第二十八話 気流柔術の神髄 1 気流剛術
神妙な顔のミシュレイに、ジャックは言った。
「この杖で竜娘を倒すほどの攻撃をするためには、杖を当てることを捨てねばならん」
「当てる事を捨てるのに――ダメージを与えるんですか?」
ミシュレイが当惑した顔で、ジャックに問う。
「当てるのは杖ではない。ダメージを与えるために必要な当ては、どうしたら得られる?」
「……踏み込みによる――全身力……」
ミシュレイは、考えながらもそう答えた。ジャックは頷く。
「おぬしは頭はよさそうじゃの。しかし頭がまわりすぎて、思いきりを失くしておる。敵を倒すためには、己を捨てる覚悟がなければならん。敵に踏み込む時は、最も己が無防備な時――おぬしはそれを判っておるな?」
「はい」
「その無防備さを避けるあまり、攻めに決め手を欠いておる。弱い杖で、相手を倒しきる威力を出す工夫をせよ」
ジャックの言葉に、ミシュレイは頷いた。
「判りました――」
そう答えたものの、戸惑いは隠しきれてない。
が、ジャックはそれに構わず、プリシアを見た。
「竜娘……少し感触を掴んだな?」
「はい、先生」
ジャックは頷くと、三人に向かって言った。
「己の至らぬ箇所は判ったじゃろう。それを補うべく独り稽古を工夫してせよ。昼前にもう一度、同じ組み合わせの立ち合いをする。なんの工夫もないようなら見放す。よいな」
「「「はい!」」」
三人は返事をした。そしてジャックは僕の方を向く。
「小僧、次はお前じゃ。来い」
ジャックはそう言うと、少し離れた場所まで僕を連れて行った。
「小僧、お前は剛術を学んだか?」
剛術? 聞いたことない言葉だ。
「いいえ、先生」
「やはりな。お前は気流柔術の一側面だけを学んでおる。お前の母、レフィーナは柔術だけを学び、剛術を学ぼうとしなかった。しかし本来、柔術は剛術を合わせて知ることで、さらにその神髄に達するもの――その修行途中で、レフィーナは戦いに赴いたのじゃ」
ジャックはそう言って、僕を見た。
「そうだったんですか……。その、剛術というのは?」
「気流渦を外に生み出し、攻撃を捌き投げを打つ。それが柔術の基本の形なのは判るな?」
「はい」
「気流剛術は、気流渦を体内に作る。――こうじゃ」
そう言うなり、ジャックの全身からただならぬ気力が溢れだした。
傍にいる僕に、風圧が迫る。
「――なんなんだぞ! 急に凄い気力を感じたんだぞ!」
いきなりライラが駆け込んできた。
ジャックは、じろり、と睨んでライラに言う。
「お前は、お前の修行をしておれ」
「こんなの見せられて黙ってられないぞ! あたしにも教えて欲しいんだぞ!」
そういきり立つライラに、ジャックは言った。
「お前の剣術には、お前が師匠から教わった気力の使い方、発力の仕方、身体能力の高め方があるはずじゃ。それを基本からよく思い出して、丁寧に自分のものにせよ。そうすれば儂の方法でなくとも、お前の剣術のふさわしい力が得られるはずじゃ」
ジャックの言葉を神妙な顔をして聴いていたが、ライラは納得したらしく頷いた。
「判った――もう一度、師匠の教えを想い出してみるんだぞ」
ライラはそう言うと、立ち去っていく。
ジャックは僕を見た。
「邪魔が入ったが、今のはただ気力を上げただけじゃ。これを渦にする」
とてつもない気力が、身体を包む気流になる。
見ると、足のつま先から螺旋状にまとわりつくように、気力の光が走っている。
「今は判りやすく身体の外に気流渦か作っておる。これを――体内に入れる」
身体の外を走っていた気力の光が体内に吸収された。
外からは、ほとんど変化があるようには見えない。
しかし感じてる気力は、やはり爆発的な巨大さだ。
「この外に漏れだす気力も抑え、体内で使う」
感じていた巨大な気力の気配が――一気に無くなった。
もう外側には変化はないし、気力も感じられない。
言ってみれば、普通の老人が立ってるだけだ。
「では、儂に触れてみよ」
「え、触ればいいんですか」
「そうじゃ」
僕は身構えた。そうは言っても、普通の老人なわけはない。
ここまで言うからには、そう簡単に触ることもできないだろうことも予想できる。
僕は自分の気力を上昇させた。
「おぬしはそんなもんではなかろう。そのベルトは不要じゃ。外せ」
「判りました」
僕は弱体化ベルトを外した。僕の中に竜気も膨らむ。
「ハアアアアアァァァ……」
僕は全力で気力と竜気を上昇させた。
ここまで本気になったのは――ギルガイン戦以来だ。
「行きます!」
一気に間合いを詰めてジャックに手を伸ばす。
触れた! ――と、思った瞬間、そこにジャックはいない。
気配を感じて振り返ると、右斜め後ろにいる。
いつ? どうやって?
だが、そのジャックが手を伸ばして僕に触れる前に、僕は身体を沈ませて横に跳ぶ。そして地面を蹴ってジャックに逆に触れようとした。
「クッ!」
だが、目の前のジャックがスッといなくなる。
今度は姿は見えている。だが――僅かに手が届かない。
僕はその後もジャックを追ったが、結局、触れることができない。
が、急にジャックが立ち止まった。
どうした? 動く気配がない。しかし、触れるなら、この機しかない。
「ダァッ!」
僕は一気に踏み込んで最速の接近を試みた。その瞬間だ。
「――え!?」
逆にジャックが接近している! その姿が目の前に――と思った瞬間、僕は腹に衝撃を受けて後ろに吹っ飛んだ。
「……うむ、予想通り、戦い方ができとらんのう」
ジャックが呟く。それを聞きながら、僕は地面を何回転も転がった。
「い……今のは――?」
「別になんでもない。お前が来る処に踏み込んで、ちょいと触っただけじゃ」
「……凄い衝撃です」
「そんなものは、当身ではない。こっちに来なさい」
僕は立ち上がって、ジャックの傍に行った。
「よいか。剛術の真の当身は、体内気流から発生した気力圧を衝撃に変える」
ジャックはそう言いながら、僕の腹に指先で触れた。
と、次の瞬間――僕は凄まじい衝撃を受けた。
身体を突き抜けると同時に、体内に広がる衝撃。
「ぐぅ………がはッ!」
あまりの衝撃を堪えきれず、僕はその場でうずくまった。
「これでも一割程度の力じゃ。もっとも、竜の身体を部分的に持つお前でも、それくらいの威力を感じることは間違いない。――これが剛術じゃ」
何か答えたかったが――衝撃の強さと、気持ち悪さで声が出ない。
「柔術と剛術――この二つを併せ持って、気流躰術は完成する。お前は柔術はそれなりじゃが、剛術がまったくできとらん。その辺もレフィーナそっくりじゃ」
僕はジャックの言葉に疑問を持った。
「……どうして母さんは――剛術を学ばなかったのでしょう?」
「剛術は自ら相手を攻める技……お前の母親は、戦いを望んでなかった」




