第六話 悪の存在 1 ギルガインの過去
既に目の前で『炎爆の』バルガスと『風雅の』ディランを倒したというのに、『鋼鉄の』ギルガインはまだ僕を攻撃しようとしている。
……なんて執念だ。何処から、そんな執念が出てくるんだろう?
「ウオォォォラァァッ!」
ノコギリ剣を真っすぐ振って来るギルガインには、鬼気迫るものがあった。
僕はそれを躱しながら、気流を作る。
「大旋気!」
両手で大きな渦を作り、把気でギルガインの攻撃を受け流す。
ギルガインは前に流されるが、無理矢理踏ん張って踏みとどまり、後ろを振り返るように横から斬りつけてきた。
僕はギルガインのさらに後方に廻りこむように動き、その横斬りを躱す。
僕を追って一回転近くしようとするギルガインの腕に、そっと触れた。
その腕を止めるのではなく、むしろ動きたい方向に促してやると同時に、首に触れた左手でギルガインを少しずつ崩す。
「く――」
剣を振りながら、ギルガインの焦る顔がすぐ傍に見える。
僕は首元を少し押してやり、ギルガインを前に投げ出した。
まだ右手首を掴まれたままで、ギルガインはダンスの相手のように回転して僕の方を向く。
「貴様――」
「旋気侵撃破!」
左手に気流を集めながら、バルガスに喰らわせた当身をギルガインにも撃ちこむ。が――僕の拳が硬いものに触れていた。
「なに…?」
「貴様に脇腹をやられた後――俺は部分的に鋼鉄化することを覚えたのさ!」
見ると、ギルガインの体表に鋼鉄のウロコのようなものが現れている。
これが僕の打撃を止めていた。
「放しやがれ!」
掴まれていない左手を僕に向けて、鋼鉄の礫を発射してきた。
「む――」
僕はとっさに翼盾を展開して守る。と、その翼盾に向かって、重い衝撃が乗ってきた。ノコギリ剣が唸りをあげている。
「今度は斬り割ってやるぜ!」
「どうして、そこまでするんだ! プリシアは何もしてない、いい竜だって言っただろう!」
「いい竜とかいねぇって言ったよな! しいて言えば――竜であること自体が悪なんだよ!」
ギルガインは力任せにノコギリ剣を押し込んでくる。
純粋な力勝負なら負けはしない。けど、柔術の戦い方はそうじゃない。
僕はふっと力を抜いて、ギルガインを躱して円転した。
力を込めていたギルガインが、前に崩れる。
そこを機に、僕はギルガインの前へ足を出しながら、ギルガインの腕を下から押し出す。ギルガインが、前に転倒した。
「くっ――」
すぐに立ち上がろうとするギルガインの右手首を捉える。
気流の渦を作り、その腕を持ったまま円転しながら後方に投げた。
「ぐっ!」
自分から跳ね上がったように宙を舞い、ギルガインが後方に落ちる。
僕はまだ手を放さず、さらに二回地面に投げつけた。
これは最初に、ネフィーラがギルガインにやった技だ。僕にもできるようになっていた。
「この野郎!」
ギルガインは左手でノコギリ剣を持つと、横に振ってきた。
僕はギルガインの手を放して間合いをとる。
「やりやがったな……貴様も叩きのめしてやる――」
歯噛みしながら、ギルガインが呟く。――僕は口を開いた。
「髪が鈍色の奴はバカばかりだ!」
「……なに?」
「髪が鈍色の奴は生まれつき頭が弱くて粗暴で、人の言う事を理解できない。生まれながらにして悪党で、社会のゴミだ! 髪が鈍色の奴は、その存在自体が悪で、殺すしか手がない!」
僕はそうギルガインに言ってやった。ギルガインが心から怒ったように、歯を剥き出しにする。
「てめぇっ! 俺に喧嘩売ってんのか!」
「そうだ! これが君の言ってる理屈だ! 髪が鈍色だというだけで存在が悪だとか、殺すしかないとか言われたら――どういう気持ちだ!」
僕はギルガインに怒鳴ってやった。
ギルガインが憤怒の表情を露わにする。
「てめぇ……竜であることを、髪の色を同次元に語るだと――」
「この子は何もしてない、いい竜だ! 竜であるというだけで殺されるなんて、理不尽だと思わないのか!?」
僕はギルガインに言った。ギルガインの顔色が、少しだけ変わる。
その様子を見ている青い髪の眼鏡――シュラの方も見てみた。
シュラは……明らかに狼狽したような表情が浮かんでいる。
「うるせぇな……ごちゃごちゃ理屈こねてんじゃねえ――。あの竜が何もしてないなんて、お前が本当に知ってるのか? お前に会う前に人を食い殺して、お前を騙してるかもしれないんだぞ! てめぇは、あの娘の姿にほだされてるだけだ。どうした? 裸になって迫られたりしたんじゃねえのか!?」
ぐ……と、喉に詰まった。覚えがないわけじゃない。
けど、プリシアは僕を騙したりなんかしてない。――はずだ。
「クィード……わたし――騙したりなんか……」
「竜は黙ってろ!」
プリシアの言葉を、ギルガインが遮る。ギルガインはさらに言った。
「なんだ、図星か。竜の中にも悪知恵が働くのがいるみたいだな。見た目で近づいて、人を騙す。……お前もそうなんだ。竜は悪だ、いい加減に目を覚ませ!」
ギルガインが諭すように僕に言った。
僕はプリシアを見る。プリシアは、大きく目を見開いて僕を見つめていた。
……いや――
「プリシアは……僕を騙したりしてない」
「クィード――!」
出会った時のことを想い出して――思わず笑みが洩れた。
「……最初は敵意剥き出しで、むしろ人間を信用してなかった。けど、それが変わったのは、プリシアの方だ。それに、君たちが何を言おうと、僕は父さんから『竜はいい存在だ』って聞いてるし、この翼盾も遺してくれてる。竜は人を騙すとしても、父さんは僕を騙さない」
僕はギルガインに言った。
「それに――プリシアは、街に出た時に一緒に騙されてくれた。人を騙すのは人の方だ。竜じゃない」
僕はギルガインの眼を見て言った。
「多分、騙されてるのは君たちの方だ。竜の存在が悪だと教え込まれてる」
「――うるせぇっ!」
ギルガインが僕の言葉を遮るように声をあげた。
うつむいて、その肩を震わせている。
「俺が騙されてるだと……ふざけるな――」
ギルガインは顔を上げると、僕に怒鳴った。
「俺の親は、14年前に俺の眼の前で竜に殺された! それがたった一つの真実だ! 俺にとってそれは、絶対に動かせない証だ! お前が何を言おうが……竜が悪であることは絶対だ!」
「人に悪人がいるように、竜に悪竜がいるんだろう……。君は人殺しがいるからと言って、人類全体を人殺しに考えるようなことをしてる」
僕はそう言ってギルガインを見た。
ギルガインも僕を凝視している。――が、やがて口を開いた。
「どうやら、お前とは話が合わないようだな……。理屈はもういい。判りやすく――これで決着をつけてやるぜ」
ギルガインはノコギリ剣を構えると、その刃を唸らせた。
「判らず屋め……」
「生き残った奴が真実を語る――それでいいだろう!」
ギルガインがノコギリ剣を掲げた。
と、ギルガインの頭上に、大きな金属片が幾つも現れる。
「鋼礫の爆落!」
一斉に無数とも思える巨大な金属片が、僕に襲いかかった。
翼盾を展開? ――いや、ここは……
「気流渦――無限の型!」
僕は∞の形に気流渦を展開した。




