3 菓子姫と蟲使い
僕は驚いて、シュラに言った。
「まさか君が、シュート・クローネの家族なのか?」
「……その忌々しい名前を口にするな」
シュラは眼鏡の奥から、憎悪にも似た目つきで僕を睨む。
僕は言った。
「どうしてだ! シュート・クローネは『竜災事変』を終息させた英雄じゃないか!?」
「ボクにとっては、竜と内通してた犯罪者でしかない。奴が捕まることで、母がどれだけ冷たい眼で見られ、苦労し、泣いてきたか……。そのあまりの心労で、母はボクが六歳の時に死んだ。奴はボクの母を殺した殺人犯だ。……英雄だと? 寝言は大概にしてくれ!」
シュラは厳しい顔で、僕らにそう怒鳴りつけた。
まさかそんな……シュート・クローネの家族が――こんな形で育ってるなんて。
「へ~、シュラちゃんて、そういう生い立ちなの~。知らなかったぁ」
そこに場違いな届く甘い声。これは――知ってるぞ。
「『菓子姫』キャンディーヌ!」
白いフリルをふわふわさせながら、キャンディーヌが近づいて来る。
キャンディーヌは微笑みを浮かべながら歩いて来る。
「シュラちゃんの処に、獲物の竜が来るって話だったけど――そういう理由だったのね~」
獲物の竜? まさか、プリシアが狙われている?
そう思った瞬間、鉄の門扉が自動で閉じた。
「しまった!」
飛び越えられなくはないが――今はレーナも連れてる。
と、もう一人、やはりあいつが現れた。
「なんだ……ターゲットはこいつらだったのか。あの時にやっちまえばよかったぜ」
「だけど、今もこいつら竜の気配がしないよ。なんでぇ?」
キャンディーヌが不思議そうに首を傾げる。
現れたもう一人――『蟲使いの』ゲゾンは言った。
「心底どうでもいい……ようは、こいつらを駆除すりゃいいんだろ」
そう言うと、ゲゾンは歪んだ笑みを浮かべる。
と、掌を前に出した。
「皇帝クワガタ!」
突然、体長5mはあろうかという、巨大なクワガタ虫が現れた。
「魔現動体! プリシア、戦うしかない!」
「判りましたわ! レーナちゃん、下がってて」
「うん……」
レーナが不安げな顔で後退する。
「おい、まさかそのガキも竜なのか? そいつは――引き裂き甲斐がありそうだぜ!」
ゲゾンがそう声をあげた瞬間、皇帝クワガタが跳躍して襲いかかってきた。
その巨大な顎は、まっすぐにレーナを狙ってくる。
「大気旋!」
僕は気流渦を作りだして、レーナに向かってくるクワガタを投げ飛ばした。
かなり遠くまで投げたが、その空中でクワガタが羽を広げる。
「ケケケ……そんな技が、オレのクワガタにきくかよ。そいつの顎で、その竜の小娘を少しずつ喰いちぎらせてやる! まずは腕、それから脚――胴体を半分にした後……最後に首だぁっ!」
そう叫んだ後に、ゲゾンは顔を歪めて笑った。
なんて奴だ。この変質者には、絶対にレーナを渡さない。
「プリシア、僕がレーナを守りながら戦う。プリシアは魔導士本体を叩いて!」
「承知しましたわ!」
プリシアはそう声を上げると、二本指をゲゾンに向けた。
「竜閃光!」
光線が発射される。しかしそれは、白いパラソルを広げたキャンディーヌによって防がれた。
「言っとくけど、アタシもいるんだからねぇ。じゃあ、飴爆弾!」
キャンディーンが大量の飴を投げてくる。
あれは、喰らったら爆発する飴だ。
「竜光弾!」
プリシアが光弾を大量に投げ飛ばし、対抗する。
空中で光弾と飴がぶつかり、幾つもの爆発を起こした。
――と、その爆煙の中から、白いものが飛んでくる。
「クリーム・シュート!」
生クリームだ! あれは喰らった後で、燃やされる。
偶然だけど、彼女らの戦いを見ていたことは幸運だった。
「気流渦――無限の型!」
僕は∞の字に気流渦を展開する。そこに飛んできた生クリームを、全部クワガタにぶつけてやった。
「なに!? オレのクワガタに――」
ゲゾンが戸惑ってる間に、クワガタが白いクリームまみれになる。
と、そのクリームが燃え出した。
「あ、ごめん虫くん、キャンドルにしちゃった!」
「その呼び方、やめろ……くそ、だから一人でいいって言ったんだ」
ゲゾンが忌々しそうに口にする。クワガタは炎上した後、消失した。
その隙を突き、プリシアがゲゾンに襲いかかった。
「竜光槍!」
手から伸びた光の槍は、まっすぐにゲゾンを突き刺そうと伸びる。
が、ゲゾンが手に武具を出した。
――虫捕り網だ。ただし凄く大きい。網の部分は、直径で1m以上ある。
「フン!」
向かって来た光の槍を、ゲゾンは虫捕り網で捉える。
網に入れた後にひねり、槍の軌道を殺した。
動きが止まったプリシアを、キャンディーヌが狙う。
持っていた白いパラソルを閉じると、それを突き刺しにかかった。
いけない! 僕は駆け寄って、把気を伸ばす。
「大円投げ!」
捉えたキャンディーヌを、大きな円軌道で振り回し投げる。
「きゃあっ!」
キャンディーヌが地面に転がり、悲鳴をあげた。
と、その瞬間、僕に飛んでくるものがある。
「旋気掌」
掌の中で創った気流で、僕は向かってきたものを弾いた。
それは高圧水流だった。
「ボクもいることを忘れないでほしいね」
シュラが眼鏡を押さえながら、手をこちらに向けている。
厄介な。気流渦で弾いてなかったら、真っ二つになる威力の水だ。
「……アタシを……アタシの服をよくも――」
倒れたキャンディーヌが身体を起こそうとしていた。
確かに、白いフリルのついた服は泥で汚れている。
キャンディーヌの身体は、怒りに震えていた。
「よぉくも、アタシのぉ服ををををぉぉぉっ!」
キャンディーヌが突如、同一人物のものとは思えない、ドスのきいた声で怒号をあげた。
「絶対許さない絶対許さない絶対許さない絶対許さない絶対許さない絶対許さない絶対許さない絶対許さない絶対許さない絶対許さない――」
と、思うとキャンディーヌはうつむいて、眼を見開いたままブツブツ独り言を言っている。正直言うと――恐い。こんな人、村にはいなかった。
「……よくもアタシの服を汚したわね。絶対許さないわ、ブチ殺す!」
キャンディーヌは両手を頭上に掲げる。すると、その掌から茶色の液体があふれ出てきた。あれは――チョコレート?
チョコレートはキャンディーヌの腕から身体へつたい、その白い服をみるみるうちにダークブラウンに染めていく。
「あはあぁぁぁ……いい香り――」
恍惚とした表情で、キャンディーヌが呟いた時、その全身がほぼダークブラウンのチョコレートまみれになっていた。
キャンディーヌは指先についたチョコレートを舐める。
「ここからは……甘くないわよぉ」




