配信とは?④
「いや逆だろ!?」
俺は反射で叫んだ。
「こういう時って普通“今すぐ切れ!”じゃないの!?」
「ダメ」
リリスは即答した。
「切った瞬間、りんの座標が固定される」
「意味が分からん!!」
「今は配信が“ノイズ”になってるの」
彼女は空を睨んだまま言う。
「視聴者の観測が混ざって、りんの存在が曖昧化してる」
【その通り】
【コメント欄が結界】
【同接が盾】
【我らが防壁】
「お前ら防壁だったの!?」
ただのキモいリスナーじゃなかったの!?
いやキモいのは変わらんけど。
夜空の“目”がこちらを見下ろしている。
見るだけで頭が痛い。
視界が歪む。
吐きそう。
『――門』
頭の中に直接声が響く。
『開け』
「っ……!」
耳を塞ぐ。
意味ない。
脳に直接流し込まれてくる。
みうが膝をついていた。
「お兄……これ、ヤバ……」
「みう!」
駆け寄ろうとした瞬間。
リリスが俺の肩を掴む。
「見ちゃダメ」
「でも!」
「目を合わせると引っ張られる」
彼女の声は冷静だった。
だが、その手は少し震えていた。
……こいつでも怖いのか。
【神界まだか!?】
【遅い!!】
【女神共なにしてる!!】
【回線混雑】
【世界間通信障害】
「異世界にも通信障害あるの!?」
その時。
コメント欄が突然、金色に染まった。
【《システム通知》】
「え?」
【高位存在の接続を確認】
【権限レベル:神格】
【強制ログイン開始】
次の瞬間。
部屋中に、白い光が溢れた。
「うおっ!?」
空気が変わる。
さっきまでの重苦しさが、一瞬だけ押し返された。
天井の穴から、羽が舞い落ちる。
白銀。
光る羽。
そして。
空中に巨大な魔法陣が展開された。
【来た】
【女神様だ】
【神界接続成功】
【うおおおおおお】
光の中心から、一人の女性が降り立つ。
長い金髪。
純白の衣。
背中の光輪。
いかにも“女神”ですって感じの見た目。
だが。
第一声が終わっていた。
「りんくんこんばんは〜〜〜!!!!」
「テンション軽っ!?」
女神は満面の笑みで手を振っていた。
「初めまして!
コメント欄では“アルテナ☆”って名前でやってます♡」
「お前かァ!!」
【古参女神】
【神界最古参】
【解釈違いで戦争した人】
「物騒な情報出すな」
アルテナはリリスを見る。
「あ、リリスちゃんいたんだ」
「いたけど」
「また勝手に現界したの?」
「推しが危なかったから」
「分かる〜♡」
「分かるんだ……」
なんなんだこいつら。
世界観が軽い。
だが次の瞬間。
アルテナの表情が変わる。
空を見上げる。
「……うわ」
初めて、彼女が嫌そうな顔をした。
「最悪じゃん。“外側”の本体来てる」
『観測』
空の目が瞬く。
その瞬間、部屋の壁が軋んだ。
マンション全体が震える。
「きゃっ!?」
みうが俺にしがみつく。
外から悲鳴も聞こえた。
近所の人だ。
そりゃそうだ。
空に目玉浮いてるんだから。
「これマズくない!?」
「かなりマズい」
アルテナは真顔で頷く。
「本来なら世界滅亡案件」
「軽く言うな!!」
「でも安心して♡」
女神はニコッと笑った。
「りんくんを守るためなら、神界と魔界が一時休戦するから!」
【うおおおおお】
【歴史的瞬間】
【神魔同盟】
【熱い】
「なんで配信映えみたいな空気になってんだ!!」
その時。
ピコン。
また通知。
『スーパーチャット ¥1,000,000』
「…………は?」
全員止まる。
コメント欄すら止まった。
そして。
真っ黒な文字が表示される。
【《無名》:
開け】
ゾワッ。
同時に。
部屋中のモニターが真っ黒になった。
スマホ。
テレビ。
電子レンジの液晶まで。
全部。
黒い画面に変わる。
そこに映ったのは。
“笑っている俺”。
『開けろよ』
そいつはニタァと笑う。
『お前、退屈なんだろ?』
心臓が跳ねた。
その言葉だけ。
妙に胸に刺さった。
『変わりたかったんだろ?』
「っ……」
『だったら』
黒い俺が、画面越しに手を伸ばす。
『こっち来いよ』
その瞬間。
世界から音が消えた。
そして俺は気づく。
――黒い画面の向こう側。
そこに、もう一人。
誰かが立っている。
そいつは。
俺と、全く同じ顔をしていた。
「…………は?」
思考が止まる。
黒い画面。
その奥。
俺がいる。
いや、“俺だったもの”みたいな何か。
髪は伸び、目の下は真っ黒に落ち窪み、口だけが裂けるみたいに笑っている。
それが、ゆっくりこちらへ近づいてきた。
『いいなぁ、お前』
「…………」
『まだ、選べるんだ』
喉が詰まる。
意味は分からない。
なのに。
なぜか“理解してしまう”。
こいつは――未来の俺だ。
【見るな!!!】
【認識を切れ!!】
【あれは罠】
【“成れ果て”だ】
コメント欄が絶叫している。
だが俺の視線は逸らせない。
黒い俺が笑う。
『配信、楽しいか?』
「……」
『誰かに見られて、求められて、必要とされるの』
胸が痛む。
図星だった。
楽しい。
認められたかった。
数字が増えるたび、脳が痺れる。
五万同接。
スパチャ。
コメント。
ずっと欲しかった。
“誰かに必要とされる感覚”。
『分かるよ』
黒い俺が言う。
『だって俺も、お前だから』
その瞬間。
頭の奥に、知らない記憶が流れ込んできた。
世界。
炎。
崩壊。
無数の目。
そして。
配信し続ける俺。
笑いながら。
壊れながら。
「――ッ!!」
頭痛。
膝から崩れ落ちる。
「お兄!?」
みうの声。
遠い。
黒い俺は優しく囁く。
『なぁ、りん』
『このままだと、みんなお前を求めるぞ』
『神も、魔王も、世界も』
『配信をやめられなくなる』
ぞくり。
その言葉だけ、異様にリアルだった。
『でも』
黒い俺が、口元を歪める。
『それって最高じゃないか?』
「…………」
反論、できなかった。
だって。
俺は今、人生で一番“生きてる”実感を得ている。
退屈だった日常。
変わらない300人。
腐りかけてた人生。
それが今――。
世界ごと俺を見ている。
心臓が熱い。
怖いのに、興奮している。
黒い俺が笑った。
『来いよ』
『もっと面白い場所へ』
手を伸ばしてくる。
その時だった。
――バチン!!
衝撃。
俺の頬に激痛が走る。
「っっ!?」
横を見る。
みうだった。
妹が、俺をぶん殴っていた。
「…………は?」
「キモ」
「第一声それ!?」
みうは涙目で睨んでくる。
「なんか今、すっごい嫌な顔してた」
「え」
「酔ってたよ、お兄」
心臓が止まりそうになる。
黒い画面を見る。
そこにいた“俺”は、つまらなそうに目を細めていた。
『……邪魔』
次の瞬間。
画面から黒い手が伸びる。
「みう!!」
だが、その前に。
紅い炎が手を焼き切った。
リリスだ。
さらに。
黄金の鎖が黒い画面を拘束する。
アルテナ。
「りんくん」
女神が真顔で言った。
「絶対に、あれの言葉を信じちゃダメ」
「……あれ、何なんだ」
アルテナは答える。
「可能性のひとつ」
「可能性?」
「“門”だった人間の末路」
部屋が静まり返る。
黒い俺は、画面の向こうで笑っていた。
『末路とは失礼だな』
「黙れ」
リリスが低く言う。
今までで一番冷たい声だった。
黒い俺は肩を竦める。
『お前らだって同じだろ?』
『こいつを手放せない』
コメント欄が止まる。
黒い俺は続ける。
『神も魔王も、“配信”に依存してる』
『こいつが喋るたび、世界が変わる』
『面白すぎて、もう戻れない』
アルテナの顔が強張る。
リリスも否定しない。
その沈黙が、答えだった。
「……は?」
俺は乾いた声を漏らす。
「お前ら……マジで、そんな感じなの?」
リリスが目を逸らす。
アルテナは気まずそうに笑う。
「えへ♡」
「誤魔化すな」
黒い俺が爆笑した。
『ほらな?』
『お前はもう、“コンテンツ”なんだよ』
その瞬間。
スマホが震える。
通知。
『登録者数100万人突破』
「……………………」
空気が凍る。
たった数時間。
それだけで。
人生が壊れるほどの数字。
コメント欄が狂喜乱舞する。
【伝説】
【神回】
【歴史の目撃者】
【世界一位】
【王】
黒い俺が、ゆっくり笑う。
『ほら』
『気持ちいいだろ?』
俺は――。




