3 世界――アザルド
この世界で一般的な宗教は、創造神ゲイアニス(女性神)と秩序神オルドレイク(男性神)を敬うアザルド教だと僕は理解してる。その二神以外には、大地の精霊の長である精霊神アリアナを敬う土着の信仰がある。
――そう言えばサラン婆ちゃんは、精霊神様を敬ってたな。元気にしてるかな。
ま、それはともかく、『来神教団』ってなんだ?
「『来神教団』って、実は初めて聴くんだけど」
「そうなのか? 来神教団は創造と秩序神とは別の、もう一つの神――救済神ヴァルガを主神に据えた教団だ」
ネフィーラの言葉に、僕は少し首を傾げた。
救済神ヴァルガ――そう言えば、そんな話があったような気もする。
けど、なんかそんな大きく語られたことがなかったから知らないんだ。
「このアザルドの五大国では四つの国が二神を祭るアザルド信仰だ。帝国に本拠地があるアザルド正教会が、四つの国の宗教をとりまとめている。だが、北のノーストリアだけは、この救済神ヴァルガを主神に据えた特殊な信仰――『来神教』を国教にしてるんだ」
「え? ノーストリアって教皇が治める『教国』なんでしょ? じゃあ、ノーストリアの教皇って、来神教の教皇なの?」
「実は、あまり知られてないが、そうなんだ」
知らなかった。てっきりアザルド教の教皇なんだとばかり思ってた。で――
「それで……『滅竜献身攻団』が『来神教団』の傘下にあるって――どういう話なの? なんだか、ちょっと理解が追いつかない」
僕が疑問をあげると、ネフィーラも大きく頷いた。
「私も経緯はよく判らないが……来神教では竜は悪魔の使いとして忌み嫌われていて、竜が人間を襲うようになった時、教団はその討伐組織を特別に作った。それが滅竜士たちの発端だという話だ。そして滅竜士たちの活動は、国を越えて世界中に広まってる――という訳だ」
このアザルドの世界――それは五大国ならなる。
北のノーストリア教国、東のイーストリア王国、西の神聖ウェストリア国、南のサウスリア洋国連合、そして中央地帯のセントリア帝国――が、五大国だ。
「100年前の最終戦争を終結した『終幕協定』以降、アザルドでは大きな戦争は起きてない。政体は異なるが国の行き来も自由で、アザルド教の宗教組織は国とは別のネットワークを持っている。ちなみに、アザルド正教会以外にも、冒険者ギルドネットワークは国際的な組織だぞ」
「そうなんだあ」
なんか、小さな村にいたから知らないことだらけだ。
いや、知ってた事もあるけど、あまり自分と関係のあることと思ってなかったんだ。だから実感がなかった。
「まあ、そういう訳だから通貨はどこでも通じるし、冒険者登録も全国で通じる。お前たちも、何処でも仕事はできるからな」
「そういえば……僕たち、特に冒険者ギルドにいって登録テストとかしてないよね? なんでいきなりBランク登録なの?」
僕が訊くと、ネフィーラは笑って言った。
「実は私が、ギルドの特別審査官も兼任してたのさ」
「え~っっ!!」
そりゃあ……有名人だって、最初に言われるわけだよね。
「そういえば『滅竜団』と冒険者ギルドが仲悪いって言ってたけど――」
「例えばある地域がモンスターの被害に苦しんでて討伐クエストを出したりする。そういう時、冒険者を派遣しようとするのだが、ギルドが派遣する冒険者の前に、滅竜士が勝手に行って大掛かりな討伐を行ったりするんだ。しかし討伐の後に、莫大な必要経費と報酬を一方的に要求したりするんで、滅竜士は一部からは非常に嫌われてる。しかし実力は本物なので、恐ろしくて文句も言えないところが大半なんだ」
なんだ――そういう連中なのか。どうも性格的に合わない処だな。
「滅竜士は非常に強いことが知られてるので、国の軍や警備隊なども取り締まりをしり込みする連中だ。あの連中に狙われる、というのは大変なことだ」
僕はプリシアを見た。プリシアは暗い顔をしている。
ネフィーラもそれを見て、少し元気よく言った。
「というわけで、プリシア、これをつけなさい」
そう言ってネフィーラは、緑色の結晶が嵌まったブローチを差し出した。
「これは……?」
「竜の気配を消す魔法のブローチだ。どうも、あの連中は滅竜士の紋章の効果で、竜を気配で感じるらしいからな。それを着けておけば、とりあえずいきなりバレることはないだろう」
「ありがとう、ネフィーラ」
プリシアが嬉しそうに、ブローチを受け取った。
「あの……僕は? 僕も竜核を持ってるから気配があるんじゃ」
「お前は、弱体化ベルトを着けてろ。あれが竜の気配も消す効果になる」
「なるほど」
僕は納得した。と、ネフィーラが寂しそうに笑う。
「じゃあ、ここまでだ。――と言っても、滅竜士の呪いに関して調べたら、私もお前たちの後を追う。いずれ合流しよう」
「うん」
僕が頷くと、いきなりネフィーラが僕を正面から抱きしめた。
――む、胸の柔らかい感触に挟まれてるんだけど!
「クィード、可愛い甥っ子に会えてよかった。そしてお前は、今や私の弟子だ。いいか、必ず元気に生き抜くんだぞ」
「……うん」
僕は、ネフィーラの胸の中で頷いた。
と、今度はネフィーラはプリシアを抱きしめた。
「ひゃあっ! あ、あの――」
「お前もだ、プリシア。お前も可愛い、私の弟子だ。竜の姫様には大変なことが待ち受けてるかもしれないが――お前の傍にはクィードがいる。全部の人間が竜の敵じゃない。それだけは……忘れないでくれ」
ネフィーラはそう言うと、プリシアを抱きしめた。
「はい……ありがとうございます…」
「うん」
ネフィーラは笑顔でプリシアから離れると、力強く頷いた。
「それじゃあ、二人とも元気でな!」
「うん。ありがとう、ネフィーラ!」
ネフィーラはそう言うと、手を振りながら歩き去っていった。
見えなくなるまでネフィーラを見送ると、僕はプリシアを見た。
「僕らも――行こうか」
「はい!」
そして僕らは、二人の道を歩き始めた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
――竜滅献身攻団イーストリア支部。
そこに攻魔四元将の四人が揃っていた。
『風雅の』ディラン、『炎爆の』バルガス、『水禍の』シュラ、そして『鋼鉄の』ギルガイン。
この四人は床に片膝をつき、頭を垂れている。
その前には大きな椅子に座る男がいた。
頭髪はないが、灰色の長い顎鬚を持つその壮年の男は、ゼーレ司教。
ゼーレ司教はひじ掛けに肘をついて、拳に顎を乗せた傾いた姿勢で口を開いた。
「それで……竜がいたというのに、四人揃ってやられて――おめおめと帰ってきたというわけか?」
ビクリ、と四人の身体が震える。
「一匹の竜を逃すことが、この世にどれだけの災いをもたらすか……お前たちには判っておらんようじゃのう」
「申し訳ございません、司教様! 竜は討伐可能だったのですが――邪魔だてをする者がおりまして」
ディランが顔を上げて、そう弁解した。
ゼーレ司教はその顔を睨む。と、ディランは慄いたように、また顔を伏せた。
「邪魔だて――? 何者じゃ」
「ハッ――クィード・ロランという……子供にございます」
ゼーレ司教は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ハン、その子供に四人ともやられてきたのか? ……いや、シュラ。そなたはほぼ無傷であったな。何故、戦わなんだ?」
「は……ボクの力では叶わぬと判断し、倒れた三人を助けるために戦闘を回避しました」
うつむいたまま青い髪のシュラは、そう答える。
と、ゼーレ司教が口を開いた。
「そのような事で、お前の汚名、その恥辱がそそげると思うのか?」
「……いいえ。申し訳ございません」
うつむいたまま、シュラは眼鏡の奥の眼を伏せる。
と、ディランが再び声をあげた。
「司教様、どうかもう一度我らにチャンスを!」
「どうしたものか……」
ゼーレ司教が顎に手をあてる。と、その部屋の片隅に、不意に人影が現れた。
「黒仮面卿――そなたはどう思う?」




