第二十七話 ジャック・ドゥルーズの稽古 1 入門
脇芽をとってみせた僕に、プリシアが不思議そうに訊いてきた。
「せっかく芽を出したのに……どうして取ってしまうんですの?」
そう訊ねたプリシアに、僕は笑顔で答える。
「脇芽が育っちゃうと、元から伸びてる枝葉の成長が悪くなる。そうすると、いい実をつけられないんだ」
「いい実をつけるためには、他に力を使わず、本筋に集中させねばならん。……しかしレフィーナは、儂が止めるのもきかず修行をきりあげて戦いに赴いた。才があったのに――つまらぬことをした」
ジャック・ドゥルーズが苦虫を噛み潰したような顔で、そう言った。
僕は思わぬ言葉にハッとなったが、ジャックの顔を凝視した。
「けど……その戦いは母さんにとって、避けられない道だったはずです。そもそも力を持つのは――人を助けるために力を使えるように……そう考えていたんじゃないでしょうか?」
ジャックは僕を見つめ返した。
と、ポツリと洩らす。
「やはり、あいつの息子じゃのう。同じ眼をして、同じことを言いよる」
「母さんのこと――判る気がするんです」
僕は微笑した。その僕に、ジャックは問うてきた。
「で、お前は儂に何を求めてやってきた?」
「人の居場所を探してます。レディアス・カミュという人です」
僕がその名を口にすると――ジャックの顔に、微かに驚きが走った。
が、すぐに平静な顔で口を開く。
「その者の居場所を知って――どうするつもりじゃ」
「会いに行きます」
僕がそう答えると、ジャックは僕を凝視した後、背を向けた。
「教えられんのう」
「……どうしてですか?」
「どうしてもじゃ」
ジャックは背を向けて、歩き出す。
僕はその背中に呼びかけた。
「レディアス・カミュという人は先生の弟子だったと聞きました。『教えられない』ということは、逆にご存知だということですね?」
ジャックは何も答えず、歩き去ろうとする。
僕はジャックの前に廻りこんで、ジャックに頭を下げた。
「お願いします! 所在不明のプリシアの父親――光龍王を探しているんです。レディアス・カミュに会って、光龍王の居場所を探さなければいけないんです」
「……その娘、光龍王の娘じゃったか」
ジャックはプリシアを見つめた。プリシアが頭を下げて、ジャックに懇願する。
「お願いします、先生。父の居場所を探して、その生存を確かめたいんです」
「ボクからもお願いします」
ミシュレイも頭を下げる。
「お前はなんじゃ?」
「クィードの両親とともに光龍騎士だった、魔導士シュート・クローネの娘です。ちなみに先生が昨日、のした娘は、同じく光龍騎士だった剣士ブレッカー・ストラグルの愛弟子です」
ジャックは段々畑の下にいるライラを見た。
「お前たち……何故、あの者らと戦っておった?」
「あいつらは滅竜士です。最初はプリシアを殺そうとするので戦いになり――後は、色々いきさつがあります」
「滅竜士か……」
ジャックが渋い顔で、そう口にする。僕はジャックに問うた。
「先生、どうして教えられないというんですか?」
「危険じゃ」
「危険? レディアス・カミュに会うのが……ですか?」
ジャックは厳しい顔で頷く。
「そうじゃ。あ奴は危険な存在になった。あ奴に会うには、お前たちは弱すぎる」
ジャックの厳しい表情に、僕らは驚くしかなかった。
けど――
「先生、ならば僕らを――強くして下さい! レディアス・カミュに会えるくらいに」
僕はジャックにそう懇願した。
ジャックは首を振る。
「修行は半端なことでは達成せん。一、二年でなんとかなるような話でもない。それに儂は、魔導士や竜を強くするような術ももっとらん」
僕はジャックの言葉を聴いて、逆に閃いた。
「お~い、ライラ! ジャック先生は、剣士は強くできる修行をつけられるそうだよ! 君もこっちに来て、お願いしないか!?」
「お、おい! 何を勝手なことを――」
ジャックは戸惑ってる間に、ライラが凄い勢いで段々畑を飛び越えてきた。
「そこの爺ちゃ――いや、先生が稽古をつけてくれるんだぞ?」
「いや、そんな話はしとらん」
「稽古をつけてくれるまで、何回でも挑戦するんだぞ! 負けたままじゃ、あたしの師匠に申し訳がたたないんだぞ」
意気込んで鼻息を荒くするライラに、ジャックは諦めたように息をついた。
「お前の師匠は――いい剣士じゃ」
「そうなんだぞ! 世界一の剣士なんだぞ!」
「じゃが……おぬし、その修行がまだ半端で出てきたじゃろう?」
ジャックの問いに、ライラは目を見開いた。
「そうかもしれないけど……けど、師匠から見送られて出てきたんだぞ。『お前の剣技で仲間を助けて、真実を見て来い』って言われたんだぞ」
ライラの言葉に、ジャックは眼を見開いた。
「真実――か……」
ジャックはそう洩らすと――少し目を伏せた。
と、ライラを見る。
「人を殺すことは誰でもできる」
「な、なんだぞ、いきなり?」
ライラが突然の話に、驚いて声をあげた。
が、構う様子はなく、ジャックは言葉を続ける。
「人を殺すなんて、包丁の一本もあれば誰でもできることじゃ。しかし、包丁や剣を持った相手から殺されないように身を守る――これは容易にできることではない。これは素人に簡単にできる事ではなく、戦う『術』を持たなければ出来ぬことじゃ」
ライラはまだ不審げな顔でジャックを見ている。
「それが……どうかしたんだぞ?」
「『武』の本質とは、人を傷つける術にあるのではない。剣の本質も、人を斬ることにあるのではない。――お前は相手を斬ろうとしすぎている」
ライラがやっと判ったように、眼を見開いた。
「クィードにもそんな事、言われたんだぞ。『邪気に囚われると、人は自分を見失う』って」
「クィード……小僧、お前のことじゃな?」
「はい。――その言葉は、僕の師匠、ネフィーラから教わった言葉です」
ジャックは僕を見つめた。
「人は剣を持てば人を斬ることができる。じゃが、剣に斬られぬことは容易なことではない。せめて人は、自らも剣を持って対抗するじゃろう。『剣でも握っておれ』とは、そういう意味じゃ。剣を侮って言ったのではない」
「……承知してます」
「あたしは、承知じゃなかったんだぞ!」
ライラは怒るのを横目に、ジャックは僕の眼を見た。
「その剣を持つ相手に無手で挑むこと。この意味が――判っておるのじゃな?」
「そのためには――相手より高い技量と境地を持たねばならない……ですね」
ジャックは頷いた。
「セイン・バルトという儂の弟子が、レフィーナの妹を弟子にしたと聞いた。お前の師、ネフィーラがそれであろう。……よく、教えは伝わっているようじゃ」
つまりジャック先生は、ネフィーラの先生の先生――僕は孫弟子ということになる。
「ジャック先生――僕たちに稽古をつけていただけませんか。僕たちは、これから『本当の敵』と戦わなければならないんです」
僕はジャック・ドゥルーズの前で、膝を折って正座をした。
「お願いします!」
僕は地面に着くくらいに頭を下げる。
と、僕の右隣にプリシアが正座する。
「わたしも――お願いします!」
「ボクも……お願いします」
左隣にミシュレイが正座して、二人は頭を下げた。
「え? あ、あたしも――お願いするんだぞ!」




