4 襲来、滅竜九鬼門
ジャックが不意に黙り、辺りの気配を伺う。
「どうやら山に入り込んだ者がおるの。しかも一人二人じゃない」
「敵でしょうか?」
「恐らくの。しかも……どうやらその中には、レディアスがおるようじゃな」
僕はジャックの言葉に驚いた。
「レディアス・カミュが此処に!? ――しかし先生、何故、そんなことが判るんですか?」
「毎日、山と暮らしとるからのう。少しの変化や気配にも敏感になる。それだけの事じゃ」
なんでもないようにジャックは言ったが、ただ事でないのは確かだ。
そこでミシュレイが声をあげた。
「バルガスが『九鬼門』と告げていった。滅竜九鬼門――それは本部に控える滅竜士のなかでも最強の集団のことだ。向かって来ているのは、その連中だと思う」
僕はそれを聞いて、疑問を口にした。
「先生、レディアス・カミュは滅竜士として、攻団にいるのですか?」
ジャックは頷いた。
「そうじゃ。奴は新たな力を求めて滅竜攻団へと加入した。そこで新たな力を得た――と聴いておる。しかしそれ以前のレディアスでも、クィード、今のお前よりずっと気流剛術の技に長けていた」
「そう……ですか」
「レディアスは儂が食い止める。それ以外の連中を、お前たちは仕留めろ。よいか、殺らなければ殺られると思え」
ジャックの言葉に、僕は呑みこみ切れない不条理を感じたが――頷いてみせた。
やがて僕らでもはっきりと判るほど、その気配が近づいて来る。
「――やあ、先生。お出迎えしていただけるとは」
藍色の髪をワイルドに伸ばした鋭い目つきの男が、爽やかな口ぶりでそう言った。――あれが、レディアス・カミュ。
そしてその背後からは別に四人。二人は見たことがある。『風雅の』ディランと、『氷華姫』アイナだ。
残りの一人は屈強な体つきの男で、剣を左右の腰と肩に四本差している。
もう一人は純白の髪をボブにした、眼の細い女性だ。
「望まぬ来訪者じゃ。レディアス――何しに来た?」
「そこの光龍王の娘と、その一行をお引渡しいただければ……何事もなく帰りますが」
「それはできぬ相談じゃのう。こ奴らは、もう儂の弟子じゃ」
レディアスはそこで、端正な面立ちに苛立ちをみせた。
「私があれほど懇願しても、なかなか弟子入りさせてもらえなかったのに……その者たちは、あっさり教えを受けたわけですか?」
「お前の眼に、邪気がこもっておったからのう。――レフィーナに諭されるまでは、お前は危険そのものじゃった」
レフィーナに諭されるって……母さんが、このレディアス・カミュを諭したってこと?
「少しはマシな人間になったかと思っておったが……儂らをまんまと騙しただけであった」
「人聞きの悪い――私は先生や、姉弟子を騙したりなどしてませんよ」
レディアスはそう言うと、薄く笑った。
「私は最初から言ったはずです――強さを求めている、と」
「そのために……お前はレフィーナを裏切ったのか?」
――なんだ?
母さんを裏切ったって……どういうことなんだ?
「先生、母さんを裏切ったって――どういう意味ですか!?」
僕は思わず声をあげた。
レディアスが僕を見る。と、懐かしいものでも見るように、目を細めた。
「君……レフィーナの息子か」
「そうだ。クィード・ロランだ!」
「似てるな……優しそうな眼元がそっくりだ。そういう人はね――早死にするよ」
考えるより先に、僕はレディアスに向かって突進していた。
「どういう事か言えっ!」
僕は拳をふるった。
しかしレディアスは、薄笑いを浮かべたまま僕の拳を見切る。
「へぇ……君、気流剛術を使うね。僕の弟弟子というわけだ。ならば――兄弟子を敬うんだな!」
レディアスの姿が消える。――何処だ!?
「避けんか!」
いきなり横から突き飛ばされて、僕は横に跳んだ。その空間に、レディアスが拳を打ちこんでいる。僕を突き飛ばしたのは、ジャックだった。
僕は慌てて、間合いを取る。
……ダメだ、冷静になれ。相手を見切るんだ。
「見えなかったのかい? う~ん……まだまだだな。先生、彼はまだ私と戦える段階じゃありませんよ? ――みすみす死なすおつもりですか」
レディアスが凄みのある声で囁く。
なんだって――
「こ奴には、お前にない才がある。ここで殺させはせん! お前の相手は儂がしてやる」
ジャックはそう言うと、両手を手首で合わせて回転させた。
そこから凄まじい気流の渦が起き、レディアスに竜巻となって襲い掛かる。
「気流竜巻!」
レディアスの身体が竜巻に巻かれ、空中に舞い上がる。
その姿を追うように、ジャックは竜巻の後を追った。
「むぅ……某がジャックと手合わせするという約定であったのに――こうなっては致し方なし。残りの者を斬ることで我慢しよう」
四本剣の巨漢がそう口にした。
それに対して、純白髪女が声をあげる。
「ドグランダー、一人でやるおつもりですか? どうしても、というなら止めはしませんが……」
「ちょっと、待つんだぞ!」
そこに出てきたのは、赤髪のポニーテールをなびかせたライラだ。
「あんたは剣士なんだろ? あたしと立ち合うんだぞ!」
「お前のような小娘が……某の相手だと――?」
四本剣の巨漢は、ガッハッハと笑い出した。
と、何を思ったか、ライラも腰に手をあてて笑い始める。
「むっ――小娘、何が可笑しい?」
「あんたが見かけしか見ない、とんだ見掛け倒しだと判ったから笑ったんだぞ」
そう言うとライラはにぃ、と笑ってみせた。
巨漢の顔に、怒気が走る。
「ほう……そこまで言うなら小娘、貴様の実力…見せてもらおう!」
巨漢が左右の腰の剣を、一気に両手で抜きつける。
それは僅かに左右でタイミングがすれていて、一つをかわしても、次が襲い掛かる抜気つけだった。
ライラはしかしその攻撃を見切り、後退してかわしていた。
「某の二段抜きつけをかわすとは――口だけじゃないな、小娘! 名を聞いておこう!」
両手に剣を持った巨漢は、ライラにそう声をあげる。
ライラはにっと笑うと、巨漢に言った。
「ライラ・スパークス! 『無双剣士』ブレッカー・ストラグルの一番弟子なんだぞ!」
ライラの言葉を聴いた巨漢の顔色が、少し変わった。
「なにっ! 小娘、貴様……ブレッカー・ストラグルの弟子なのか?」
「そうだぞ!」
巨漢の眼が――スッと細くなる。
その気配が、本気に変わった。
「かの剣豪、ブレッカー・ストラグルの弟子と聴いては――もはや手加減はできぬ。某の名は、ドグランダー・ガレル! 人呼んで『死刀流』ドグランダー!」
巨漢――ドグランダーがそう名乗ると、背中からもう二本の腕が生えてきた。
なんだあれは――!?
「あれは魔法による仮現質の腕!」
背中から生えた二本の腕は、肩から出ている二本の剣を引き抜く。
「死刀流――すなわち四刀流。その身でとくと味わえ!」
四本の剣がライラに襲いかかる。
その連撃は――もはや眼で捉えきれるものではない。が――
「『爪の剣』!」
ライラの手に、黄金の剣が現れる。その黄金剣が、眼にも止まらぬ速さでドグランダーの剣をすべていなしていた。




