2 水竜アクラム
ゼルバディス教皇の問いに、カラン大司教が焦った顔で振り返る。
「ゼーレ司教、把握しているんだろうな!」
「それが……イーストリアのヘレニードまで来たのは把握しているのですが……その時、飛竜の群れが街を襲うという騒ぎがあり、その際に見失ってしまったとの報告が――」
「なんだとぉっ!」
ゼーレ司教が青ざめた顔で答えると、カラン大司教も青ざめた顔で教皇に向かって平伏した。
「申し訳ございませぬ! ただちに捜索させ、ご報告いたします!」
「――多分、飛竜たちと一緒なんじゃないですかねえ」
その時、部屋の外側から声がして、その場にいた者の視線が一斉に集まった。
扉を開けて入ってきたのは、すらりとした若い男である。
水色の髪を長く伸ばし、長い外套をまとった姿は僧侶風でもある。
しかし男は薄笑いを、その口元とタレ気味の眼元に浮かべていた。
「ディードくんは真面目だから、連中の話をまともに聴いたかもしれないですよ」
水色の長髪男は、小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた。
「……話を聞いたら、どうだというのだ?」
「そんなの、意気投合して滅竜攻団と戦おう! ――って、なるに決まってるでしょ?」
男の軽い口調に、カラン大司教が怒りの声を上げた。
「貴様、何者だ! 教皇様の御前だぞ――言葉を慎め!」
「ボクには言葉を慎む理由なんかないんだよ」
ギロリ、と突然、形相を変え、水色の長髪男が睨む。
と、その瞬間、カラン大司教の顔が突然、水玉に包まれた。
「む――もが……ごぼっ!!?」
顔を包んだ水玉の中で、カラン大司教が口から息を吐き出す。
その口から息が洩れると、カラン大司教は呼吸ができずに苦しみ出した。
「が……ぐ、ぼ――ごばっ、ご……」
手でかきむしっても、その水玉が顔から取れない。
その様子を見兼ねたように、ゼルバディス教皇が口を開いた。
「もうよい! 余の眼前で、殺すつもりか!」
教皇がそう声をあげると、ようやくカラン大司教の顔が自ら開放される。
しかしカラン大司教は、既に意識を失っており床に倒れた。
「大司教様!」
ゼーレ司教がかけつけて、胸を押して水を吐かせる。
しかし水色の髪の男は特に気にした様子もなく、教皇に向かって笑いかけた。
「あれ~、あんなに他人には人殺しを勧めるのに、自分の目の前で人が死ぬのは嫌なのかな?」
「黙らぬか……アクラム」
ゼルバディス教皇が水色の髪の男を睨む。
事態を掴みかねているの二人の枢機卿が、皇帝の方を向いた。
「教皇様――この者は?」
「水竜のアクラムでございます、枢機卿様」
代わりに声を発したのは、黒仮面卿ジャルドーだった。
枢機卿のノルストードとセルネリアが、驚きの眼をアクラムに向ける。
「この者が――水竜?」
「そうです。この者の手引きで、飛竜の隠れ里へと侵入することに成功しました。彼は我々の協力者です」
黒仮面卿が、表情の見えぬ仮面の下で、そう声を発する。
セルネリア枢機卿が驚きのまま、口を開いた。
「竜の中に協力者が出たとは聞いてましたが――この者とは……」
「――そなたは何故に、我らに協力する?」
ノルストード枢機卿が、信用できぬ眼をあらわにしたまま問うた。
と、アクラムが薄笑いを浮かべる。
「いえ、なにね……頭の固い先代の龍王どもが気に入らなくてね――。そいつらを殲滅して、ボクが龍王の頂点に立とうかと――まあ、そういう訳ですよ」
セルネリア枢機卿が、不快をあらわにする。
「この者……信用してよいのですか?」
「信用はしておらぬ。しかし――手を組むことはできる」
ゼルバディス教皇は、射貫くような目つきでアクラムを見た。
それに対し、アクラムはギロリ、と眼を剥く。
「フン……人間界の階層や秩序は、ボクには関係ない――竜だからね。君たちの社会的地位がどうであろうと、ボクには関係ないんだ。ボクは君らに従う必要もないし、恐れてもいない。ただ君らを利用できそうだから、協力してるだけだ。……そういう事で、いいだろう?」
アクラムはそう言うと、にやりと笑ってみせた。
その言葉を聴いたゼルバディス教皇は、苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。
「……おぬし、光竜姫たちの行方の見当は着くのか?」
アクラムはもったいぶって、口を開いた。
「恐らく……精霊島」
ゼルバディス教皇が、少し眼を見開く。
「精霊島――?」
「どうして、そんな場所に?」
セルネリア枢機卿が、訝し気にアクラムに問うた。
「光龍王レイミアードは、黒仮面さんに傷を負わされた時、呪いも受けたって話でしょ? それで自分で治しきれない傷を癒すために、精霊神に頼ろうと思い精霊島に逃げた――ま、そんなとこじゃないですかね」
アクラムは軽く笑って見せる。
と、ノルストード枢機卿が、不審げな声を出す。
「竜が負傷して――どうして精霊神を頼る? それに、精霊神が実在するとでも?」
ノルストードの言葉を聴くと、アクラムは小馬鹿にするように薄笑いを浮かべてみせた。
「あれ~、枢機卿ともあろう方がご存知ない? まあ、竜族では常識でも、人間には知らされませんからねえ」
「もったいぶらずに、さっさと話せ!」
ノルストード枢機卿がそう怒鳴ると、アクラムは薄笑いを消してノルストードを睨んだ。
「……話が理解できないみたいだな。お前たちの序列とか、知ったことじゃないって言ってんだろ」
突然、ノルストード枢機卿の全身が、巨大な水に包まれる。
しかしノルストード枢機卿は、その水の中で眼を見開いた。
と、その巨大な水球が、パン、と破裂する。
「――あまり図に乗るなよ、竜の分際で……」
ノルストード枢機卿の全身から、魔力がたぎっていた。
それを見るアクラムの眼が据わっている。
「そうか……あんたはどうやら、ボクにとって邪魔な存在だな――」
アクラムは足を開いて、指を立てて両手を開く。
その両手を、水球が包んでいた。
「竜の協力などなくとも、我らの悲願は成就可能! お前は不要な存在だ、ケダモノめ!」
ノルストード枢機卿が、両掌から黒い光線を発射する。
それは物体を『削除』する、ノルストード枢機卿の特殊な魔法であった。
その削除光線は、防御する物体もエネルギーも『削除』する。今までに、ノルストード枢機卿は、その削除光線を防がれたことはなかった。
削除光線がアクラムを捕らえた!
と、ノルストード枢機卿が勝利を確信した瞬間、アクラムの姿が消えた。
「なにっ!?」
アクラムは自らの身体を水流に変えて宙を舞い、その削除光線をかわしたのだった。
「大した力だよ――人間の『分際』にしてはね」
避けた水流が、一瞬、竜の顔の形になってそう声をあげる。
と、次の瞬間にはまた水流に戻り、ノルストード枢機卿の身体を襲った。
「が――う…ぐぅ――」
自らに突っ込んできた水流がすり抜けた後に、ノルストードは自らの身体を改めて見る。――その身体には、大きな穴が開いていた。
「バ……バカな――そんな……」
口から血を流しながらノルストード枢機卿は、そう洩らすと床に倒れた。
そして水流は、再び元のアクラムの姿に戻る。
「ねえ――対等に話をするためには、互いに尊敬の念が必要だって思わない?」
水色の髪をふわりと振ると、アクラムは薄笑いを浮かべてそう口にした。
その言葉に対しゼルバディス教皇は――冷たい目つきでアクラムを見つめた。




