4 紫の髪の女性
宙に舞ったギルガインの身体が、音をたてて地面に落ちる。
僕の眼の前には、紫の髪を伸ばした人。――この人が、やったのか?
紫の髪の人が横を向く。――女性だ! しかも、かなり端正な顔立ちの人。
「おい。年端もいかない少年少女に、その物騒な武器を向けるとは――どういうつもりだ?」
その紫の髪の女性は、倒れてるギルガインにそう問うた。
ギルガインが起き上がる。
「なんだ、てめぇは……? てめぇには関係ねえだろうが、引っ込んでろ!」
「あいにく……理不尽な暴力を見過ごせないタチでね」
女性はあくまで冷静に答えている。
「うるせぇっ! 女は黙ってな!」
「相も変わらず、男が偉いと思ってるバカか」
ギルガインがノコギリ剣を持って、女性に向かっていく。
しかい紫の髪の女性に慌てた様子はない。
ギルガインが剣を斬りつけた瞬間、女性は両手でくるりと大きな円を描いた。
「え――?」
その瞬間、ギルガインの身体がまた宙に舞っている。
「な――なんだ、あれ……」
「ぐはあぁっ!」
今度は激しく石壁に叩きつけられたギルガインが、呻き声をあげた。
「ぐ……」
小さく唸りながら、身体を起こす。と、いつの間にかギルガインの傍に、紫の髪の女性が立っている。
女性はノコギリ剣を握っている、ギルガインの右手首を捉えていた。
「は、離せ!」
叫んだ瞬間に、ギルガインの身体が縦に飛びあがる。
自分で跳ねたようにしか見えないが、そこから頭からギルガインは落ちた。
「ぐおぉっ――」
そのまま手首を掴んで、紫の髪の女性はギルガインの身体を前後に投げ、地面に叩きつける。
恐ろしいのは――その女性がほとんど力を入れてるように見えないことだ。
「ぐ…ふ――この…野郎……」
ようやく手首を解放されたギルガインが、ボロボロになって呻き声をあげる。
「まだやるつもりか?」
「く……貴様ら――逃がしはしないからな!」
ギルガインはそう言うと、よろよろとした足取りでその場から去っていった。
と、紫の髪の女性は、僕らに向き直る。
「君たち、大丈夫か? 見るからにタチの悪そうな奴だったが」
「あ……なんとか…大丈夫です」
「クィード!」
プリシアが僕の処に駆け寄って来る。
「またこんなに大怪我をして!」
「あ、大丈夫だよ。自分で治癒するから――治癒!」
僕は背中の傷を、自分の治癒魔法で癒した。女性が言う。
「君は治癒士か。しかし、かなり本気で斬った後だな。こんな街中で、正気とは思えん。少し場所を変えた方がよさそうだぞ」
紫の髪の女性は、そう言うと僕らを移動するように促した。
女性とその場を離れて、小道の陰に入る。
「あの……助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いや――しかし、どうしてあんな奴に狙われてるんだ? 何か事情があるなら訊くが?」
紫の髪の女性は、少し心配げに僕らにそう言ってくれた。
この人は見た目もいいけど、きっといい人だ。僕はそう思った。
けど、いきなりプリシアが竜だなんて言ったら、きっと驚くだろう。
それはちょっと言えない。
「あの……僕ら、ネフィーラって人を探してるんです」
僕がそう言うと、紫の髪の女性はきょとん、とした顔をした。
「私が――ネフィーラだが?」
「え? ――えぇぇぇっ!?」
う、嘘でしょ? いや、けど冷静になって見てみると、母さんと同じ紫の髪。それに顔もちょっと似てる気がする――三歳の時の記憶だから、曖昧だけど。
「どうした? 私に用か?」
「あの――僕、レフィーナの息子のクィードです!」
思い切ってそう言うと、今度は女性――ネフィーラの方が目を丸くした。
「クィードって姉さんの……あの、クー坊?」
クー坊ってなんだ? そんな呼ばれ方だったのか?
けどいい。とりあえず、探してた人に会えた!
「あ、はい! あの…事情があって、ネフィーラ叔母さんを探してました」
「はい、ストーップ!!!」
突然、僕の眼の前に、ネフィーラが手の平を向ける。と、その手を下げて、僕を睨む。
「その、おばさんて呼ぶのは止めて! おばさん禁止! 私はまだ31歳で、ついこの前まで20代だったんだあっ!」
「あ……あの、なんかすいません。じゃあ……なんて呼んだら――?」
ネフィーラはにっこりと微笑むと、僕に言った。
「ネフィーラでいいよ。さんづけとかも、いらない。私にとっては、可愛い甥っ子なんだからな」
「あ、判りました」
「そうかぁ……あの、ちっちゃくて泣いてたクー坊が、もうこんなに大きくなってるとはなぁ。いやぁ、立派になったもんだ」
そう言うとネフィーラは、僕の肩に触ったり、顔をしげしげと見たりしてる。
「あの……そのクー坊ってのもちょっと――。恥ずかしいです」
「そうか。まあ、そりゃそうだな。じゃあ、クィードって呼ぶよ。ところでクィード、この可憐なお嬢さんはどちらだい? お前の恋人なのかい?」
そう、にやにやしながら訊いてくるネフィーラの言葉に、僕はちょっと赤くなった。
「あ、あの! 恋人…では、ありません」
「じゃあ、なんだぁ? えぇ、隠さず教えろよぉ」
僕はプリシアを見る。プリシアは真面目な面持ちで、こくりと頷いた。
僕はそれを承諾と受け取り、ネフィーラに言った。
「実はこの子――プリシアは竜の姫です」
僕がそう言うと、にやけていたネフィーラの顔が、一気に真剣な表情になった。
「なんだって……」
「それで――父さんの遺言で、村に竜が現れたら、おば――ネフィーラを探せって言われてて……」
ネフィーラは深く息を呑む。
「ルヤードさん……亡くなってたのか――」
「はい、半年前に病気で」
「……待てよ。という事は、さっきお前たちを狙ってたのは――滅竜士か?」
ネフィーラの問いに、僕は頷いた。
「はい。ギルガインって名前だそうです」
「『鋼鉄の』ギルガインか――名前は聞いたことがあったが……これは厄介なことになったな――お前たち、とりあえず急いで街を出るよ」
そう言うとネフィーラは足早に歩きだした。
少し歩くと、幌付きの馬車が止めてある。ネフィーラに促され、僕らは幌の中に入った。
「私の家に戻るよ」
それだけ言うと、ネフィーラは馬車を走らせ始めた。
「あ、あの……」
「喋るな」
ネフィーラはこちらに眼も向けずにそう言うと、後は何も話そうとしない。
僕とプリシアは眼を見合わせると、頷きあってそれから一言も喋らなかった。
が、やがて馬車が停まる。ネフィーラが声をあげた。
「もういいぞ、降りろ」
僕らは馬車を降りる。そこは森の中にある一軒の山小屋だった。
ネフィーラと一緒にテーブルに着くと、僕は今までの経緯を話す。
「そんなことが、あったのか……」
ネフィーラはため息をつく。と、口を開いた。
「クィード……お前の母――姉のレフィーナの死について話しておこう」




