第33話 猫だけが知っている
宿へ戻る頃には、すっかり日が暮れていた。
私はベッドへ倒れ込む。
「つかれたー」
クロは窓辺へ飛び乗った。
「お前、最近毎回疲れてるな」
「だって毎回何か起きるんだもん」
「起こしてるのはお前だ」
ひどい。
私は枕を抱えながらクロを見る。
「ねぇ」
「なんだ」
「前から気になってたんだけど」
クロが嫌そうな顔をした。
この顔は分かる。
聞かれたくない時の顔だ。
「クロって何者なの?」
沈黙。
夜風が窓から入り込む。
「猫だ」
「それは見れば分かる」
「じゃあ聞くな」
「いやいや」
私は起き上がった。
「普通の猫じゃないでしょ」
「普通の猫は喋らねぇな」
「そう!」
私は指を差した。
「そこ!」
クロがため息をつく。
「今さらだろ」
「今さらだよ」
私は身を乗り出した。
「王都のこと知ってるし」
「……」
「アルヴェインのことも知ってるし」
「……」
「世界法則とか言うし」
クロは窓の外を見た。
答えない。
珍しい。
いつもなら適当に誤魔化すのに。
「ねぇ」
「……」
「昔、何してたの?」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
クロが小さく言う。
「昔の話だ」
私は思わず姿勢を正した。
聞ける。
初めて聞ける。
「王都にいた」
クロは静かに言った。
「魔術塔も知ってる」
「やっぱり!」
「アルヴェインも知ってる」
私は目を丸くした。
「知り合い?」
「違う」
即答だった。
「じゃあ友達?」
「違う」
「ライバル?」
「違う」
「元上司?」
「違う」
「元恋人?」
「違う!!」
クロが珍しく大声を出した。
私は吹き出した。
「なんでそこだけ強く否定するの」
「当たり前だろ!」
クロは本気で嫌そうな顔をしている。
少し面白かった。
「じゃあ何なの?」
クロは黙る。
そして。
ぽつりと言った。
「見てた」
「え?」
「ずっとな」
意味が分からない。
「何を?」
「世界を」
私は首をかしげた。
「壮大になった」
「お前には分からなくていい」
クロはそれ以上話そうとしなかった。
私は少し考える。
そして。
一番気になっていたことを聞いた。
「クロって昔、人だった?」
クロはちらりとこちらを見た。
「違う」
「王様?」
「違う」
「勇者?」
「違う」
「伝説の魔術師?」
「違う」
「じゃあ猫?」
クロは少しだけ笑った。
「今はな」
「え?」
「気にするな」
絶対気になる。
でも。
これ以上は聞いても答えてくれなさそうだった。
「まぁいいや」
私は再びベッドへ倒れ込んだ。
「おやすみ」
「早ぇな」
「眠い」
今日は色々ありすぎた。
私はすぐに眠ってしまった。
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部屋が静かになる。
窓の外では夜風が吹いている。
クロは月を見上げていた。
誰もいない部屋。
聞いている者はいない。
だからこそ。
小さくつぶやく。
「まさかな」
遠い昔を思い出す。
失われた記録。
忘れられた名前。
あり得ないはずの現象。
そして。
目の前にいる少女。
クロは目を細めた。
「まさか本当に現れるとはな」
一拍。
夜の静寂の中。
猫だけが知る言葉が落ちた。
「――修正者が」




