3 ジャック・ドゥルーズ
小さな身体の老人が、鋼鉄姿のギルガインを崖に投げつける。その状態で老人は、なんでもない雰囲気でギルガインに拳を打ちこんだ。
「渦打」
いきなり、ギルガインのめり込んだ崖が、さらに凹む。
逆さになったギルガインが、口から血を吐いた。
「ガハァッ!」
……どういうことだ? 僕が打っても、ギルガインの鋼鉄の身体にはダメージを浸透させられなかったし、外部衝撃も与えられなかった。
あの老人は――
「オイオイオイ! 爺さんよ、俺の仲間になにしてくれてんだよ!」
バルガスが老人に怒鳴りつける。
「なんじゃ、もう一回投げられたいのか? 今度は、もうちっと痛くするぞ」
「ぐ……」
バルガスが、口をつぐむ。
ライラと戦っていたディランが、戦いを中断して目を見張っている。
「まさか、お前は――いや……あなたは――」
ディランが、唇を震わせて声を洩らした。
「『聖凱覇手』ジャック・ドゥルーズ……」
「フン、仰々しい字などつけおって――昔の話じゃ」
ディランが、汗を垂らしながら後ずさる。
「バルガス、アイナ――ギルガインを連れて撤退です……」
「なんだって? そんな爺さん一人になにビビッてんだよ!」
『氷華姫』アイナはそう怒鳴ると、老人――ジャック・ドゥルーズに向けて氷柱のミサイルを放った。
「しつけがなっとらんな」
ジャックは両手を前に向ける。と、大量の氷柱ミサイルが、その両手に吸い込まれるように収束していく。
「自らの手を離れた力は、自らの意志を離れ、操作性を失う。――よく自覚せい」
くるりと手を返すと、氷柱ミサイルが全てアイナに向かって反転した。
その大量の氷柱ミサイルが、アイナに衝突して爆発する。
「くぅ……なぜ――」
ボロボロになったアイナが、悔しそうに唇を噛む。
「どうでもいいが、人の庭先で騒ぐのをやめんか! 早く立ち去れ!」
ジャック・ドゥルーズがそう怒鳴ると、ディランが声をあげた。
「バルガス、アイナを連れて去るんです!」
ディランはギルガインを担ぐと、その場から風のように消え去った。
「チッ……行くぜ、アイナ」
「ジジィ――必ず、ブチ殺してやる!」
肩を貸そうとしたバルガスを押しのけて、アイナは憎々し気にジャックにそう言い放った。二人はそして、その場から消えた。
「お前らも消えんかい」
「ま……待ってください――」
僕は立ち上がって、老人の元へと近づいた。
「貴方が――ジャック・ドゥルーズさんですね?」
「そうじゃが……お前、どこの誰に気流柔術を学んだ?」
「ネフィーラさんからです」
ジャックは眉をひそめた。
「知らんな……じゃが、お前の半端な気流柔術じゃ命とりじゃ。もう使うのはやめて、剣でも握っとれ。その方が数段マシじゃ」
そう言ってジャックはその場を立ち去ろうとする。
僕はその背中に声をかけた。
「僕の母さんは――レフィーナ・ロランです!」
ジャックの足が止まった。
振り返ると、帽子のつばを指であげる。
「……なんじゃと?」
「僕の母さんはレフィーナ・ロラン、父さんはルヤード・ロラン。そして僕の柔術の師匠が、叔母にあたるネフィーラさんです」
ジャックがじっと僕を見つめた。
「レフィーナに妹がいると言っておったな……セインの弟子の――弟子か」
「貴方に会うために……此処まで…来ました――」
そう言う僕の視界が歪む。
僕は自分の身体を支えきれず、ぐらりと倒れた。
* * * * *
起きると――木造りの天井が見える。そして地面に敷いたマットの上。
「……此処は?」
ふと見ると、隣にプリシアも寝かされていた。
「プリシア! 大丈夫!?」
「う……うぅ――」
プリシアが微かに意識を取り戻す。僕はプリシアに、治癒の光を浴びせた。
「治癒!」
「あ……うン――」
微かに甘い声を出す。プリシアは目覚めた。
「クィード……」
「起きたかい、プリシア?」
「ここは?」
改めて周囲を見回す。小さな、丸木小屋だ。
人が暮らしてる気配はあり、家具も最低限にあった。
「判らない。僕も気づいたら、隣に寝かされていたんだ」
「あ……はン……くン――」
プリシアが赤い顔をして、身悶えする。
「プリシア、あまり声をたてないようにね」
「判ってますわ……けど…あっ――」
プリシアが濡れて光る唇から、吐息を洩らした。
その時、小屋の外から声がした。
「爺ちゃん! あたしと勝負するんだぞ!」
「どうして、儂がお前と勝負せにゃならん?」
「クィードに『剣でも握っとれ』と言ったぞ。あれは――剣士に対する侮辱だぞ」
声の主はライラだ。どうやらジャック・ドゥルーズに食って掛かってるらしい。
ギルガインがあんなにやられた後で、よく勝負を挑む気になるな。
「おかしなことになってる……外に行こう」
「クィード、歩けますの?」
僕は立ち上がろうとして、胸の痛みに気付いた。
「肋骨が折れてる――治癒」
なんとか自己治癒を施すと、僕は小屋の外に出た。
外に出ると、金網のカゴのなかに、何か肉を並べてるジャック・ドゥルーズがいる。その後ろに、ジャックにつきまとうようにライラがいて、そのさらに後ろに困り顔のミシュレイがいた。
ミシュレイが、僕たちに気付く。
「クィード、プリシア! もういいのか?」
「うん。プリシアも治癒したし、僕も自己治癒した。もう大丈夫」
「よかった」
微笑むミシュレイに、僕は訊いた。
「ところで――あれはどういう状況?」
僕はライラに視線を向ける。
ライラはしきりと、ジャックにからんでいる。
「あたしと勝負するんだぞ」
「ええい、うるさい娘じゃのう――お、気付いたな。おい! レフィーナの息子!」
ジャックが僕に気付いて、声をあげる。僕はその声に返した。
「僕の名前は、クィード・ロランです!」
「クィードか、なんでもいいから、早くこの小娘を連れて立ち去れ!」
「小娘も小馬鹿にした表現だぞ! そんなにバカにされて黙ってられないぞ! 爺ちゃん、あたしと勝負するんだぞ!」
ライラは僕の方を向いて怒鳴った。
「クィードからも、あたしと勝負するように、このクソ頑固爺ぃに言うんだぞ!」
「そういう汚い侮辱用語は使っちゃダメだよ、ライラ」
僕は苦笑しながら、そう言った。




