2 滅竜九鬼門
ジャックの言葉に、僕は驚いた。
「母さんは――戦いを望んでなかった? けど、修行途中で戦いに行ってしまったんですよね?」
僕の問いに、ジャックは神妙な顔をした。
「そうじゃ……。レフィーナは戦いは望まぬが、柔術は好きじゃった。相手の力や自然の力――そういうものを感じて技にすることを喜びとしておった。柔術には、強張った心をほぐす力がある……レフィーナはそう言っておった」
柔術には――強張った心をほぐす力がある。母さんが、そんなことを……
「しかし、固まった心はほぐせぬ者もおる」
ジャックはそう言うと、少し僕から眼を逸らした。
「――レディアス・カミュは……儂から剛術だけを学んだ男じゃ」
「え」
母さんは柔術だけ――そして弟弟子のレディアス・カミュは剛術だけ……。
「そしてレディアス・カミュは――今や闇に落ちておる。お前たちが会いに行っても……協力してくれることはあるまい」
「そんな――」
「むしろ、奴はお前たちの敵となる」
ジャックは僕の眼を見ると、はっきりそう言った。
そうなのか? レディアス・カミュ――
「奴の口を割らせるには、柔術だけでは対抗できぬ。――クィード、お前は柔術と剛術……その双方を学び真の気流躰術を身に着けよ。そうでなければ――奴から我が身も仲間も守ることはできまい」
ジャックは静かに、しかし確信を持ってそう言った。
レディアス・カミュは――そこまで危険な人……ということなのか?
「判りました、ジャック先生。僕に……気流剛術を教えてください。よろしくお願いします」
僕はそう言って頭を下げた。うむ、とだけ言って、ジャックは頷いた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
新・攻魔四元将の四人は、黒仮面卿ジャルドー、そしてゼーレ司教の前に出て跪いていた。
「それで……竜姫を殺すこともできず、おめおめと帰ってきたというわけか」
黒仮面卿ジャルドーは、仮面の下で笑いを含んだ声でそう言った。
「どうやら、新しいメンバーも期待ほどではなかったようですな」
「お待ちください!」
『氷華姫』アイナが声をあげる。
「我々が任務に失敗したのは、事前情報のなかった爺の出現のせい! アタシたちは、あの竜姫の一団に劣ってなかった!」
「爺とは誰のことだ?」
ゼーレ司教の問いに、『風雅の』ディランが口を開いた。
「『聖凱覇手』ジャック・ドゥルーズです。司教様」
その名を聴いても、ゼーレ司教の表情に変化はなかった。
「何者だ、そやつは?」
「ジャック・ドゥルーズ……は、伝説級の達人で、武の世界では有名な者です。気流躰術というものを使い、無手で武器を持つ相手をやすやすと制します。現に――このギルガインは、相当に強くなり、前に敗北した相手クィード・ロランを圧倒したにも関わらず、ジャック・ドゥルーズの邪魔により痛めつけられました」
ギルガインが腹立たしそうに、唇を噛む。
黒仮面卿ジャルドーが、黒仮面の下から声を出した。
「そのジャック・ドゥルーズとかいう者――我々の敵なのか?」
「そもそもですが……向うの主力の戦力であるクィード・ロランは柔術使い。かの者はジャック・ドゥルーズの流れを引いてるものと思われます」
ディランの答えに、ゼーレ司教が問うた。
「お前たちでは、そのジャック・ドゥルーズには敵わん、と?」
「残念ながら……」
ディランが口惜しそうな顔で、頭を下げた。バルガスは顔を上げて、ディランを睨んでいる。
「黒仮面卿、何かよい手立てはあるかな?」
「……本部から、『九鬼門』を呼ぶべきかと」
黒仮面卿ジャルドーの言葉に、その場にいたディランたちは息を呑んだ。
ゼーレ司教が考えるように顎に手をやる。
「ふむ……おぬしでも、今の連中の力は侮れない、と思うわけだね?」
「御意」
「判った――本部から九鬼門を送るように頼んでおこう。お前たちは下がってよい。……しばらくな」
ギルガインたちはそう言われ、部屋を後にした。
退出した後、バルガスは面白くなさそうな声を出す。
「チッ! 結局、本部の人間を呼ぶことになっちまったぜ。オレたちだけで、連中を始末できてれば、こんな事にならなかった。とんだ恥さらしだ」
「仕方あるまい。相手はあのジャック・ドゥルーズだったのだ」
ディランが眼でバルガスを威嚇しながら、そう声を洩らす。
だがバルガスは憤りを抑えきれない。
「いや、あの爺がどれだけ強かろうと、オレたちはあの竜姫を仕留めりゃよかったんじゃねえのか? 爺には竜姫をかばう義理も何もねえはずだ。つまらないちょっかいをかけるから、任務に失敗したんだぜ」
「……それは、俺が爺に手を出したのが、失敗の原因だと言いたいのか?」
ギルガインが苛立たしそうに口にした事を、バルガスは全力で肯定した。
「ああ、そうだよ! てめえが余計な真似しなきゃ、余計な邪魔が入ったりしなかったんだ」
「爺の技にビビッて、手も出せなかった臆病者が……俺に偉そうな口をきくな」
ギルガインがバルガスに凄む。だが、それに対し、バルガスは激昂した。
「なんだと? てめぇこそ、誰に向かってもの言ってんだ。いつも偉そうにしてるが、てめぇが別に最強なんじゃねえぜ」
「なんだと……」
ギルガインとバルガスが睨み合う。
そこにディランが口を開いた。
「よせ。仲間割れしてる場合か」
「ハン!? そもそもお前が、あの爺の前から撤退すべきだと言ったんだぞ。挙句がこの有様だ。しかも、あっさり爺に敵わねえとか認めやがって!」
「事実だから、仕方あるまい」
ディランが苛立った顔で、バルガスに告げる。
と、それまで黙って見ていたアイナが、口を開いた。
「フン、攻魔四元将なんてものものしい名前で売ってるから、さぞかし強いチームなんだろうと思って来てみりゃ――とんだ期待外れだよ」
「あんだと!? てめぇが爺にくだらねえ返し技喰らうから、ディランがビビって撤退指示出したんだろうが! ……シュラの代わりに鳴り物入りで入ってきたかと思いきや、とんだ期待外れだよ」
バルガスが、アイナを罵倒する。アイナは逆上の表情を見せた。
「なんだって、そんなにあの眼鏡のオトコみたいな女がよかったのかい? あんたの趣味に合わなくて、幸いなことだよ」
「――もう、やめないか!」
ディランが怒鳴る。が、バルガスの憤りは収まらなかった。
「おい、お前いつから俺たちのリーダーになったんだ? オレたちは同格だったはずだ。それを偉そうな物言いして、指示出しやがって……オレはもう、抜けさせてもらうぜ」
バルガスはそう言うと、ディランに背を向けて歩き去っていった。
その様子を見送ったアイナも口を開く。
「どうやら攻魔四元将は空中分解ってとこね。そもそも、『水禍の』シュラが抜けた時点で、終わりだったんじゃないの? ――アタシも抜けさせてもらうわ」
アイナもそう言うと、その場を去った。
残されたギルガインに、ディランが問う。
「お前はどうする。ギルガイン?」
「……どうもこうもねえさ」
ギルガインはそれだけ呟くと、やはり歩き去っていった。
一人になったディランは、自嘲めいた苦笑を浮かべた。
「攻魔四元将……ここまででしたかね」
『風雅の』ディランは、長い黒髪をなびかせてその場を歩き去った。
* * * * *
二週間後、ディランは呼び出しを受けて攻団支部へと出向いた。
その場にはバルガス、そしてアイナも来ていた。二人とは、全く会ってはおらず、二週間ぶりの再会だった。
「ギルガインがいないようですが?」
ディランはバルガスに言ったが、バルガスはそっけなく「知らねえよ」と、声をあげただけだった
やがて現れたゼーレ司教が、口を開く。
「お前たちは、竜姫の居場所を知っている。九鬼門をそこに案内せよ」




