2 竜の少女レーナ
目覚めた竜の少女は、傍にいるプリシアを見て『お姫様』と呼んだ。プリシアにはそれが不思議だったらしい。
「どうして、わたしが姫だと知ってるんでしょう?」
「夢の中で、お兄さんが教えてくれたよ。傍にお姫様がいるって」
そういうと竜の少女――レーナはにっこりと笑った。
「お姫様――凄くきれい」
「ありがとう。あなた、お名前は?」
「レーナ」
竜の少女は元気よく答えた。薄緑の長めの髪。子供らしい愛らしさをもってる少女は、言われなければ彼女が竜とは誰も思うまい。
「わたしはプリシア。仲良くしましょうね」
プリシアがそう言って微笑むのに対し、レーナは嬉しそうに頷く。
と、レーナは僕の方に視線を向けた。
「お兄さん――人間なのね」
「そう。僕はクィード。治癒士なんだ」
「ちゆし?」
「治す人――ってことだよ」
僕がそう言って笑ってみせると、プリシアが横から口添えする。
「レーナのこともね、クィードが治したの」
「お父さん……お父さんも治せる?」
レーナは僕に不安そうな顔で訊いた。
可哀そうに思ったが――僕は首を振った。
「ううん……君のお父さんは――いや、お母さんも、もう治せないんだ」
「お母さんも――」
僕の言葉の意味を悟ったらしく、レーナの眼に涙が浮かんできた。
「わああぁぁぁぁぁん――」
レーナが号泣しだす。その少女を、しゃがんだプリシアがそっと抱きしめた。
「辛いよね……泣いていいよ。わたしもね――村の人たちが殺されて、わたしもお腹を刺されて……お父様が行方不明なの」
「――お姫様も?」
泣きながらそう訊ねるレーナに、プリシアは頷いて見せた。
「お腹を刺されて死にそうだったところを、このクィードに助けられたの。レーナと同じ」
「ワタシと同じなんだ……お姫様も…可哀そう」
「そうね、可哀そうね」
プリシアはそう言うと、レーナの身体を抱きしめる。プリシアの眼にも、涙が浮かんでいた。
「うっ……ひっ…ぐ…す――」
レーナはプリシアの胸ですすり泣く。プリシアはその身体をいたわるように、抱きしめていた。
僕はしばらく、二人をそのままにした。気持ちの整理なんかできないだろうけど――少し落ち着くための時間が必要だ。
「君を助けてって……レーナのお母さんが、僕たちを此処に呼んだんだよ」
少ししてから、僕はレーナに言った。
レーナが顔を上げる。
「お母さんが?」
「うん。多分、君を助けたい――その想いが残ってたんだね。そして、僕らに村で起きたことを教えて……君の居場所を教えたんだ」
「お母さんが――」
レーナは声をうるませた。と、不意に気付いたように、声を上げた。
「リーナは? 妹は何処にいるの?」
僕とプリシアは顔を見合わせた。が、本当のことを教えるほかないだろう。
「君の妹は……滅竜攻団――君たちを襲った奴らが連れてったらしい。殺されてはいない……と思う」
「リーナ! ワタシ――リーナを助けなきゃ!」
少女は焦る気持ちを顔に出した。
僕は頷いて見せたが、レーナを見つめた。
「リーナ――君の妹を一緒に探そう。だけど、あいつらはとても強くて、普通に行方をたどってたら殺されてしまう。プリシアのお父さん――光龍王を探し出して、その力を借りようと思うんだ。僕とプリシアは、そのための旅に出た。――君さえよければだけど……一緒に来ないかい?」
レーナは頷いた。
「お兄ちゃんとお姫様――クィードとプリシア様に…ワタシもついていく」
「プリシア様はやめてください? ただ、プリシアって呼んで」
プリシアがそう微笑むと、レーナは顔を赤らめた。
「ぷ……プリシア――?」
「はい」
プリシアがとびきりの笑顔を見せると、レーナの顔にも微笑みが宿った。
僕は二人に言う。
「もう今日は陽が暮れてきた。今夜はここに泊めてもらって、明日の朝、旅立とう。レーナ、君の家に泊めてもらっていいかな?」
「うん! いいよ」
「ありがとう、レーナ」
そうして僕らは、レーナの家に一晩泊めてもらうことにした。
幸いなことに、保存食は沢山残っている。ほとんどが干し肉だった。
僕は山から山菜を少し採ってきて、干し肉と野菜のスープを作った。
「わぁ! なんだか、いい匂いがする! これ、クィードが作ったの?」
「どうぞ、召し上がれ」
レーナがスープを口にすると、眼を見開いた。
「美味しい! うちにあるものなのに、なんでこんなに美味しくなるの?」
「ふふふ……クィードの料理、美味しいでしょう? わたしたち竜は、あまり料理をするという習慣がないから、驚きますよね」
プリシアもスープを口にして微笑んだ。
「それは――どの竜もそうなの? あ、けど村の人たちがなった竜は、緑色だったね。この村の竜は、どの龍王の眷属なの?」
「ワタシたちは風龍王さまの眷属なの」
レーナは言った。という事は、この里の竜は飛竜。
竜はその龍王に属する眷属で、種類が異なる。
風龍王の眷属は飛竜。火龍王の眷属は火竜。水龍王の眷属は水竜。
土龍王の眷属は土竜で、ここまでが火・水・土・風の四大元素と重なる。
それに加えて光龍王の眷属である白竜と、影龍王の眷属である黒竜の二種がいて、六種類の竜がいる。この里は……風龍王の眷属の里だったんだ。
それから僕らは、レーナの家で休んだ。
レーナの部屋で、レーナがプリシアと一緒に寝たがったので、プリシアはそうした。僕は寝る前にプリシアにこっそり聞いた。
「プリシア……紋章の方は大丈夫?」
「うん。もう、夕方に治癒受けたから、今日は大丈夫」
「そっか、じゃあ――おやすみ」
僕は姉妹みたいに寄り添って寝室に行く二人を見送った。
いいもんだな……まるで、なんの悲劇もなかったみたいだ。
「けど……あの二人が受けた傷は――身体だけのものじゃない」
プリシアとレーナが受けた心の傷を……僕は、癒せるだろうか?
そんな事を、ふと思った。
翌朝になって、僕たちは隠れ里を旅立つ。
一緒に歩くレーナは、元気そうだった。
「ね、何処に行くの?」
「此処から一番近くの街――ネイルーマだよ」
ネイルーマは『洋国』と呼ばれるサウスリアの中でも、海に面してない街だ。
ちなみにサウスリアは正式には『サウスリア洋国連合』という小国の連合体だ。サウスリアの南部は海に面しているが、そこは入り組んだ幾つもの半島と、大小様々の島が点在する土地だ。人々は陸の流通路ではなく、海の流通で暮らしてる。
――なんて、もっともらしい事を言ったけど、実は全部、ネフィーラに教わったことだ。その洋国連合の一つであるビュラル国に、ネイルーマがある。
そのネイルーマに、僕らが探す人――シュート・クローネがいるはずなんだ。
「ワタシ、山から出るの初めて!」
レーナはウキウキした顔で声をあげる。そうか――竜は基本、ほとんど山奥にいて、一目に触れることはない。
「うふふ……わたしもそうだったんですよ」
「プリシアも? 街ってどんなとこ?」
「とーっても、人が沢山いて、賑やかな処ですわ」
プリシアがそう言って微笑む。
――考えてみたら、僕も村から出たことなかったし、プリシアも里から出た事なかったんだ。先導する二人もレーナも、そんなに大した違いはない。
山を下りてのどかな田園風景を見ながら、僕らは歩を進める。
やがて目指す街、ネイルーマに到着した。
「わぁ……」
通りを歩く大勢の人を見て――レーナが絶句した。




