3 ネフィーラの戦闘訓練
薄着になったプリシアを見て、ネフィーラは顔を手で覆った。
「そりゃ、寝衣だろ。……というか、服を自在に変えられるのか?」
「あ、これは竜能の一つで擬態です。けど――あまり服装のバリエーションが、わたしのなかにありません」
「仕方ないな――ちょっと、ついてこい。クィード、お前はこの庭をまず十周ほど走ってろ」
「あ、はい!」
僕は言われた通りに広い庭を走り出す。庭というより、なんか牧場みたいな広さだ。
……というか、走る脚が重たい。竜の力を得て、山越えをラクラクしたのと同じ脚に思えない。全然、速く走れない感じだ。
しばらくすると、プリシアが出てきた。長かった金髪をまとめている。
ゆったりとしたトレーナーと、厚めの生地のキュロットパンツだ。
多分、ネフィーラの服なんだろうけど……何着ても可愛いな、プリシアは。
そんなこと思って、ネフィーラの処に戻る。
「物凄く足が重たい――です」
「それでいい。今度はプリシアも一緒に走るんだ。プリシアも動きを強化する必要がある。それとクィードは、走りながら気力を高めろ。できるなら、気力を脚に向けて、気力で脚力を上げる工夫をしながら走れ。はい、二十周!」
「ひぇ~っ!」
僕らはネフィーラに追い立てられて、広大な野原を走り始めた。
隣に並んで走るプリシアが、僕に訊いてきた。
「クィード、そのベルト重たいの?」
「ベルトが重いんじゃなくて、力が弱くなってる感じ。山仕事で山道を走りまわってたから、脚力には自信あったのに…それもマイナスになってる感じ?」
僕がそう答えると、何故かプリシアが楽しそうに微笑む。
「どうしたの?」
「うふふ……なんかクィードと一緒に走ってる――って思ったら嬉しくなっちゃった」
そう言って微笑むプリシアを見る。
なんか……髪をまとめたプリシアの姿が新鮮で――凄く可愛い。
「コラーッ! イチャついてないで、真剣に走れーっ!」
「はいーっ!」
ネフィーラの怒鳴り声に、僕らは慌ててスピードアップした。
ランニングが終わると、ネフィーラが僕に言った。
「よし、クィードは向うで薪割りだ。できるな?」
「あ、それなら山でよくやってたんで」
「気力を使って、薪割りをする意識でやるんだ。――で、プリシアは光竜の力をもっと自在に使う訓練が必要だ」
ネフィーラの言葉に、少し汗ばんだ後のプリシアは首を傾げた。
「光竜の力――竜閃光や電撃ですよね?」
「竜の六属性は、人間の魔法に似てると言われてる。すなわち、光・影・火・水・土・風のそれぞれが、光魔法や風魔法に類するという話だ。光魔法には多彩な使い方があって、私が知ってるだけでも様々な形がある」
ネフィーラはそう言って、指を立てた。
「光線、電撃――それに加えて、発光、光弾、光剣、光槍、光鞭、光壁。高度な光魔法には、光を屈折させて自身の姿を見えなくする透明化――なんて魔法もあると聞いたぞ」
「そう……なんですか――」
プリシアは驚いている。
「私は魔法の専門家じゃないからそこの指導はできないが、自身の力をもっと自在に使う練習を自分ですれば、プリシアの戦闘力は増強されるだろう。元が竜だから相当に強いのに加え、多様な状況に適応する力が得られることになる」
「はい、判りました!」
元気なプリシアの返事に、ネフィーラは笑った。
「よし。じゃあ、クィードがあそこの山の薪をみんな割ったら、朝食だ。――フフ……薪割りが面倒であまり風呂を炊かなかったが、今日からは毎日、風呂に入れそうだな」
あ~、僕のことをちゃっかり労働力にするつもりだ! まあ、いいけど。
薪割りを終えて家にプリシアと戻ると、朝食が待っていた。
「朝練を終えた後の朝御飯――美味しいです!」
「まあ、お前たちは育ち盛りだからな。沢山食べろよ。……あ、いや、竜は年齢は見た目とは違うのか?」
ふと思いついたように、ネフィーラがそう口にする。
そうか。プリシアの年齢なんて、考えたこともなかった。
……どうしよう、実は400歳だとか言われたら――
「あ、人間とあまり変わらないですよ。竜の寿命は大体100年くらいなんで、ほぼ人間と一緒です。私は17歳」
「そ……そうなんだ。僕と同い年か――」
ホッとした。そっかぁ同い年かあ……
「あ、けどお父様は龍王なんで、300年くらい生きてますけどね」
「ぶっ!」
僕はびっくりしたが、ネフィーラは興味深そうに聞いている。
「龍王にも寿命があるのか? じゃあ、龍王というのは継承していくものなのか?」
「はい。龍王核を引き継いだ竜が、次の龍王になります。順当にいけば、わたしが引き継ぐことになるんですが――」
え? プリシア、龍王になるの!?
僕が驚いてると、プリシアがちらりと僕を見る。
「お母様が言うには……気に入った方を龍王にして、その伴侶となれば龍王妃核を得てともに長く暮らせると……」
そ…そうなんだ――
「―――その御方は人間でもかまわない、とも……」
プリシアが赤くなったまま、僕をちらと見て目を伏せる。
え? えぇ……いや、その――えぇ?
「フフ……まあ、それはまだ先の話だ。何より、お前たち自身が生き延びなければ未来もない。幸せな未来のためにも、もっと強くなれ」
「はい! わたし、頑張ります!」
なんか知らないけど、プリシアは凄くやる気だ。そんなこんなで――
朝食後の訓練が始まった。
ネフィーラは僕らに木刀を持たせた。ちょっと重ための木刀だ。
「まず木刀の素振りからやる」
「あの~……柔術って、無手武術なんですよね? どうして木刀の素振りを?」
僕が訊くと、ネフィーラ笑みを浮かべた。
「柔術は確かに無手で戦うが、その基本は剣術にある」
「え? 剣術?」
「そうだ。つまり柔術とは、『剣を持たぬ剣術』なのだ。だから身体の使い方をまず剣術の基本を身に着けることで学ぶ。プリシアは光剣などの、光を形作る戦い方において、まず剣を身に着けることが早道になるだろう。―――というわけで、まず素振りを百本。ちなみに左右両方とも使えるようになった方が有利だ。五十本終わったら、左右を交代しろ」
僕とプリシアは素振りを始めた。素振りをしてる最中にも、ネフィーラの指導の声が入る。
「自分の中心線を割るつもりで振れ! 木刀は中心だけを通るイメージで、力を抜いて振るんだ」
左右百本ずつの素振りを終えると、なんか腕も肩もガタガタしてる気がする。
「よし、これから素振りは日課だからな。一日五十本ずつ増やしていくぞ」
「「え~っ!」」
僕とプリシアは同時に悲鳴をあげた。と、ネフィーラが厳しい顔をする。
「いいか……こうしてる間にも、光龍王は弱っていってるかもしれないんだ。お前たちに、しっかりと時間をかけて修行してる暇はない。三年かけてやることを――二ヶ月でお前たちに教える」
僕とプリシアは息を呑んだ。けど……その時、初めて判った。
僕らより、ネフィーラの方が覚悟を決めて指導にあたってるんだ。
――こんな、ありがたい事は…他にない!
「ありがとうございます! ご指導、よろしくお願いします!」
僕は深々と礼をした。隣でプリシアも頭を下げる。
と、ネフィーラは軽く笑ってみせた。
「まあ、そう堅くなるな。修行は厳しくするが、可愛い甥っ子たちと一緒に暮らせるのが楽しみなんだよ。普段は、気楽にしてくれ」
「うん。本当にありがとう、ネフィーラ!」
僕がそう言うと、ネフィーラも笑った。プリシアも嬉しそうに微笑む。
「よし、プリシアは今の素振りを想い出しながら、光剣を作る練習をしてみてくれ。クィード、お前には気流柔術に必要な、気力の使い方を教える」
そう言うと僕らはプリシアから少し離れて、向かいあった。
「通常、剣士などが気力を使う時は、肉体強化、そして武器を通しての威力増加などに気力を使う。しかし気流柔術に一番重要な気力の使い方は、『把気』だ」
「はき?」
ネフィーラは、ふっと笑うと少し僕から離れた。
「把気とは、こういうものだ」
ネフィーラが掌を向ける。と、そこから白い光が伸び――僕の腕を掴んだ!




