配信②
「……これ命懸かってんのに、収益化喜んでる場合か?」
【場合です】
【おめでとうございます!】
【収益化記念】
【王の門出】
【泣いた】
【ここから伝説が始まった】
「コメント欄のテンションが軽すぎる」
俺は引きつった顔で笑った。
いや笑うしかない。
だってさっきまで命の危機だったんだぞ?
なんか黒い化け物いたし。
魔王が画面から炎出したし。
部屋焦げてるし。
なのに。
『収益化条件を達成しました』
という文字が、やたら現実感を持って脳に刺さる。
「……収益化」
ぼそっと呟く。
みうが冷めた目で言った。
「現実逃避?」
「違う。人類の夢」
俺は震える手で収益化申請ボタンを押した。
カチッ。
その瞬間。
【うおおおおおお】
【承認された】
【儀式完了】
【王が正式に戴冠】
【世界線固定】
「固定すな」
みうが焦げ跡をスマホで撮影している。
「これ伸びそう」
「お前ほんと容赦ねぇな」
「タイトルどうする?
“兄の部屋が燃えました”?」
「やめろ縁起でもない」
「“魔王に救われた兄”」
「もっとダメ」
すると、ピコンと通知が鳴る。
みうの顔色が変わった。
「……え」
「どうした」
「企業案件来た」
「は?」
「え、待って、しかも大手」
俺も固まる。
「早くね?」
「バズった人間に群がる速度、ハイエナより速いから」
嫌な真理だった。
みうはスクロールしながら言う。
「“怪異系インフルエンサーとしてコラボ希望”だって」
「誰が怪異系だ」
【怪異ではない】
【神話級】
【分類不能】
【災厄寄り】
「やめろ不穏な分類するな」
俺は深いため息を吐いた。
頭がぐちゃぐちゃだ。
現実感がない。
だが一つだけ確かなことがある。
人生が、おかしくなり始めている。
それも、かなり。
「……今日はもう終わるか」
【え】
【嫌です】
【もっと】
【24時間やれ】
【寝るな】
「ブラック企業か?」
配信者にも人権はあるんだぞ。
多分。
俺は配信終了ボタンへカーソルを動かした。
その時。
コメント欄に、見慣れない名前が現れた。
【《無名》】
たったそれだけの名前。
だが。
コメント欄が、一瞬で静まり返る。
【……】
【おい】
【なんでいる】
【最悪】
【観測された】
「え?」
無名は、一言だけコメントした。
【見つけた】
ゾッ――。
鳥肌。
理由もなく、本能が警鐘を鳴らす。
今までのふざけたノリと違う。
“本物”の嫌な感じ。
「……誰だよ、お前」
コメントを打ち込む。
返事はない。
だが。
配信画面が、ジジッとノイズを走らせた。
【逃げろ】
【切れ!!】
【今すぐ!!】
【そいつはダメ】
「だから何なんだよ!」
俺が叫んだ瞬間。
PCモニターが真っ黒になった。
そこに映ったのは――。
俺自身。
カメラ映像ではない。
真っ黒な背景に立つ、“もう一人の俺”。
そいつはニタァと笑っていた。
『よう、天音りん』
「ッ!?」
『やっと見つけた』
心臓が止まりかける。
だが次の瞬間。
――ガァン!!
窓ガラスが外から割れた。
「うおっ!?」
冷たい夜風が吹き込む。
ガラス片が散る。
そして。
窓の外。
マンション三階のはずなのに。
そこに、一人の少女が立っていた。
宙に。
白銀の髪。
紅い瞳。
黒いドレス。
さっきモニター越しに見た少女。
魔王、リリス。
彼女は不機嫌そうに眉をひそめながら言った。
「……あーあ。間に合わなかった」
「…………は?」
「こんばんは、りん」
少女は、配信の時と同じ声で笑った。
「初対面だね。私の最推し配信者くん?」
「……………………」
脳が停止した。
完全に。
目の前の光景を理解することを、拒否した。
だっておかしいだろ。
三階だぞ?
ここ。
しかも夜。
しかも窓の外に女が浮いてる。
警察案件とかいう次元じゃない。
物理法則への反逆である。
「…………みう」
「なに」
「俺、寝不足かな」
「残念ながら現実っぽい」
妹は妙に冷静だった。
なんで?
普通もうちょい叫ばない?
人類として。
リリスは割れた窓枠に腰掛ける。
ガラス片が、彼女に触れる寸前で赤い火花になって消えた。
ファンタジー演出が強すぎる。
【魔王様だ】
【現界成功】
【うおおおおおお】
【かわいい】
【神々ざまぁ】
「コメント欄うるせぇ!」
リリスが首を傾げる。
「りん、叫ぶと喉潰れるよ?」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「私?」
「正解!!」
彼女は満足そうに頷いた。
なんなんだこいつ。
俺は頭を抱える。
「待て待て待て。整理するぞ」
「うん」
「お前、魔王?」
「うん」
「本物?」
「うん」
「なんで?」
「好きだから」
「主語が足りねぇ!!」
会話がふわふわしすぎて怖い。
みうが横から聞く。
「えっと……リリスさん?」
「なぁに、妹ちゃん」
「お兄のこと、なんでそんな好きなんです?」
ナイス質問。
そこ超重要。
リリスは少し考えてから言った。
「救われたから」
「……は?」
「りんの配信で」
彼女は赤い瞳を細める。
「昔の私は、つまんなかったの」
コメント欄が静かになる。
普段ふざけてる連中まで、息を潜めたみたいに。
「戦争して、勝って、支配して。
全部思い通りで。
誰も逆らえなくて」
リリスは小さく笑った。
「だから、飽きてた」
その笑みは、少し寂しそうだった。
「そんな時、偶然りんの配信を見つけた」
――『人生だりぃ』
――『炭酸抜けてる。人生みたいだ』
――『FPSも人生も突っ込んだ奴が勝つ』
「くだらなくて、弱くて、必死で」
彼女は俺を見る。
「なのに、すごく面白かった」
「…………」
「だから気づいたの。
あぁ、“生きてる”ってこういうことなんだ、って」
コメント欄。
【魔王様……】
【泣いた】
【古参勢の始まり回想】
【エモ】
「いやちょっと待て」
なんか良い話っぽい空気になってるけど。
「それで異世界征服したの?」
「うん」
「なんで?」
「りんが“突っ込める奴が勝つ”って」
「言葉を重く受け止めすぎなんだよ!!」
俺は叫んだ。
こいつら全員、解釈が極端すぎる。
リリスはきょとんとしている。
「違った?」
「違うわ!」
「じゃあ西大陸落とさなかった方がよかった?」
「当たり前だろ!!」
【歴史修正】
【西大陸、無駄死に】
【草】
「草じゃねぇ!」
みうが腹を抱えて笑い始めた。
「ふ、っ、あはははは!!
お兄、異世界で思想家みたいになってんじゃん!」
「笑い事じゃねぇよ!」
「いやでも超おもろい」
こいつ、完全に他人事だな?
兄の人生なんだと思ってんだ。
すると。
リリスの表情が、ふっと変わった。
真剣になる。
「……でも、ごめんね」
「え?」
「本当は、もっと早く来るつもりだった」
部屋の空気が少し冷える。
コメント欄もざわつき始めた。
【来る】
【まずい】
【もう追ってきたか】
【境界が薄い】
「……何の話だ?」
リリスは窓の外を見た。
夜空。
その暗闇の向こうを睨みつける。
「りん、“無名”を見たでしょ」
俺の背筋が強張る。
あの黒い画面。
もう一人の俺。
嫌な寒気が蘇る。
「あれはね」
リリスが静かに言った。
「“観測者”」
「観測者?」
「世界の外から、“門”を探してる存在」
コメント欄。
【奴らは増える】
【見つかれば終わり】
【世界ごと喰われる】
【だから隠してたのに】
俺は乾いた唇を舐めた。
「……つまり?」
「つまり」
リリスはにっこり笑う。
とんでもなく可愛い笑顔で。
「りん、今めちゃくちゃ狙われてる」
「軽く言うなァ!!」
その瞬間だった。
――ピシ。
天井に、ヒビが入った。
「…………え?」
ピシ、ピシピシ。
黒い亀裂。
まるで空間そのものが割れていくみたいに。
コメント欄が絶叫に変わる。
【上だ!!】
【逃げろ!!】
【来るぞ!!】
【配信切れ!!!】
そして。
ヒビの奥から。
“目”が覗いた。
巨大な。
人間じゃない。
星みたいに黒い眼球。
それが天井越しに、こちらを見下ろしていた。
「――――」
恐怖で声が出ない。
リリスだけが、静かに立ち上がる。
「……あーあ」
彼女はため息を吐いた。
そして。
腰のあたりから、真紅の剣を引き抜いた。
炎みたいな刀身。
空気が焼ける。
魔王は笑った。
「私の推しの家、壊すなよ」
魔王怖っ




