捕まえるのが、基本だろ」
「そんなこと、アタシが知るかぁっ!」
キャンディーヌは明確に、レーナを斬りに来た。
しかしその分、軌道ははっきりしてる。
「今だ!」
僕はその攻撃線に入ると、杖を消して把気を伸ばした。
ナイフを振り上げた腕を、把気が捉える。
「な――」
「気流柔術、十段投げ!」
捉えた腕をその勢いのまま、宙に浮かせて地面に叩きつける。
が、それで終わらず、また弧を描き、再度地面へ。
それでも終わらず、また宙を舞い、地面に投げつける。
僕はキャンディーヌを合計十回、地面に投げつけた。
「グ……」
さすがのキャンデイーヌも小さく呻いて動かなくなった。
「菓子姫! チッ、やられやがって! シュラ、そっちをやれ!」
「判った――」
今度はシュラが僕の前に立つ。
が、僕は言った。
「僕は知ってるぞ。君は――竜の隠れ里の襲撃に参加していただろう?」
「な……なんで、そんな事を――」
シュラが驚いた顔をしている。
僕はさらに声を上げた。
「その時、君が見殺しにした女の子がいただろう。その子は、この子の妹だ! 君はこんな幼い、何の罪もない姉妹を殺すつもりなのか!」
僕の言葉に、シュラが眼を見開く。
「ぼ……ボクは――」
「君は抵抗があると言っていた。当たり前だ。外見は人間に似ているけど、一方的に残酷な殺戮をしたのは人間の側だ! 君には、それが判ってるはずだ!」
僕がそう言うと、シュラは驚愕の表情で唇を震わせた。
「な……なんで、そんな事まで知っている? 何処かで隠れて見ていたのか」
「隠れ里に行った時、この子たちの死んだ母親が、霊になって僕たちに伝えてくれたんだ。そしてこの子を助けてくれと頼まれた。子供を想う母親の気持ちは、竜でも人でも変わりはない! それなのに君は、まだ残酷な虐殺に手を貸すのか!?」
僕の言葉に、シュラは絶句していた。
そこに、ゲゾンの声が飛んでくる。
「シュラ! そいつの言葉に耳を貸すな! 竜を殲滅する――それがオレたちの使命だ!」
「そんなこと、させませんわ!」
プリシアがゲゾンに、竜光槍を突き出す。
ゲゾンがそれを虫捕り網でいなしてかわした。
と、次の瞬間、突然、プリシアが身体を震わせた。
「アァッ!」
ビクン、と身体が硬直する。と思った瞬間、プリシアは突然、地面に倒れた。
「プリシアっ!」
何が起きた!? 僕はプリシアの元へ駆けつけようとする。
しかしその眼の前に、何か黒いものが空中に漂っている。
それは――巨大な蜂の大群だった。
前に一度見た、キングスズメバチだ。一匹が5cmくらいはある。
「まさか……プリシアを刺したのか?」
「そうさ。すぐに毒がまわるぜ」
ゲゾンが愉快そうに微笑みを浮かべる。
と、地面に倒れたプリシアが、完全に白目を剥いて痙攣し始めた。
その口の端から、白い泡がこぼれ落ちる。
「いけない! プリシア!」
「お前たちも、刺してやるぜ。行け、キングズズメバチ!」
ゲゾンは僕たちに向かって指さした。キングスズメバチの群が、唸りを上げて向かって来る。
僕はズズメバチの群とゲゾンが一直線上になる場所に移動する。ここからだ!
「気渦砲!」
胸の前で両手で円を描く。気流は渦を巻きつつ、ゲゾンとスズメバチに発射された。気渦砲でスズメバチが散った後に、ゲゾンを狙う。
ゲソンはそこから跳び退いて、気渦砲を避けた。
けど、それでいい。
気渦砲がズズメバチの群を散らすのを見て、僕はレーナに言った。
「レーナ、僕についてきて!」
「うん!」
僕はズズメバチの群を割った気流の跡を追って、プリシアの傍に辿り着く。
プリシアは完全に白目を剥いて、泡を吹いて痙攣している。
「ひどい事を……待ってて、プリシア!」
僕は前に発射している気渦砲を、上空に向ける。
そこから手の幅を広げ、気流の渦を大きくした。
「オォォォォ……」
さらに僕は自分自身で回転し、倒れているプリシアとレーナを包んだ大きな竜巻を作った。
「気流竜巻!」
僕とプリシア、竜の姿のレーナが、竜巻の眼の中で蜂から身を守っていた。




