第十話 シュート・クローネ 1 無法な請求
白いフリル少女は、衛兵の手に飴を乗せて言った。
「はい、これはサービスね」
「あ、あの……あなた方は――」
当惑する衛兵に、白いフリル少女はウィンクをして名乗る。
「はぁい! アタシは滅竜士の『菓子姫』キャンデイーヌでぇす! 覚えてくれたかな?」
にっこり笑って首を傾ける。衛兵は、とりあえず頷いた。
「は、はぁ……」
「それでぇ、そっちにいる虫くんは、『蟲使いの』ゲゾンくんでぇす!」
「……別に俺たちの名乗りはいらねぇ」
背中の曲がった男は面白くなさそうに口にすると、衛兵の前につかつかと歩いてきた。
「1000万ワルドだ」
「は――?」
「駆除料が1000万ワルドだ。支部の事務所に払い込んでおいてもらおうか」
背中の曲がったゲゾンという男が、そう言う。
衛兵は驚愕の顔を見せた。
「1000万ワルドとは……幾らなんでも、そんな大金は――」
「払えねえのか? ――じゃあ2000万だ」
ゲゾンという男はそう言うと、陰気な目つきで衛兵に凄む。
衛兵がその迫力に震えた。
「ヒッ――」
「どうなんだ? 2000万払うのか?」
「あ、あの駆除料はお支払いしますが……少し高いのではないかと――」
「あ~?」
ゲゾンが凄む。
「お前らが竜を駆除できてりゃ、別に払わなくてよかったんだろうが! 俺たちが来なきゃ、お前たちはあの竜に全滅させられてたんじゃねえのか!? てめぇの力のなさを度外視して、金を出し惜しむとは恩知らずにもほどがあるぜ」
ゲゾンがそううそぶくにに対し、衛兵は必死の顔で言った。
「助けていただいたことは感謝しております! しかし何分の大金、ここで私が即答するには、私の権限を越えてますので――」
「金がねえなら、特別クエストを出したギルドからも引っ張って来い! それがてめぇの役割なんじゃねえのか!」
ゲゾンという男は苛立たしそうに、衛兵に怒鳴った。
と、白いフリルの少女――キャンディーヌが僕の方を見て言う。
「ねぇ、あそこにいる治癒士が怪我を治したから、死ななかったのはあの治癒士のおかげ――とか思ってるんじゃなぁい?」
「チッ!」
ゲゾンが僕を睨みつける。
「てめぇか、余計な真似をしたのは?」
「怪我人がいたから治癒しただけだ。余計な真似呼ばわりされる覚えはない」
「あ? てめぇ、誰に向かって口きいてんだ? 女と子供連れて、チャラチャラしやがって――ムカつくぜ」
ゲゾンが僕に指を向ける。と、何かが飛んできた。
僕はそれを気力を込めた当身で迎撃する。
ビシャリ、と縦拳にした僕の拳で何かが潰れる。
――蜂だ。キングスズメバチ、5cmくらいある。
「お前、何するんだ!」
「ハン、治癒するだけの奴かと思ったら、攻撃能力あるのか。おもしれぇ」
「面白くない! 僕がもし迎撃できなかったら、どうするつもりだったんだ!?」
僕が怒鳴ると、ゲゾンは薄気味悪い笑みを浮かべた。
「そいつに刺されるとな、痙攣して泡を吹いて倒れる。――猛毒なんだよ。刺された箇所は紫色になって腫れ上がり、痛みが残る。まあ……運が悪けりゃ死ぬんだがな」
にぃ、とゲゾンは笑った。僕は腹が立った。
「何もおかしい事なんかないぞ。人が死ぬような負傷を与えて――それが楽しいのか!?」
「楽しいさ! 俺の力で、他人が眼を白黒させるんだ。俺には力がある……そう実感できる! 最高の瞬間だ――」
ゲゾンはそう言うと、恍惚の表情を見せた。
――薄気味悪いを越えて、気持ちが悪い。
僕がもう話したくなくて黙っていると、ゲゾンは歪んだ笑みを浮かべた。
「まあいいさ……とにかく、金は払ってもらおう。いいか、忘れるなよ」
ゲゾンがそう言うと踵を返して歩き出す。
と、不意にプリシアの傍にいたレーナのところに、キャンディーヌが現れた。
「はぁい、お嬢ちゃんにはキャンディーヌからお菓子をあげるよぉ」
少し身をかがめて、キャンディーヌは飴を差し出す。
レーナは怯えた顔でプリシアの背後に隠れると、呟いた。
「――いらない……」
「ん~? なんか言ったかな? まさかアタシのお菓子をいらないなんて悪い子はいないよねぇ? はい、どうぞ」
キャンディーヌは笑顔を作るが、レーナは黙ってプリシアの陰に隠れるだけだった。
様子を見かねたプリシアが口を開く。
「あの……欲しがってないから、結構です――」
「あン?」
いきなり笑顔から、凄い形相に変わる。
「お前には話してねえだろうが!」
突如として悪鬼のような形相になったキャンディーヌは、プリシアにそう怒鳴りつけた。と――突然、頬に手をあて元の笑顔に戻る。
「やだぁ、アタシってば、つい大声出しちゃった。もう、悪い子にはお菓子をあげません。ぷんぷん」
キャンディーヌはそう言ってにっこり笑うと、ゲゾンの後についていく。
そうして滅竜士二人が立ち去ると、衛兵たちはやっと息をついた。
「一体――なんだったんだ、あの二人は……」
「あの……大丈夫ですか、あんな無法な請求されて」
僕が衛兵に訊くと、衛兵は苦笑いした。
「正直、どうかと思うような金額だが、彼らに助けられたのも事実だ。本部に戻って掛け合ってみようと思う。それより――君が我々を治癒してくれなかったら、我々にも死者が出ていたところだ。本当にありがとう」
衛兵の代表が礼をすると、他の衛兵たちも僕らに向かって礼をした。
ひとまず騒動が片付いたので、僕らもその場を離れることにする。
レーナと手をつないで歩くプリシアに、僕は話しかけた。
「あの死骸が無くなっちゃったから判らないけど――あの怪物から、竜の気配がしたんだよね?」
「はい、確かにしましたわ。けど……あれは竜じゃありません」
そうだろうな。けど、ならば何故、あれは竜と呼ばれてるんだ?
僕がそんな事を考えていると、プリシアが口を開いた。
「それにしても、あれはなんですか? 虫とか飴とか――魔法で創ってたみたいでしたが……」
プリシアの問いに、僕は答える。
「あれは魔現体、あるいは魔現動体と呼ばれるもので、ああいう実体的なものを創り出す魔法は創成魔法って呼ばれてるんだ」
「不思議なものですわね。ああいう力は、竜にはない能力ですわ」
「あれは六属性に属してない、特殊属性だからね。竜にないのも無理はない」
そう言っても、知識として知ってるだけで特殊属性の魔導士なんか初めて見た。
「ともかく、あの竜モドキの脅威は去ったみたいだから、ギルドに戻ろうか」
「はい」
僕たちはまたギルドに戻る。と、受付嬢が心配そうな顔で訊ねてきた。
「あ、さきほどのBランク冒険者さん。竜退治に行ってたんですか? どうも退治は完了したと報告がありましたが」
「僕らは何もしてません。滅竜士たちが来てやっつけて行きました」
そう言うと、受付嬢は息を吐いた。
「はぁ~……これでまた、高額報酬を請求されるんですね――その前に冒険者さんたちで討伐してもらえればと思ってたんですけど……」
受付嬢は浮かない顔だ。が、ふと我に返ったらしく、顔を上げて明るい笑顔を見せた。
「あ、すいません初めての街に来てこんな話で――私は受付のサナといいます」
黒髪をショートにした受付嬢は、そう言ってにっこりと笑った。
「あの……それで、僕たちはシュート・クローネという人を探してるんですが――ご存知ないですか?」
僕がそう言うと、サナは驚きを見せた後で、顔を曇らせた。
「あの……知ってはいますが――恐らく会うのは難しいのでは、と」




