2 風呂場にて
風呂場の扉が開くと、全裸のプリシアが入って来る。
えっ? えぇっっ!?
「ちょ、ちょっとプリシア! な、なんで入って来るの!?」
「だって……一緒に入りたかったんですもの」
ちょっと悪戯っぽくプリシアが笑う。それはいいけど――その…裸身が!
僕は慌てて眼を逸らしながら、声をあげた。
「だから、そういう事はしないんだって!」
「けど……竜同士では、仲のいいものは一緒に水浴びしたりしますわ」
そんな事をいいながら、プリシアが湯船に入って来る。
竜の水浴び感覚なの? いや、もうなんだかよく判らないけど!
「ふぅ……いい気持ち。ちょっと狭いですけど」
向かい合わせに湯船に座ったプリシアが、僕を見て微笑む。
けどその下には、白く綺麗な肌の豊かな胸が、水面ぎりぎりに沈んでいる。
僕は――何処を見たらいいんだ!?
「クィード……この二ヶ月間、わたしとっても楽しかったですわ。ネフィーラに修行してもらって、三人で楽しく暮らす――これがずっと続けば…なんて思ったくらいですの」
「それは――僕もそうだよ」
不意に真面目なトーンのプリシアの声に、僕は我に返った。
多分、旅立ちに不安を感じてるんだ。これから――何が起こるか判らないから。
お父さんの光龍王だって、どういう状態なのかも判らないし。
「ね……傍にいってもいいですか」
「う…うん」
僕が頷くと、プリシアは湯船の中を僕に寄りそうにように動いてきた。
僕の胸に顔を寄せるように、身体をくっつけてくる。
柔らかなプリシアの肌が、僕の身体にあちこち触れた。
「クィードがいなかったら……わたし、どうなってたか判りませんわ。クィードがいて――本当によかった……」
僕の胸元で、プリシアがそう囁く。
「僕だって、修行中もプリシアがいなかったら、逃げ出してかもしれないよ。プリシアがいて、本当によかった」
「まあ! そんな事言って、模擬戦ではいつもわたしに勝ってたじゃないですか」
「そりゃあ……プリシアを守るために強くなろうとしてるのに――そのプリシアに負けてちゃあ格好つかないでしょ?」
「うふふ……」
プリシアが嬉しそうに微笑むと、ぎゅーっと抱き着いてきた。
その柔らかい胸や足の感触が、僕に直に触れる。あわわわ!
「頼りにしてます……クィード」
「うん。きっと光龍王を見つけて――竜と人間との間にある誤解を、解いてみせるよ」
僕はそう言った。そんな大きなこと言っていいのかどうか判らないけど――
けど、それが僕の本当の気持ちだ。理由もなく竜が殺される世の中なんて、絶対に間違ってる。
――と、プリシアが僕の胸を見ながら口を開いた。
「クィード、傷がすっかり治ってよかったですわ」
「ああ、ギルガインにつけられた傷ね。けど、綺麗になるのに一ヶ月くらいかかったな……」
もちろん、通常の傷なら治癒魔法を使えばこんなに時間がかかることはない。けど、僕が竜核を得て、滅竜士につけられた傷だからこんなに時間がかかったんだろう。
それでも傷は治った。――けど、プリシアの傷は治らない。
これは……よっぽど強い呪いなんだ。やっぱり解呪の方法を見つけないと……
「クィード、どうしたのですか?」
僕の身体にぴったりとくっついたプリシアが、上目づかいで僕を見る。
「え……いや…あ、そういえば、プリシアはずっと人間の姿だけど――それって大変じゃないの?」
「大変じゃありませんよ。だって、わたしたちは冬の間は、ずっとこうですから」
「え? 冬の間は人間態ってこと?」
僕は驚いて訊いた。プリシアは微笑む。
「ええ。竜の姿は力も行動力もありますが、やっぱりエネルギーの消費が激しいので、それだけ捕食をしないといけません。けど冬は餌になる生き物が減るので、低コストで済む人間態で冬を凌ぐのです。だから私たちは人間態で過ごすことを、『冬態』と呼んでます」
「そうなんだあ」
知らなかった。――というか、竜と人間が、驚くほど近い存在だという事にならないだろうか。
「冬の期間を過ごす里は、冬里と呼ばれてます。通常、人間には判りづらい山奥などにありますが。そこでの暮らしをよりよくするため、人間の街に出掛けて買い物をしたりもするそうです」
「そうなのかあ……じゃあ、知らないうちに街で竜とすれ違ったりしてるかもしれないんだね」
僕がそう言うと、プリシアは僕にそっと寄り添ってきた。
柔らかな大腿の感触が、僕の足に絡む。そして胸の弾力が、僕の身体に当たって弾んでいた。
「クィード……わたし――ずっと人間に憧れてました……。けどいきなり冬里を襲われて、傷つけられました。もう人間のことを嫌いになるかと思ったんですけど――」
そう言って、プリシアは潤んだ瞳で僕を見つめる。
「けど、クィードは……わたしが憧れていた優しい人間そのものでした。わたし――人間を嫌いにならなくてよかった……」
「僕はそんな大したもんじゃないと思うけど。村の皆も、ネフィーラも、優しい人たちばかりだったでしょ?」
「そうですね」
プリシアは嬉しそうに微笑む。その姿は凄く可愛いけど――ちょっともう、僕が限界かも!
「……それはいいんだけど――プリシア、僕ちょっとのぼせてきちゃった…」
もう、身体も頭もあっつっつだ。プリシアは、ちょっと笑った。
その日の晩は、ネフィーラが夕食を御馳走してくれた。
ネフィーラがお酒を飲みながら、軽口をたたく。
「まあ、毎晩お前たちのアノ声を聴かなくて済むと思うと、ホッと一安心だがな」
「え~っ! あれは不可抗力なんだよ?」
プリシアはちょっと恥ずかしそうに赤くなってる。まあ、確かに毎晩、治癒するたびに喘ぎ声をあげてたのは間違いないのだけど。
ネフィーラは笑ってみせた。
「まあ、それは冗談だがな。一緒に過ごした二ヶ月は本当に楽しかったよ。ありがとう」
「そんな、こっちこそお世話になって、稽古もつけてもらって――感謝してもしきれないくらいだよ」
「そうですわ。本当に、ありがとうございました」
僕とプリシアは揃って頭を下げた。ネフィーラが頷く。
「それでだな、私が知ってるのは、隣国のサウスリアに、お前の両親と元仲間だった人物がいる、という話だ」
「仲間ってことは――光龍騎士の一人、ってことですよね」
「うん。その名前はシュート・クローネ。魔導士だった人物だ。その人物は、龍王具の一つを持ってるはずだ」
ネフィーラの言葉に、僕は思わず気が引き締まる思いがした。
山奥の村からすら出た事なかった僕が――この国イーストリア王国を出て、隣国のサウスリアまで行かなければいけない。
「フフ……緊張してるか?」
「そりゃあ、緊張するよ。村から出たことすらなかったんだから」
僕がそう言うと、プリシアが口を開いた。
「あの……ネフィーラはついて来てくださらないんですの?」
「私は別にやることがある。いずれお前たちと合流するかもしれんが――まあ、二人だけで冒険してみることだ。生き抜く力をつけろ」
ネフィーラの言葉に、僕とプリシアは眼を合わせて頷いた。
翌朝、馬車に乗って僕らは出かける。街を外れるとすっかり原野になるが、そこをしばらくネフィーラが操る馬車が走る。
「もう、そろそろ国境付近だ。準備を――」
馭者席からネフィーラの声がした――その瞬間だった。
何かが、馬車の幌を突き破って侵入してくる。
いや、一発や二発じゃない! 大量の弾丸が幌を突き破って襲ってきている。
「きゃあっ!」
プリシアが悲鳴をあげた。弾丸がプリシアの肩を撃ち抜いている!
「プリシア!」
僕は左腕の翼盾を展開した。光の盾に、ガンガンと弾丸が当たる。
……いや、弾丸じゃない! 鋼鉄の礫だ!
そう思う間もなく、幌に火が付き燃え始める。
「プリシア、脱出するんだ!」
「はい!」
荷馬車から出た僕らは――さらに鋼鉄の礫と火炎弾に襲われた。
「これは……既に囲まれてる!? ――ネフィーラぁっ!!」




