第四話 ネフィーラとの暮らし 1 母の死
ネフィーラは僕の顔を見つめた。
「一体の龍王の暴走によって始まった、竜の人間に対する攻撃『竜災事変』の顛末は聞いたんだな?」
「はい」
「滅竜士だった姉さんたちは、龍王たちの討伐に出た。その時のメンバーは四人。お前の父、治癒士のルヤード・ロラン、そして剣士、魔導士――そこに加えて柔術士である姉さんが加わっていた」
「ジュウジュツシ?」
聞きなれない言葉に、僕は思わず訊き返す。
「あの……もしかして、ネフィーラがギルガインを投げ飛ばしていたあの技が――そうですか?」
「そう。柔の術と書いて柔術。剛の力によって敵を倒すのではなく、力の柔らかな使い方によって敵を制する技だ。私は姉さんに憧れて……柔術を学んだ。まあ、これは余談だ」
ネフィーラは苦笑するように息をついた。
「その四人は竜と戦う中で竜が操られている事を知り、最初に洗脳が解けた光龍王レイミアードと協力として他の竜と戦い、そして救っていった。そうして最後の竜を倒して世の中に平和が訪れた。姉さんはルヤードさんと結婚し、お前が生まれた。けどお前が三歳の時、姉さんが私の処に現れて言った――」
僕は息を呑む。
「『敵はまだいた。私たちは本当の敵をこれから倒しに行く』と」
「『本当の敵』――?」
ネフィーラは少し厳粛な顔をした。
「残念だが……それが何かは話してくれなかった。けど多分、その『本当の敵』を倒しに行ったのは、姉さんとお前の父親の二人だけなんだ」
「仲間は四人いたのに――どうして?」
ネフィーラは首を振る。
「判らない。危険に巻きこみたくなかったか――何か理由があったんだろう。けど、結果その時に戻ってきたのは……ルヤードさんだけだった……」
ネフィーラは沈んだ顔を見せる。
「ルヤードさんからは、『姉さんが敵を倒すために犠牲になった』と聴いた。けどその時、ルヤードさんは言ったんだ。『とりあえず敵を封じることはできた。けれど何年かして、竜が助けを求めるような事があったら――手を貸してほしい』と」
ネフィーラはそう言うと、一度、目を伏せた。
「――それしか聞いてない。詳しいことは…何も。ただ、ルヤードさんのことは信じてた。だから……私は、その日が来る時のために、自分の柔術を磨いたんだ」
ネフィーラはそう言うと、微笑してみせた。
この人……ネフィーラを見てると、何故か安心する。母さんに似てるせいだろうか?
何にしろ――ネフィーラは信用できる人だ。
「それで……光龍王レイミアードが竜討伐戦団に襲われ、プリシアが助けを求めてきた。これって、その『本当の敵』の仕業ってことなの?」
「多分……というか、恐らくだけど竜災事変が収束してからも、竜が恐れ忌み嫌われる存在として流布されたこと――それ自体が、その『本当の敵』の仕業なのかもしれない」
ネフィーラはそう言うと、感慨深げに腕を組んだ。
「それじゃあ……プリシアのお父さん、光龍王はどうやって見つけたらいいんだろう?」
「光龍王レイミアードの仲間になった四人は、『光龍騎士』と名乗り、それぞれが光龍王から貰った龍王具を持っていた。牙・爪・角・翼を司る四つの武具だ」
「あ!」
僕は金色の腕輪をネフィーラに見せた。
「これ! これ、父さんが僕にって――爺ちゃんに託してたものなんです。あの滅竜士ギルガインと戦った時、突然、光の盾になったんです」
「うむ。それは『翼の盾』ウィンガードだな。それらは龍王の竜核を分散したものだと聞いている。それが消えてないという事は、光龍王は――」
今度はプリシアが声をあげた。
「――生きてるってことなんですね! そのアイテムが――お父様の龍王核の一部だったなんて……。だからお父様の気配がしたんだわ」
「けど、そういえばプリシアは直接、僕に竜核授与してくれたんだ」
僕がネフィーラにそう言うと、今度はネフィーラが眼を丸くした。
「なにっ!? 竜核をそのまま体内に引き継いだだと?」
「はい。何かまずかったですか?」
「……判らん。が、お前は今、とんでもない体力なのではないか?」
「はい、そうですが」
ネフィーラは息をついた。
「なるほど……それで一騎当千と言われる滅竜士と戦えたわけか。しかし、お前は治癒士で、戦う術はまったく学んでない?」
「はい」
「――助かったのは、ほぼ運だな。いいか、光龍王を見つけるためには、四つの龍王具を揃える必要がある。四つの龍王具が揃えば、その本体である龍王の居場所が判るはずだ」
ネフィーラはそう言った。僕はプリシアを見て、笑ってみせる。
「よかったね、プリシア。なんとか、君のお父さんの居所が判りそうだよ」
「うん!」
「――そんな簡単にはいかないぞ」
喜び合う僕らに水を差すように、ネフィーラが声をあげた。
「お前たちがその龍王具を揃えようと外に出れば、あっという間に滅竜士がお前たちの存在を消しにくる。あのギルガインよりも強敵が来るかもしれないんだ」
「そんな……」
あいつより――強敵? 考えたくない。
「どうしたら……いいんでしょう?」
「強くなれ」
ネフィーラは僕を見つめて言った。
「強くなって、滅竜士に倒されないようになるしかない。滅竜士だけでなく、『本当の敵』とかも、お前たちを襲って来る可能性だってあるんだ」
「けど……僕は竜核授与されて、それなりに強い状態なんじゃ――」
僕がそう言うと、ネフィーラは椅子から立ち上がった。
「クィード、表に出ろ」
「え? えぇ!?」
わけも判らず、僕は表に出る。心配そうな顔で、プリシアも一緒に来た。
「二人がかりで、私を倒してみろ」
「えぇ? ネフィーラを? そんなこと……」
「私のようなか細い美人を倒せないようじゃ、屈強な滅竜士に対抗するなどまったく無理な話だぞ」
……いや、ネフィーラ、さっきあなたギルガインをボコボコにしてたじゃん。
と、思ったけど、とりあえずプリシアと頷きあう。
「ようし……じゃあ、行くよ!」
僕はとにかく突進して、ネフィーラの腹に向けて拳を突き出した。
ネフィーラがその拳を、両手で受け止める。
「ム――」
両手で僕の拳を抑えたまま、ネフィーラの脚がグーッと後方に押されていく。
やっぱり、力なら僕の方が上だ。
「確かに……大した力だな。だが――」
不意にネフィーラがその掌を上に向ける。
――と、急に僕の視界が変わった。
「え? ――えぇっ!?」
僕の身体が宙を舞っている。僕が見てるのは、はるか上空だ。
いつの間にか自分から跳ぶようにして、前方宙返り状態になってる。
「ぐはっ!」
そして背中から地面に落ちた。
「クィード! わたしも――竜閃光!」
プリシアが指先から光線を放つ。
ネフィーラは両手で円を描くと、その光線が手前で逸らされてあらぬ方向に流れた。
「え? どうして?」
「気流で渦をつくって、攻撃力を逸らしたんだ。これが姉が使い、私が使う『気流柔術』だ」
僕は身体を起こして、ネフィーラを見た。
「力が強くても――全然、ネフィーラに叶わないってことだよね?」
「そういう事だ。それが判ればいい」
ネフィーラはそう言うと、微笑してみせた。
「プリシアは竜核授与したばかりだから、力が相当に失われてるのだろう。けど、そもそも戦い方をやっぱり知らないから、攻撃が単純なんだ」
「そう……なんですね」
プリシアは納得したように頷く。それを見て、ネフィーラは言った。
「自分たちの命を守るため――そして大事なものを守るために、お前たちも強くなる必要がある。そうだな……明日から、お前たちを鍛える。二人とも、覚悟しとけよ」




