4 隠された娘
地面に引き倒された母竜と娘は、悲鳴をあげながら地面に転がった。
と、その地面に投げだされた母竜を、影ががっしりと掴む。
「あ――う、動けない!」
「死ね!」
黒仮面卿が近づき、その剣を母竜の胸に突き立てた。
「お母さーんっ!」
地面に投げ出された娘が、その光景に絶叫する。
だが容赦なく兵士たちが群がり、母竜を次々と刺していった。
母竜が激痛にのたうちながら、悲鳴をあげる。
「お母さんっ! お母さんっっ!!」
少女の姿のままの娘は、涙をこぼしてその手を伸ばした。
と、母竜の姿が人間態になる。伸ばされた娘の手に触れようと、母親も手を伸ばす。
――母と娘は手を握った。
母親が黒仮面卿を見ながら、口の端から血を流して言った。
「お願い…です……娘はまだ11歳です……娘だけは――助けてください……」
黒仮面卿は母親の元に近寄ると、冷酷な声を出した。
「娘は利用価値があるから殺しはしない。我らに感謝するんだな」
そう言うなり、黒仮面卿は母親の胸を一突きした。
母親は小さく呻くと、娘を見ながら涙をこぼし――絶命した。
「お母さんっ! お母さーんっっ!」
「連れていけ」
黒仮面卿の指示で、兵士たちが娘を母親から引きはがす。
と、少女は黒仮面卿の傍にいたシュラを見て、涙を流した。
「やめて! お願い、助けてっ!」
シュラが眼を見開く。と、シュラは顔を背けて、視線を逸らした。
「竜眠薬をかがせろ」
「ハッ」
兵士の一人が、手にした布で少女の口と鼻をふさぐ。
と、少女はぐったりとなって意識を失った。
「――これで残らず探索したようです」
「よし、引き上げだ」
黒仮面卿の合図で、兵士たちが引き上げていく。
その後ろについていくシュラは、顔から血の気が引いていた。
兵士たちが去り――僕らは惨殺の現場となった村に残された。
「……ひどい……ひどすぎますわ――」
プリシアの震える声がする。見ると、プリシアは膝から崩れ落ち、顔を覆って泣き始めた。
「プリシア……」
僕は何も言えず――何もできず……。
ただ、プリシアを抱きしめた。
「わたしの里も……こうでした……。いきなり襲われて――わたしはあの黒仮面に刺されて……それで、お父様に逃がされたんです……」
僕の腕の中で――プリシアが震えている。
当然だと思った。
「人間を恨んで……当然の仕打ちだと思うよ――プリシア……」
僕がそう言うと、プリシアは泣き顔のまま笑みを作ってみせた。
「いいえ。それはもう思っていませんわ。だって、クィードやネフィーラに会ったから。そもそもわたしたち竜は、人間と仲良しだったとお父様から聞いていましたし。けど……あの滅竜士たちは――ひどすぎます」
「僕もそう思う。正直――許せないよ」
僕はそう言って、思わず強くプリシアを抱きしめた。
「クィード……」
プリシアが呟いた時、不意に視界の端に――またあの白いワンピースの女性が現れた。が、今度はその顔が見える!
「あの人は――さっきの母親!」
さっき殺されたばかりの、母竜だ。どういうことだ?
そう思って死体が倒れた場所を見るが、もうその姿がない。
寂しげな顔で微笑すると、母親はふと移動を始めた。
「僕らを――何処かに連れて行きたいみたいだ」
「行きましょう、クィード」
僕らは母親の姿を追う。と、さっき一度入った家に入っていく。
しかし今度は、その家の中で母親が待っていた。
母親は無言で、僕らをキッチンへと誘う。そしてカーペットの一部を指さした。
「ここを――めくれってこと?」
僕はそこのカーペットをめくる。そこには、地下収納の入り口があった。
その木製の扉を開ける。
「これは……」
その暗い収納庫の中に、何か彫像のようなものがある。
よく見ると、少女が膝を抱えて座っている格好の石像だ。
「少女の石像?」
僕は地下収納に降りる。
地下収納は、ぎりぎり僕の頭が床から出るくらいの深さで、僕は少女の石像を抱えると、それを地下収納から出した。
「あ――あの母親は?」
「そういえば……もう、姿が見えません」
プリシアが辺りを見回したながら言う。
僕は少女の石像を見ながら、プリシアに言った。
「あの母竜は――この少女の石像を、僕らに見つけてほしかったんだね」
「これは多分……石眠状態の竜の娘ですわ」
プリシアが、深刻な面持ちで言った。
「石眠状態って?」
「竜はその特殊能力の一つとして、自分自身を石化して休眠することができるのです。よっぽど傷が深くて、その時の再生能力では間に合わない時など、じっくりと時間をかけて治すためにとられる防衛本能なんです」
プリシアの説明を聴いて、僕は少女の石像を見た。
「じゃあこれは――少女が自ら石眠状態に入ったってこと?」
「いいえ。それができるのは、大人の竜だけ。子供には無理です。けど、大人の力で、子供の竜を石眠化することは可能です。ただし……その時には、とても莫大な生命力を使うと聞いてます」
プリシアはそう言うと、深く息をついた。
「多分、あの母親は娘を助けるために石眠状態にしたんでしょう。けど、それは一人しかできなかった……。そしてあの母親は殺され、もう一人の娘は滅竜攻団にさらわれていったんです――」
「けど……あの母親は霊になって、僕らに村の惨状と娘の居所を教えた――。あの母親の……娘を想う気持ちが、そんな現象を起こしたに違いないよ」
僕はプリシアにそう言った。プリシアの眼から、一筋の涙がこぼれる。
「それで……あの母親は、僕たちにどうしてほしいんだろう? この石眠を解いて、娘を助けてほしいんだよね、きっと」
「多分、そうですわ。けど石眠は、その受けた傷が時間をかけて回復しないと戻りません」
僕はプリシアの言葉を聴いて、その少女の石像を改めてよく見てみた。
と、首にネックレスがかけてある。
「あ! これはプリシアが身に着けてる、竜の気配を隠すネックレスと同じものだ!」
「本当ですわ。そうか……これを着けてなければ、石眠状態でも滅竜士に発見されてしまうからですわ」
僕は頷くと、その少女の石像をよく見た。
すると、胸に深い傷跡がある。
「これだ。これがこの子の致命傷になるんで、母親が石眠状態にしたんだ」
「クィード――治癒したら……石眠が解けるかもしれません」
「うん。やってみるよ」
僕は少女の傷跡に治癒の光を浴びせた。
石像に、変化がない。治せないのか?
そう思った時、不意に僕の視界が急に変わった。
何か、周りが不鮮明だ。……なんだ?
「――なんだ、お前たちは!」
男の怒号が聞こえる。その男の背中の向う側に、押し入ってきた兵士たちの姿が見える。
「我らは滅竜献身攻団だ! お前たちを駆除してやる!」
――これは…少女の視界? この少女の記憶なのか?
僕は驚きに囚われたまま、その光景を目撃することになった。




