2 『死刀流』ドグランダー
辺り一帯を反転空間にしていたフィールドが狭まり、アイナだけを虜にして凝縮する。アイナの身体が、宙に浮く。
アイナの顔が、恐怖に引きつった。
「こ……これは――」
「知ってる? 斬られるよりね……捻じられた方が痛いのよ」
ラムーがそう言った瞬間、アイナの手足がぐにゃりと歪んだ。
「ギャアアアァァァッ!」
アイナが苦痛に絶叫する。ラムーは薄く笑った。
「いい声……。さっきあれほど偉そうにしていた人は何処へ行ったのかしら?」「お……お許しください、ラムー様! 思い上がったワタシの――間違いでした!」
泣きながら許しを懇願するアイナに対し、ラムーは静かに微笑みを返す。
「今は手足付近の空間を歪ませただけ。あなたの胴、胸――首……顔の空間を歪ませたら、どうなるかしら?」
「おっ! お許しを! お許しください! どうか――どうか、殺さないでっ!」
アイナが泣きながら絶叫した。
それを見るラムーの眼は――細く笑みをたたえている。
「うふふふ……あなたみたいな人が態度をコロリと変える、そのみっともない姿を見るのが好きなの。けどね、もっと好きなのは――」
ラムーはにっこりと微笑した。
「絶望の果てに悲鳴をあげて死んでいく様を見ることよ」
ラムーはそう言って、ゆっくりと掌をアイナに向ける。
「ひ…ヒィィィ……」
「――いい加減にしろ!」
その時、三体の水竜がラムーに襲いかかった。
ラムーはそれを見て、掌の向きを変える。
「空間歪曲」
水竜の姿がぐにゃりと曲がり、ラムーまで届かない。
水竜を発射したミシュレイが、薙刀をラムーに向け怒りの声をあげた。
「……仲間の命まで弄ぶその態度――許せん!」
「別に――あなたに許してもらわなくても結構」
ラムーはそう言うと、ふっと手を振る。と、アイナを拘束していた空間魔法が解け、手足がおかしな方向に曲がったアイナが地面に転がった。
「わたくしのオモチャを取り上げたからには……あなたがオモチャになる覚悟があっての事ですわよね?」
「人の命をオモチャにするなど――断じて許さん!」
ミシュレイの眼が、眼鏡の奥で怒りを放っていた。
ラムーとミシュレイが、見つめ合う。
と、ラムーが手を軽く振り上げた。
その空間に、ミシュレイが水の刃を発射する。
微かだが視認できる空間帯が、水流に切り裂かれた。
「そのアイナはムカつく女だったが、いいヒントをくれた……。ボクにも、お前の帯が把握できるぞ」
よく見ると――辺りは僅かに霧に包まれている。
と、ミシュレイの声が響いた。
「クィード、プリシア――こいつは、ボクが仕留める。今なら反転の閉鎖空間がない。君たちはライラと先生の支援に行ってくれ」
「……大丈夫なのかい、ミシュレイ?」
僕は、不安になって訊いた。相手は――この得体のしれない空間魔法使いだ。
しかしミシュレイは言った。
「問題ない。ボクの予感では――先生が危険だ」
ミシュレイは慎重な面持ちでそう言った。
僕は頷く。実は――僕もそうだった。
ライラと戦ってる四本腕の剣豪より、この空間魔法使いより――あのレディアス・カミュが危険だ。何かが、そう僕に告げる。
「判った――行こう、プリシア!」
「ミシュレイ、頼みますわ」
プリシアの言葉に、ミシュレイは微笑して頷いた。
それを見て、僕らは先生たちの消えた方へと駆け出した。
△ △ △ △ △ △ △ △
ライラは四本腕の剣士ドグランダーと戦っていた。
しかし――何か、違和感を感じる。
「お前……どうして本気を出してないんだぞ?」
「クク――ようやく気付いたか。某は、お前をラムーから引き離すために、わざと手負いになってみせたのだ」
ドグランダーは足を止めて、にやりと笑う。
ライラは眉をひそめた。
「何故、そんなことをするんだぞ?」
「ラムーが相手では、我ら剣士はなすすべなく斬り裂かれてしまうからな。空間を斬る魔法は、魔法でないと防げん。それではせっかくの獲物が、まったく某にまわってこないではないか」
ドグランダーの言葉に、ライラは少し首を傾げた。
「よく判らんけど、つまりあたしとやりたいために、あたしを連れだしたんだぞ?」
「そういうことだ」
ドグランダーは腰に手をあてて、胸を張った。
ライラはそれを聞くと、ニッと笑った。
「いいじゃん、やってやるんだぞ!」
「そうか。では某も――今度は本気で行かせてもらうぞ!」
ドグランダーが四本の剣を操って斬りかかって来る。
ライラはそれまでのように受流そうとした――が、その猛攻が受流しきれない。
「なんだ――くっ……」
それまでの単純な攻撃と違い、四本の剣はそれぞれが生き物のように動いている。向かって来たかと思うと急停止し、フェイントをかけてくる。ライラの防御にまとわりつくように、剣を絡めてくる。
「こんな技も――使えたのかだぞ……」
ライラは冷や汗をかきながら、防戦一方になる。
ドグランダーは攻撃の手を緩めることなく、ライラに言った。
「人間の注意力は一つが基本、二つでもやっと。三つ以上の箇所に注意ができるものは相当だ。しかし某は訓練の末――四本の剣を、それぞれ独自に動かす技を身につけた。これこそ――『死刀流』!」
上下左右と変幻な形で襲ってくる剣を、ライラは黄金剣一つでなんとか防御している。それを見て、ドグランダーは勝ちを確信したように言った。
「所詮、一本の剣で四本を相手にするなど無謀の極み! いざ、尋常に斬られよ!」
「尋常に斬られるって――なんなんだぞ!?」
ライラは剣を弾き返しながら、声をあげた。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
僕とプリシアは、戦ってる気配の方へと走った。
と、いきなり突風が吹いて来る。
「うっ――凄い気流だ!」
「近いですわ!」
僕らはさらに駆けた。その先に――二人が戦う姿があった。
「先生、少しお疲れではありませんか?」
「これぐらいの事――お前こそ、稽古をさぼっておるだろう」
「フフ……相変わらずの師匠面か――けど、それももうお終いですよ!」
そう言ったレディアスが、鋭い突きをジャックに放つ。
が、ジャックはそれを受け流し、逆につま先でレディアスの鳩尾を狙った。
ジャックの蹴りをレディアスがギリギリでかわし、指をたててジャックの顔面に襲いかかった。
「ヒョウッ!」
顔面への攻撃をジャックが手で横に弾き、レディアスの指はジャックの頬を僅かにかすめる。しかしその僅かな接触で、ジャックの頬が切れた。
「先生!」
僕は声をあげる。
「おや、新弟子がやってきましたね。フム……それは悪手だよ、クィードくん」
「……なんだって?」
「あの『魔空操士』ラムーはね、非常に残酷な女なんだ。君の仲間は、みんな切り裂かれてしまうよ」
嘲るように言うレディアスに、僕は怒鳴り返した。
「あなたたちに負けたりはしない! ミシュレイもライラも――僕たちもだ!」
僕は内燃気渦を体内に発動させる。
そして爆発的な速度で、僕はレディアスに襲いかかった。




