4 気流柔術
ネフィーラの掌から伸びた白い光が、僕の腕を――確かに掴んでる感触がする。
「掴まれてる感触がするだろう? 把気とはこういうものだ。ここから引き寄せたり――」
掴まれた腕から、ぐーっと前に引っ張られる。
「突き放したり――」
その腕を今度は押し込まれる。
「把気を使うと、相手と自分が離れていてもそういう風に『触れる』ことができる。つまり武器を持っていないが、間合いはそれと変わらない――ということだ」
「なるほど……それで『剣をもたない剣術』なんですね。この『把気』で相手を掴んで投げるんですか?」
ネフィーラは首を振る。え? 違うの!?
「相手を力ずくで無理矢理投げようとしても、相手に抵抗されて中々投げることはできない。クィード、抵抗してみろ」
そう言うと、僕の腕を捉えた把気が、ぐっと僕を引っ張った。僕は頑張って踏ん張る。
「そう。力の所在が判ると、人間はそれに反応して対抗するんだ。だから基本的には、相手の力を利用して相手を崩す。今、お前は引く力に対抗してるから、逆に押してやる」
そう言うと、いきなり引いてた力が押す力に変わる。僕は後ろに押されて、尻もちをついた。
「そうそう。そうやって投げられたり、転んだ時に怪我をしないようにする『受け身』の練習も必要だ。後ろに倒れる時は尻から落ち、後頭部を打たないように背中を丸める。投げられた時は脊髄を損傷しないように、斜めに前転をするんだ」
……なんか、覚えることが多そう。
ちょっと不安になった僕に、ネフィーラは言った。
「これらの事は体術を覚えて身につける。本来は体術を覚えて、気力で応用するように成長するんだが、お前には時間がない。午前に体術をやり、午後に気力の強化を行う」
「はい!」
どんなに大変でも――必ず身につけてみせる。そう、僕は決意した。
「うん。いい返事だ。そして体術や気流の極意を教えてやろう」
「え? いきなり、極意なんですか?」
僕が驚いて聴くと、ネフィーラは微笑してみせた。
「極意というのは往々にして、基本なんだよ。まあ、それは成長するうちに判るだろうが――気流柔術の極意、それは『円転』だ」
「円転?」
丸く動く――って事だよね?
「私を殴ってみろ。本気で当てに来い」
ネフィーラがそう言って、ちょいちょい、と自分の顎を指さす。
本気で? ……けど、本気でって言ってるんだ。本気でいかないと失礼になるし、訓練にならない!
そう思った僕は、本気でネフィーラを殴りに行った。拳が当たる!
と、思った瞬間、突然、眼の前からネフィーラの姿が消えた。
「え――?」
そう思ったら空を切った拳と同時に、僕の身体は前へつんのめる。
と、前へ出た僕の身体が横向きに流れて、ぐるりと回り込む。
「あ、わわわ……」
「これが横回転」
いつの間にか僕の背後に廻ったネフィーラが、拳を出した僕の腕と、後頭部をとって回していたのだ、
「えぇ? ええーっ??」
「もう一回打って来てみろ。今のはまだお前の本気じゃない。本気で当てに来い」
「わ、判った!」
今のだって充分、本気だったけど――
今度はもっと本気!
「ダァッ!」
拳を振り上げると、思い切って殴りかかる。と、またネフィーラの姿が消えた。
今度は殴りかかった僕の腕が、下に落とされる。
「わっ、わあぁぁっっ!」
そのまま止まり切れずに、僕の身体は宙を舞った。一回転して、僕は背中から地面に落ちる。
と、既にしゃがみこんでいたネフィーラが、僕を覗き込んで微笑した。
「これが縦回転だ」
「な――なるほど……あ!」
突然、僕は判った。
「今の技――あのギルガインを投げた気流の技と同じなんじゃ?」
「よく気が付いたな。あの時は気流を使ったが、相手が剣を斬り下ろしてくる力を捉え、縦回転で投げた。体術の応用が、気流柔術だ」
そう言いながら、ネフィーラが僕に手を差し出す。僕がその手を握ると、ネフィーラが僕をひっぱりあげてくれた。
……凄く細い腕で、柔らかい手だ。あの手で――あんな風に投げられたのか?
「投げられる時、私の力を感じたか?」
「…ううん」
僕は首を振った。ネフィーラが微笑む。
「柔術は相手の勢いを利用して投げるが、こちらの力の出力を悟らせないことが重要だ。把気を使っても、自分の手を使っても、相手を無理やりに投げるのではない。相手にはそっと触れ――」
そう言いながら、ネフィーラは僕の腕を優しくとり、手首と肘にそっと触れた。
「腕の力でなく、身体の移動で崩す」
「わ――」
すっとネフィーラが身をかがめた瞬間、僕の身体が後ろに崩されて、僕は尻もちをついた。
――理解の外だ。僕は呆気にとられて、ネフィーラを見る。
「私の力の出処が判らないから、崩されてしまう。これが原理だ」
「こ、これを……僕が学ぶんですか?」
「そうだ。気流柔術の三十三の型があり、これを会得することで原理を理解し、動きを身に着ける」
ネフィーラはそう言って僕を見つめた。
僕は立ち上がりながら、頷く。
「よろしくお願いします!」
「うん」
ネフィーラは腰に片手をあてて頷いた。
――こうして、僕らの修行期間が始まった。
朝はランニングに薪割り、素振り。午前は柔術の型稽古、午後は気力の使い方と、柔術の型の応用形、実戦的な練習。
ネフィーラは僕に教えると、一人稽古用の指示を出してプリシアのほうを教えに行く。しばらくするとまた戻って来る。そんな風にして二人いっぺんに稽古をみてくれていた。
朝早くに起きて、毎日クタクタになっていたが、次第に身体は慣れてきた。
むしろ学ぶことが多く、身体よりも頭の方がパンクしそうだ。
稽古でクタクタになった身体を癒すのが、毎日の風呂だった。
プリシアには風呂に入る習慣がなかったらしく、最初は少し恐がっていた。
「あの……お湯に入るんですの?」
「うん。凄く気持ちいいよ。竜はお風呂、入らないの?」
「水浴びはしますけど――けど、気持ちがいいってクィードが言うなら……」
僕は外で薪をくべながら、風呂に入ってるプリシアに声をかけた。
「熱すぎない? 大丈夫?」
「大丈夫です。……とっても気持ちいい……」
お風呂場から、プリシアのとろけたような声が聞こえてきた。
と、突然、風呂場の窓が開いて、プリシアが顔を出す。胸まで――ギリギリだ。
「わ、わわ! プリシア、どうしたの?」
「ね、今度、クィードも一緒に入りませんか? とっても気持ちがいいんんですもの」
「あのね! え~と、結婚してない二人は、そういうことはしないんだ」
僕は狼狽してそう答えると、プリシアはちょっと拗ねた顔をした。
ネフィーラは食事も作ってくれていたが、僕は前にプリシアから『クィードの料理が食べたい』と言われたのを想い出し、夕食を作ってみた。
「美味いな、クィード! お前、料理できるんだな」
「じゃあ、夕食はこれから僕が作るよ」
「こりゃあいいなあ、人から作ってもらう料理がこんなに美味いとは!」
ネフィーラはご機嫌でそう笑った。プリシアも凄く嬉しそうだったので、料理は僕にとって気晴らしになって凄く良かった。
買い物はネフィーラだけが出て行って、僕らは小屋に閉じこもりきりの生活だったけど、稽古三昧の三人暮らしはなんだかんだで楽しく過ぎていった。
――そして二ヶ月が過ぎた。
僕とプリシアは、対峙して立っている。ネフィーラが声をあげた。
「それじゃあ、二人の模擬戦を行う。――始め!」




