第三十六話 精霊島へ 1 海を渡る飛竜
プリシアを乗せて飛ぶウィリアが、声をあげた。
「……まったく――こいつは天然の女たらしじゃないのかねえ。プリシア、こんな奴で本当にいいのかい?」
「これがいいんですのよ」
プリシアはなんでもないように、にっこりと微笑んだ。
「まったく、やれやれだよ」
「――海が見えて来たぞ」
ディードの声がして、僕らは前方に眼を向けた。
広い――とてつもなく広い、そして青い大海原が広がっている。
青い海面はキラキラと陽光を反射して輝いている。
僕は声をあげた。
「ずっと山奥に住んでたから――海を見るのは初めてなんだ」
「わたしもですわ」
プリシアがそう言って微笑する。
「とても綺麗だね」
「そうですわね……」
その海上を、ディードはどんどん飛んでいく。
「精霊島はイーストリア沖の結構、先にある。しかし、我らならもうすぐ到着だ」
「頼むよ、ディード」
僕がそう言うと、ディードは飛行を続ける。
その先に――物凄い雲流が見えてきた。
雲が巨大な城のように聳え立っている。その高さは僕等よりはるかに高く、上を見てもその頂上が見えない。
「な――なんだあれ?」
「あれが精霊島を覆い隠している雲流城だ。下を見てみたまえ」
ディードに言われて、雲流城の下を見ると――海面に物凄い渦巻きが幾つも見える。雲流城を取り囲むように、その渦巻きは幾つも点在していた。
「……船で、近づけないわけだ――」
「エルフたちは、あの渦巻きの間を抜ける方法を知ってるらしい。だから彼らは島から出入りできるが、それ以外の者は島に入ることはできない」
僕はディードの言葉を聴いて、不安になった。
「僕らが勝手に訪ねて――大丈夫かな?」
「それはなんとも言えないな。我らは島まで渡ることはできるが、エルフを紹介することはできない。我らも交流はないのだ。島に上陸してからは、君たちがなんとかするしかない。……どうする? 今なら引き返せるが」
ディードがそう言って、首をもたげた。
けど、僕は迷うことはなかった。
「ううん。島に上陸するよ。お願いします」
「そうか、判った。――じゃあ、皆の者、雲流に突入するぞ! 準備をしてくれ」
「判った」「判りましたわ」
プリシアは盾の翼でドームをつくり、ミシュレイはライラごと、水流壁で包んだ。僕は気流渦を身体の外に展開する。
「いいよ、ディード。準備できた」
「よし、では突入だ!」
そう言うと飛竜たちは速度を上げて雲流に突入する。
傍で見ると、雲は凄い勢いて回転している。
僕等を乗せた飛竜たちは、そこに勢いよく突進した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
レディアス・カミュはノーストリア教国の来神教団本部教会へと来ていた。
厳かな造りの教会の聖堂で、レディアスは跪いている。
来神教団本部――それは滅竜攻団の本部であった。
「レディアス――まさか、帰ってきたのがお前だけとは……どういう事だ?」
口を開いたのは、ノーストリア教皇――ゼルバディス三世であった。
白く高い帽子を被ったゼルバディスは、高い場所にある教皇座から、レディアスを見下ろしている。
老人――というにはまだ若い外観だが、肌の色が青味がかった白で病人のような不健康さを感じさせる。鋭い目つきをレディアスに向けていた。
「申し訳ありません、教皇様……奴らが――想像以上に難敵でした」
レディアスはうつむいたまま、そう口にする。
するとゼルバディスの右隣に座っていた、男が口を開いた。
「これはイーストリア管轄区の問題で済まぬぞ、カラン大司教」
男がそう言うと、レディアスより前に跪いている男がさらに平伏する。
「はっ、申し訳ありませぬ、ノルストード枢機卿さま! 今回の不首尾は、ゼーレ司教がまだ事が小さいうちに片づけなかったことが発端でして……」
カラン大司教はそう弁明をする。と、カラン大司教の後ろで跪くゼーレ司教が、そんな……と、動揺した顔をあげた。
と、教皇の左隣に座っている中年女性が口を開く。
「ジャルドー」
「は……此処に」
不意に部屋の隅の影から、黒仮面卿が姿を現した。
「お前がついていながら、このザマですか、ジャルドー」
「申し訳ございません、セリネリア枢機卿さま」
黒仮面卿は、そう言って頭を下げた。
しかしそこで教皇が口を開く。
「しかし滅竜九鬼門が三人も出張って、その二人を死なすとは……。そ奴らは何者なのだ?」
「は、光龍王レイミアードの娘、プリシアとその龍王具を受け継いだ者たちです」
黒仮面卿の答えに、ゼルバディス教皇は面白くなさそうな顔をした。
と、ノルストード枢機卿が口を開く。
「龍王具というと……例の光龍騎士たちか?」
「いえ、あ奴らの子息にあたる者たちです。まだ十六、七の子供ですが――侮れない力を有しております」
黒仮面卿の答えに、セリネリア枢機卿が口を開いた。
「そんな子どもが九鬼門を倒すなどと……にわかには信じがたい。ゼーレ司教、事を軽く見た、お前の初動対応が問題なのではありませぬか?」
「そ、そんな、セリネリア枢機卿さま! 私は最初に滅竜四元将を派遣し、彼らが敗れた後は速やかに特滅衆をあたらせたのです。しかしそれで問題が解決しなかったので――」
そこでノルストード枢機卿が口を開く。
「カラン大司教を通じて、本部の九鬼門に助力を求めた――と。なるほど、筋は通っていますが……?」
ノルストード枢機卿は、そう言って隣のゼルバディス教皇を見る。
ゼルバディス教皇は、じっと黙っていたが、不意に口を開いた。
「レディアス……お前は何故、殺されずに生きて還ってきた?」
「は――敵の一人、クィード・ロランが治癒士であり……瀕死であった私と、四元将の二人を治癒しました。ラムーとドグランダーは既に絶命しており、治癒されなかったのです」
レディアスは顔を伏せたまま、そう答える。
と、ノルストード枢機卿が、忌々しそうに口を開く。
「敵の情けを受けて――おめおめと戻ってきた、ということか」
「申し訳ありませぬ、ノルストード枢機卿さま。しかし……事の顛末を報告せねば、と」
レディアスは顔を伏せたまま、そう言った。が、それに対し、ゼルバディス教皇が口を開いた。
「敵に情けをかけたのは、お前ではあるまいか、レディアス?」
「まさか――私はそのようなつもりはありません!」
レディアスは初めて顔を上げて、必死の顔で弁明する。
ゼルバディス教皇はその白い顔を向けて、レディアスを見つめた。
「お前ほどの者を破る相手がそういるとは思われぬ。お前が情けをかけたのでなければ、何故、敗北した?」
「敵のクィード・ロランは――かのジャック・ドゥルーズの最後の弟子です」
レディアスがそう言うと、枢機卿たちの間に驚きの色が走った。
「あの、『聖凱覇手』ジャック・ドゥルーズの?」
「まさか――あ奴が加担してくるのか?」
枢機卿二人の問いに、レディアスは答えた。
「いいえ、枢機卿さま。ジャック・ドゥルーズの左膝から下を私は切断しました。彼が今後、参入してきても――戦力にはならないかと」
「おぉ! あのジャック・ドゥルーズを戦闘不能にしていたのですね。さすがはレディアス」
セリネリア枢機卿が、少し喜色をあらわにした。
ノルストード枢機卿が、それに続ける。
「よく、自分の師を手にかける事ができたな、レディアス」
「……志の異なる者ですから」
レディアスはそう言って、また頭を下げた。
その言葉を聴くと、ゼルバディス教皇が口を開いた。
「――して、そ奴らは現在、どこに?」




