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配信①

うぇーい

『――配信を開始しました』

「はいどうもこんばんは、世界一低燃費で生きてる男、天音りんで〜す」

 慣れた手つきでマイクを叩く。

 コンビニで買った千円くらいの安物だ。叩くたびに「ボボッ」と死にかけの虫みたいな音がする。

 画面右上。

 視聴者数、298。

「お、二人逃げた。裏切り者です」

【こんばんわ魔王様〜】

【待機】

【今日も世界救済助かる】

【こんばんは、我が預言者】

【草】

「いやコメント欄治安終わってんな」

 いつものことだが。

 俺の配信には、やたら設定の濃い奴が多い。

 “魔王”

 “女神”

 “封印されし賢者”

 “世界蛇”

 “第六天使”

 “無貌の王”

 などなど。

 中学生の自由帳みたいな名前の連中が毎日毎日湧いてくる。

 昔は「うわキツ」と思っていたが、人間、慣れる生き物である。

 今では「固定客ありがてぇ」くらいにしか思ってない。

「で、今日は何するかって話なんですけど」

 俺は椅子をギシギシ鳴らしながら天井を見る。

「なんか人生逆転する方法募集」

【戦争】

【革命】

【信仰を集めろ】

【まず王を殺します】

【生贄】

「物騒!!」

 なんでこいつら毎回こんな殺意高いの?

 ネットって怖。

「もっとこう……あるだろ。株とかさ」

【株とは領土のことか】

【王国運営シミュ】

【なるほど】

【民を買えという意味ですね】

「誰も言ってねぇよ」

 コメントを流し見しながら、ペットボトルのコーラを飲む。

 炭酸が抜けてる。

 人生みたいだ。

「でもマジで金欲しいんだよなぁ」

【必要なら献上する】

【我が国の財宝を】

【神殿を売れば】

【先日の侵略で得た戦利品が】

「侵略すな」

 こいつら、ノリが異常にリアルなんだよな。

 ロールプレイにしては解像度が高いというか。

 たまにガチっぽくて怖い。

 ……まあ、暇人の集まりなんだろうけど。

「そういや今日、学校で先生に言われたわ。“天音、お前このままだと留年だぞ”って」

【教師を処刑しろ】

【不敬】

【首を晒せ】

【我らの王に対して無礼】

「お前らコンプラって知ってる?」

 最近のネット、すぐ炎上するんだからな?

 俺はため息を吐き、机に突っ伏した。

「はぁ〜……人生だりぃ」

 その瞬間。

 コメント欄の流れが、一瞬止まった。

【……】

【預言】

【来るか】

【沈黙の儀式だ】

【始まる】

「いや始まんねぇよ」

 なんなんだよ。

「人生ってさ、結局“ノリ切った奴”が勝つじゃん?」

 適当に喋る。

「失敗とか気にしてる奴から死ぬんだよ。突っ込める奴が強い。FPSも人生も一緒」

【―――】

【……なるほど】

【理解した】

【全軍へ通達】

【躊躇するな】

【進軍開始】

「え、なに?」

 コメント欄が急に高速で流れ始める。

 普段でもキモいのに、今日はなんか熱量が違う。

【我らが王の御言葉】

【停滞こそ敗北】

【革命の時だ】

【鬨の声を上げろ】

「いや怖い怖い怖い」

 その時だった。

 ピコン。

 聞き慣れない通知音。

『スーパーチャット ¥50,000』

「は?」

 俺は固まった。

 画面には、紫色の派手なコメント。

【リリス魔王ちゃん:

 預言感謝。ひとまず西大陸を落としました♡】

「…………は?」

 五秒止まった。

 脳が理解を拒否した。

「いや、え?」

 五万?

 ごまん?

 0一個多くない?

「いや待って待って待って」

【おめでとうございます】

【覇道の始まり】

【収益化目前】

【世界統一記念】

【草】

「草じゃねぇ!!」

 俺は勢いよく机に頭をぶつけた。

 ゴンッ!!!!

「いっっっっった!?」

【かわいい】

【脳震盪】

【この痛みすら尊い】

【血を聖遺物として保存します】

「するな」

 怖い。

 普通に怖い。

 だが――。

「……五万?」

 心が揺れた。

 めちゃくちゃ揺れた。

 だって五万だぞ?

 今の俺の全財産より多い。

 人間としての尊厳とか恐怖とか、そういうものを飛び越えて“生活”がチラつく金額だ。

「え、マジ? ドッキリじゃなく?」

【当然】

【王への献上】

【些少ですが】

【次は聖剣を送ります】

「いらねぇ」

 即答した。

 怖いので。

「ていうかお前ら何者なんだよ……」

 半笑いで呟く。

 すると。

 コメント欄が、一瞬だけ静まり返った。

【我らは】

【あなたに救われた者】

【世界を変える御方】

【“向こう側”の民です】

「はいはい設定乙」

 俺は笑って流した。

 だがその時。

 カタッ。

 部屋の隅で、何かが動いた。

「……ん?」

 振り返る。

 誰もいない。

 ……気のせいか?

【気づかれた?】

【まだ早い】

【観測を抑えろ】

【干渉値上昇】

「だから怖ぇってお前ら!」

 その瞬間。

 ――コンコン。

 部屋のドアがノックされた。

「おにーい」

 妹の声だ。

「なんだよ」

「なんかさ」

 ドア越しに、妹は妙に真面目な声で言った。

「お兄の部屋、今すっごい赤く光ってない?」

妹の一言で、背筋が凍った。

「……は?」

 思わず間抜けな声が漏れる。

 俺はゆっくり後ろを振り返った。

 部屋はいつも通り――では、なかった。

 PCのモニター。

 その奥。

 壁際の空間が、うっすら赤黒く明滅している。

 まるで熱を持った鉄みたいに。

「…………」

 いやいやいや。

 待て待て待て。

 なんだこれ。

 LED?

 反射?

 近所の車のブレーキランプ?

 脳が必死に“普通”を探す。

 だがコメント欄は、そんな俺を置いて祭り状態だった。

【接続安定】

【門が開く】

【ついに】

【現界の兆候】

【魔王様きた!?】

【赤は魔界側】

「赤は魔界側って何!?」

 俺は叫んだ。

 怖ぇよ!!

 しかも妙に設定が統一されてるのが嫌なんだよ!!

「おい妹! ちょっと待っ――」

 ガチャ。

 普通にドアが開いた。

「え?」

 ひょこっと顔を出したのは、妹――天音みう、16歳。

 制服姿のままスマホをいじっている。

 ちなみにフォロワー三十万人のTikT◯kerである。

 兄妹格差やめろ。

「うわ」

 みうが部屋を見て固まった。

「なにこれ」

「いや俺が聞きたい」

 赤い光は、確かに存在していた。

 空間が揺らいでいる。

 陽炎みたいに。

 その中心だけ、空気が歪んで見える。

【観測者追加】

【妹君だ】

【ついに血族が】

【歓迎しろ】

【捧げよ】

「捧げんな」

 みうが俺のモニターを覗き込む。

「また変なリスナー増えてる」

「最近ずっとこんなん」

「てかお兄、これエフェクト?」

「違う」

「じゃあ心霊?」

「やめろ」

 オカルトは配信のネタにしてるだけで、ガチは普通に怖い。

 俺は椅子から立ち上がった。

 赤い光へ近づく。

 熱はない。

 けど、妙な圧迫感がある。

 耳鳴りみたいな音もする。

「……なんか、向こう見えね?」

 みうが呟く。

「は?」

 目を凝らす。

 揺らぐ赤の向こう。

 そこには一瞬だけ――。

 巨大な玉座が見えた。

 黒い城。

 燃えるような空。

 角の生えた影。

 そして。

 こちらを見つめる、金色の瞳。

「ッ!?」

 心臓が跳ねた。

 次の瞬間、映像は消える。

 赤い光も、霧が晴れるみたいに消滅した。

 静寂。

「…………」

「…………」

 兄妹そろって固まる。

 コメント欄だけが異様な速度で流れていた。

【接続切れた】

【惜しい】

【魔王様〜!】

【あと少しだった】

【現界失敗】

【次回に期待】

「いやいやいやいや!!」

 俺は絶叫した。

「何!? 今の何!?」

【ご安心ください】

【仕様です】

【仕様なら仕方ない】

「よくねぇよ!!」

 みうがじーっと俺を見る。

「お兄」

「な、なんだよ」

「それ、マジでヤバい配信じゃない?」

「今更?」

「違くて」

 みうはスマホ画面を見せてきた。

 TikT◯kの通知欄。

 大量のDM。

『あの赤いの何?』

『加工?』

『怖』

『演出うますぎ』

『新企画?』

「……は?」

「今、お兄の配信切り抜きが急に伸びてる」

「え」

 みうがスワイプする。

 そこには俺の絶叫シーン。

『底辺配信者、配信中に異界を開く』

 再生数。

 ――47万。

「…………」

 沈黙。

 コメント欄。

【世界へ見つかった】

【始まったな】

【時代が】

【覇道】

【収益化おめでとう】

「いや待て待て待て待て」

 俺は頭を抱えた。

 理解が追いつかない。

 なんなんだよ今日。

 五万スパチャ。

 謎の赤い空間。

 意味不明な幻覚。

 急なバズ。

 情報量で脳が死ぬ。

「……お兄」

 みうが真顔で言った。

「これ、多分人生変わるよ」

「やめろその言い方」

 死亡フラグみたいだから。

 するとその時。

 ピコン。

 また通知音。

『スーパーチャット ¥100,000』

「は?」

【女神アルテナ:

 勇気ある第一歩でした。次は“門”を安定させましょう】

「増えたァ!?」

【草】

【女神様だ】

【戦争になる】

【神界参戦】

【同接が跳ねるぞ】

「同接の問題じゃねぇ!!」

 視聴者数。

 300。

 301。

 305。

 320。

 333。

 350。

 止まらない。

 数字が、じわじわ増えていく。

 まるで何かが“こちら側”に集まり始めているみたいに。

視聴者数、412。

「増え方キモ……」

 俺は思わず本音を漏らした。

 普段なら配信終了まで固定300前後。

 それが今、秒単位で増えている。

 しかもコメント欄の流れもおかしい。

【新規です】

【東大陸から来ました】

【魔王軍経由】

【切り抜きで知った】

【預言助かりました】

「どこから来てんだお前ら」

 みうが横からぼそっと言う。

「お兄ってさ」

「ん?」

「昔から変なの寄せる体質あったよね」

「ホラーやめろ」

 確かに、小さい頃から妙なことは多かった。

 知らない番号から毎年誕生日に電話が来たり。

 神社でお祓い中に神主が倒れたり。

 中二病で作った“闇の契約ノート”がなぜか学校で発見されなかったり。

 ……いや最後は俺の隠し場所が神だっただけか。

【器】

【やはり】

【素質が高い】

【王の魂】

「だからなんなんだよその設定」

 俺はコーラを飲もうとして、空なのに気づいた。

 人生みたいだ。

「みう、水取ってきて」

「パシリ?」

「兄を敬え」

「収益化してから言え」

 ぐうの音も出ない。

 妹は呆れた顔で部屋を出ていった。

 ドアが閉まる。

 その瞬間だった。

 コメント欄の空気が変わった。

【妹君が離席】

【今なら】

【伝えられる】

【静粛に】

「……?」

 なんだ?

 急に流れが遅くなる。

 さっきまで騒いでいた連中が、一斉に口を閉ざしたみたいに。

 そして。

 ひとつのコメントが、ゆっくり流れた。

【――あなたは、“門”です】

「……は?」

【世界と世界を繋ぐ観測点】

【本来なら存在してはならない】

【だから狙われる】

「いや待て」

 笑えないタイプ来た。

「おい、なんだよそれ」

【時間がない】

【既に嗅ぎつけられている】

【神々だけではない】

【外側が来る】

 ゾワッ。

 背筋に嫌な寒気が走る。

 “外側”。

 その単語だけ、妙に不気味だった。

「……なぁ」

 俺は乾いた笑いを浮かべる。

「こういうホラーロールプレイ、今流行ってんの?」

 返事はない。

 代わりに。

【来た】

【伏せろ】

【まずい】

【観測される】

「え?」

 ブツン。

 突然、部屋の電気が消えた。

「うおっ!?」

 モニターだけが暗闇に浮かぶ。

 コメント欄が高速で流れている。

【視るな】

【目を合わせるな】

【カメラを切れ】

【早く】

「いやだから何が――」

 その時。

 カメラプレビューの隅。

 俺の背後。

 そこに、“何か”が映っていた。

「…………」

 黒い。

 人型。

 細長い。

 顔がない。

 なのに。

 “こっちを見ている”のだけは分かった。

 呼吸が止まる。

 金縛りみたいに身体が動かない。

 コメント欄が絶叫じみた速度で流れた。

【終焉種】

【なんで現界できる!?】

【まずいまずいまずい】

【魔王軍!!】

【女神様呼べ!!】

【配信を切れ!!】

 その瞬間。

 画面いっぱいに、真っ赤なコメントが表示された。

『¥500,000』

「は?」

【リリス魔王ちゃん:

 私の配信者に、触るな】

 ――ゴォォォォッ!!

 赤黒い炎が、モニターから吹き出した。

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 部屋の空気が一変する。

 熱。

 圧力。

 そして。

 背後の“何か”が、悲鳴みたいなノイズを発した。

 ギギギギギギギッ!!

 黒い影が燃える。

 溶ける。

 空間そのものが歪む。

 モニターの向こう。

 一瞬だけ見えた。

 巨大な玉座。

 そこに座る、一人の少女。

 白銀の髪。

 紅い瞳。

 角。

 そして――。

 画面越しなのに分かるほどの、圧倒的な威圧感。

 少女は頬杖をつきながら、退屈そうに言った。

『……ねぇ、りん』

「っ!?」

『配信中に死なれると困るんだけど』

 次の瞬間。

 映像が切れた。

 部屋の電気が戻る。

 静寂。

「…………」

 俺は床に尻もちをついていた。

 全身汗だく。

 心臓がバクバク鳴っている。

 今の、何。

 幻覚?

 夢?

 ドッキリ?

 いや。

 部屋の壁。

 そこだけ黒く焦げていた。

「…………は?」

 コンコン。

「お兄、水〜」

 呑気な声と共に、みうが戻ってくる。

 そして部屋を見て固まった。

「……え、なにその焦げ跡」

「…………」

「お兄?」

 俺はゆっくりモニターを見る。

 コメント欄。

【助かった】

【魔王様つよ】

【惚れる】

【神界勢力、遅すぎ】

【ナイスファイト】

【スパチャで命を救う時代】

「…………」

 頭がおかしくなりそうだった。

 だが。

 画面右上。

 視聴者数。

 ――1000人突破。

 そしてその下。

『収益化条件を達成しました』

「………………」

 数秒の沈黙。

 俺は震える声で言った。

「……これ命懸かってんのに、収益化喜んでる場合か?」

300人なのにスパチャしてんのは許して

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