4 バルガスの思惑
バルガスの真剣な面持ちに、ミシュレイも向きあった。
「害獣である竜を滅する――それが俺たちの仕事だ。それが何故、悪い? お前は何を考えて、竜に与してるんだ?」
「竜は害獣じゃない。一方的に竜の隠れ里を襲い、そこに住んでいる命を蹂躙した……ボクはその場に居合わせ――そして何もしなかった。何もできなかった……。まだ幼い子どもが泣き叫んでいるのに、手を貸そうともしなかったんだ」
ミシュレイは大木に手を賭けると、眼鏡の奥を曇らせた。
「幼い子どもといっても――人間に化けた竜なんだろう? 駆除した当然じゃないか」
「当然じゃない!」
ミシュレイは悲痛な声をあげた。
「何の罪もない子どもだぞ……。彼らには心がある。家族を思いやり、愛し、守ろうとする心だ。それを暴力で踏みにじり、残酷な結果を与えたのは人間だ! ボクたち滅竜士だ! ボクは、もう滅竜士ではいられなかった。……それだけだ」
ミシュレイの告白に、バルガスは眉を寄せた。
「そんな心があるなら、何故、奴らは人間を襲う?」
「人間を襲ったりなどしてない! 人間を襲ったのは、竜の細胞を移植し作った人工モンスター『擬竜』だ。滅竜攻団は、擬竜を使って、自作自演の竜討伐劇を演じている」
ミシュレイの言葉に、バルガスは疑義を挟んだ。
「じゃあ、イーストリアに現れた竜の一群も、その擬竜だってのか? そんな都合のいい話があるか」
「イーストリアの竜は、本物の竜かもしれない。けどそれは、竜の隠れ里を襲って虐殺した人間への復讐だ。竜が憤っていても無理はない」
「フン、どこまでも竜を庇うつもりか。けど、その話にしたって推測にすぎない。竜がただただ自分の凶暴性にまかせて、人を襲ってる可能性だってある」
バルガスはそう言うと、頑なに自説を固持した。
それを聞いたミシュレイは、バルガスを見つめた。
「何よりボクが滅竜攻団を信じられなくなったのは……他でもない、ボク自身の記憶をいじられていたことに気がついたからだ」
「記憶……だと?」
バルガスは、眉根を寄せた。
「どういうことだ?」
「ボクはずっと、母にうとまれ、その母は父をずっと恨んでいると思って生きてきた。しかし……その記憶は、ジャルドーに植えつけられた偽の記憶だったんだ」
ミシュレイの言葉に、バルガスは驚きを隠せなかった。
「それが偽の記憶だと……どうして判った?」
「クィードがボクに、治癒を施したんだ。それで、偽の記憶を除去してくれた。その事で――本物の記憶が溢れだした。偽の記憶は、同じ場面を執拗に繰り返す。けど、本物の記憶はその細部から、さらに別の記憶へとつながっていく……。生活は、細部の広がりがあるからだ」
ミシュレイはそう言うと、静かに目を伏せた。
「ボクの本当の記憶は……とても幸せなものだった。母は父のことを誇りに想い、ボクのことを愛して育ててくれていた。――だが、ジャルドーはそれを踏みにじり、ボクがみじめな過去にうちひしがれてると思い込ませた」
「……なんだって――そんなことを……」
ミシュレイは、静かな怒りの眼を見せた。
「ボクがジャルドーに忠誠を誓うようにだ! この世で頼れるのは、信頼できるのはジャルドーだけど思い込ませるようにだ。そうしてボクは……滅竜士として偽りの人生を生きてきた」
ミシュレイの言葉を聴いて、バルガスは口を開いた。
「じゃあ……『水禍の』シュラは偽りで――ミシュレイというのが、本物の人生ってことか?」
「……そうだ」
「ふざけるな!」
バルガスはそこで、初めて憤りを見せた。
「攻魔四元将として一緒にやってきた数年は――全て偽りだったのかよ! オレたちは……仲間じゃなかったのか?」
なじるバルガスに、ミシュレイは苦悩の色を見せた。
「仲間だと――思ってやってきた。ディラン、バルガス――ギルガイン……。少々跳ねっ返りの多い奴らだったが――ずっと仲間だと思っていた」
「……今はそうじゃなく、あのクィードと竜の姫、そしてあの剣士の娘が仲間というわけか」
バルガスの言葉に、ミシュレイは素直に頷いた。
それを見て――バルガスは、フッと苦笑を洩らした。
「まあ……そういうことなんだろうな」
「バルガス――お前も、何か記憶を操作されている可能性がある。何か執拗に繰り返す記憶などはないか?」
「ねえな。オレはただ――滅竜攻団に入って、暴れたかっただけだからな」
バルガスは軽く笑ってみせる。
「そうか……それなら、いいのだが」
「心配してくれるとは、とんだお人好しだな。オレは――滅竜士だ。お前とは敵同士……そういう事でいいだろう」
そう言ったバルガスに、ミシュレイは切なげな眼を眼鏡の奥から向けた。
「ボクは……お前たちとは、できるなら戦いたくない」
「フン、相変わらず甘いな、お前は――。言っておくが、お前たちの敵は、オレたちよりはるかに強大な相手だ」
バルガスの言葉に、ミシュレイは息を呑んだ。
「何か……知っているのか?」
バルガスはその言葉を聴きながら、ミシュレイに背中を向けた。
歩き去りながら、バルガスはぼそりと呟く。
「九鬼門」
「……なんだって?」
バルガスは黙って、立ち去っていく。
ミシュレイは、その時悟った。
「そうか……バルガス、ボクたちに九鬼門が迫っていることを告げに来てくれたんだな。――ありがとう、バルガス!」
だがバルガスは、なんの反応もせずにそのまま歩き去った。
バルガスには既に、別の思惑が心をとらえて離さなかったのだった。
(まさか……カリーナ――)
バルガスは、胸の奥に広がる闇を感じながら、ただ歩き続けた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
カラフ峡谷に入ってしばらくすると、道はもはや道なき道の様相を呈して来た。
「ここからは歩きです」
ディランはそう言うと、馬を乗り捨てた。
ディランの案内に従ってきた九鬼門の四人――『獅子王』リオガ、『死刀流』ドグランダー、『魔空操士』ラムー、そして『砕鬼』レディアスは、ディランに続いて馬を降りた。
「チッ――けったくそ悪い! こんなクソ田舎に来て歩くなんて――」
『氷華姫』アイナがそうこぼした時、誰かがその一団の前に現れた。
アイナはその姿を見て、声をあげる。
「あんた……何しに来たのさ?」
アイナの問いに、その男――ギルガインは答えた。
「気に入らない奴がいてな……。ジャック・ドゥルーズと戦う前に、身の程を思い知らせてやろうと思ったまでさ」
鈍色の髪をしたギルガインが、三白眼気味の眼をギン、と向けた。
向けられた相手は、すぐに反応した。
「ヒャァーッハッハ! まさか、それはオレのことか!? 下っ端の分際で、思い上がりも大概にしな!」
「下っ端かどうか……お前の眼で直接、確かめてみることだな」
ギルガインはその相手――『獅子王』リオガに、怒りの眼を向けた。
リオガは面白そうに、声をあげる。
「なに? お前がオレに挑もうっての!? ヒャァッハッハーッ! こいつぁ傑作だ!」
笑い飛ばすリオガをよそに、ディランが口を開いた。
「ギルガイン、何を考えている。今、九鬼門に挑むなど、彼らの任務の妨げだ!」
「俺が少し出てきたくらいで任務が失敗するなら、そもそもあのジャックとかいう爺ぃの前に立つ資格なんざねえ。おとなしく帰った方が、身のためさ」
ギルガインの言葉を受けて、純白の髪を持つ女性が静かに口を開いた。
「それは、我々、九鬼門に対する挑戦と受け取ってよいか?」
「いいや。俺が気に喰わねえのは、そこのライオン野郎だけだ。けど、手を出すってんなら仕方ねえ……全員を相手にする」
ギルガインは凄む。その言葉を受けて、一番の巨漢である『死刀流』ドグランダーが、痩身のレディアスに声をかける。
「ふむ……どうだろう? この者とリオガ、やらせてみては?」
「いいだろう。ジャックの現在を知る者の実力――その眼で見させてもらう」
『砕鬼』レディアスはそう言うと、ギルガインを厳しく見つめた。




