3 シャロンとのダンス
パンがない、というミシュレイの言葉を聴いて改めてテーブルの上を見てみると――確かにパンがない。
「ほんとだ、パンがない」
と、僕が呟くと、含んだ笑顔を見せていたラプンシェルが口を開いた。
「我らは森の民。森からの恩恵で命をつないでおる。だから基本は狩猟と採集じゃ。獣は狩るだけで、家畜のような真似をせぬ。そして耕作もほとんどせぬ。僅かな野菜を作るだけで、広範囲な土地を耕作する穀類の栽培はせぬのじゃ」
僕は少し疑問に思って、ラプンシェルに訊いた。
「それは……敢えてしないんですか?」
「うむ。そうじゃ」
ラプンシェルは頷く。
「穀類は保存に向いておる。穀類を保存することで、人間は食料を大量に所持することが可能になった。しかしそれは『財』というものの始まりでもあった。財というものが生まれ、人の間には持つ者と持たぬ者の差が生まれるようになった。そしてそれは支配するものととされる者を生み、大きな集落――国を形成する。そして国は、より多くの財を求めて争いをするようになった」
ラプンシェルの言葉を、僕らは真剣な面持ちで聴いた。
「狩猟の方が一見暴力的に見えるかもしれぬが、実は農耕こそ大きな戦争を生むきっかけとなったものじゃ。我ら森の民は争いを避けるために、農耕をせぬ。幸い、森の恵みは多く、我らは飢えることはない。それが我ら――森の民の生き方なのじゃ」
ラプンシェルはそう言うと、誇らしげな微笑を浮かべた。
そうか……と思う。そんな遠大な話になっていいのか判らないが、エルフの人たちは自分たちの生き方に誇りを持ってることだけは、よく判った。
「――よく判らないけど、パンも美味しいんだぞ?」
突如、ライラがそう言って、僕は思わず噴き出した。
周りにいたミシュレイやラプンシェルも苦笑している。
「それに……争いがないのはいい事だと思うけど――剣術もそれだと育たないんだぞ?」
「そうだな……我らの武技は、基本は狩りを前提にしたもので、対人を前提にしたものではない」
その場にいたシャロンが、そう口を開いた。
シャロンは――金髪を上の方で結い上げて、青いドレスを身にまとっている。
その姿は、戦士風の格好で現れた時より、さらに一層美しさを際立たせていた。
「そう言えば――皆さんが力を合わせて、一人に連動する技を使ってましたね。あれには驚きました」
僕はそう口を開いた。シャロンはそれに答える。
「あれは我らの霊力を、一人に集中させるための『霊力支援陣』だ。一人一人の力では及ばずとも、力を合わせることでより強大な獲物を狩るための技だ」
「そんなデカい奴がいるのかだぞ?」
ライラが肉を食べながら、疑問を投げかける。
と、シャロンはその方を見ながら答えた。
「今、そなたが食べてるその肉は、森マンモスの肉だ。それは体高が10mに及ぶものもいる」
「えっ! これマンモスの肉なのかだぞ! ……ふ~む、パンがなくても、あたしは結構、満足できるメニューだぞ!」
ライラはそう言うと、にぃと笑った。その時、不意にプリシアが声を出した。
「そこには同感ですわ。とにかく、肉料理が絶品で素晴らしいですの」
「二人とも、肉好きだからなぁ」
そんな事を言って、僕らは笑い合った。
――と、不意に音楽が流れ出す。見ると楽団がいて、様々な楽器を演奏していた。
「ダンスの時間だな。シャロン、踊ってみせてくれ」
「では……」
シャロンは席を立つと、すっと広場の中央にまで進んでいった。
「シャロン様だ!」「シャロン様のダンスが見られるわ!」
周りのエルフたちから期待の声が上がる。
その中で、シャロンは美しいダンスを始めた。
優雅に舞い、軽やかなステップを踏む。と思いきや、切なく激しい動きを見せる時もあり、またその指の仕草、切ない表情まで――そのダンスの美しさに、僕も含めて会場が釘付けになった。
シャロンの舞いが終わり頭を下げると、会場からどっと拍手が沸く。
席に戻てきたシャロンに、僕は言った。
「とても綺麗でした! いいものを見せていただき、ありがとうございます!」
「いや……うむ……」
なんだか判らないが、シャロンは少しテレたように頷いた。
それからは自由時間で、森の民もきままに踊り出す。
ライラも席を立って、ミリオとダンスを始めていた。
ミリオに振りを教わりながら、ライラが楽しそうに笑っている。
「ほんとに天真爛漫だな、ライラは」
ミシュレイが感心したように口にした。僕はそれに続ける。
「あれが、ライラのいいところだね」
「確かに……素直で邪気がない――。羨ましく思う時があるよ…本人には内緒だがね」
ミシュレイが苦笑するのを見て、僕は微笑んだ。
と、不意に僕の傍にシャロンが立っていた。
「クィード……その…踊ってみないか?」
「え? 僕、できるかなぁ?」
「大丈夫……教えるし、気楽に身体を動かせばいいのだ」
「じゃあ」
僕はそう言うと、シャロンと一緒に広場の方へと移った。
と、賑やかな曲調から、しっとりとした緩やかな曲調へと変わる。
周りを見ると、ペアで手をつないで一緒に舞っていた。
「ああいう感じ?」
「あ、ああ……」
僕もシャロンの手をとると、なんとなく、円を描くようにゆったりとステップを踏んだ。
シャロンはうつむいていたが、不意に目線を上げる。
やはり物凄い美貌で、その美しさに圧倒された。
「クィード……」
「なに?」
「その……出会いの時は――申し訳なかった……そちらの言い分もきかず……一方的に攻撃を仕掛けて……」
シャロンは申し訳なさそうな顔で、そう僕を見つめる。
僕は微笑して答えた。
「ううん。シャロンは里を守る使命があるんだから、当然だと思うよ。全然、気にしてないし……こうやって歓待してもらって、結果的には凄く嬉しい」
「そうか……」
シャロンは少し顔を赤らめて、目線を落とした。
「攻撃した我らのことまで気づかって……優しいのだな、クィードは」
「いや、そもそも戦いに来たんじゃないからね。どうやって、仲良くなろうかと思ってたし」
僕は軽く笑ってみせる。と、シャロンも眼を上げて、微笑んだ。
「クィード……実は頼みがあるのだが――」
「なに?」
僕らは手をつないで、円を描きながら言葉を交わす。
「我に――いや、我々に、そなたの武技を教えてはもらえまいか。その……三日後の襲来の前に」
「いいよ、僕にできる範囲なら」
僕は即答した。シャロンが少し下を向いて――嬉しそうに微笑む。
そんなに武技が学びたいのか。――皆のリーダーっぽいのに、真面目で感心な人だ。
僕がそう感心してると、不意に向うの方が騒がしい。
見ると、ラプンシェルのいる辺りだ。ラプンシェルの周りに人が集まっている。
「姉上――? まさか……神託か、予言が?」
シャロンはそう呟くと、僕に一瞥をくれた後に手を離して、ラプンシェルの元へと走っていった。
僕もその後を追う。席ではラプンシェルが、頭を片手で抑えていた。
「……御神託が降りた――」
頭痛を堪えるような顔で、ラプンシェルはそう口を開く。
シャロンは傍に寄って、ラプンシェルに問いかけた。
「姉上、アメリア様はなんと?」
「――翌朝、早々に客人を神霊山に案内せよ、とのことじゃ」
ラプンシェルはそう言った後に、僕を見る。
僕はラプンシェルに言った。
「けど……三日後には敵襲があるんでしょ? 僕らも此処に留まった方がいいんじゃ?」
僕がそう言うと、ラプンシェルは神妙な顔で首を振った。




