第30話 計算外の存在
ギルドの空気は重かった。
誰も大きな声を出さない。
アルヴェインがいるからだ。
私はその空気に耐えきれず、小声で言った。
「災害ってひどくない?」
クロが机の上で答える。
「まだ“かもしれない”で済んでるだけマシだ」
「そんなに?」
「そんなにだ」
アルヴェインは静かにこちらを見ていた。
観察するような目。
やっぱり少し落ち着かない。
「私は別に世界とか壊してないよ?」
「現時点では」
アルヴェインは穏やかに答えた。
「怖い言い方しないで!?」
周囲の冒険者たちも緊張している。
ヴァルドが奥から現れた。
「アルヴェイン」
「ヴァルド」
二人の視線がぶつかる。
「うちの冒険者を脅すな」
「脅してはいません」
アルヴェインは静かに言った。
「確認しているだけです」
「何をだ」
一拍。
「世界法則との整合性を」
私は「うーん」と考えた。
「難しい話だ」
「お前は少し危機感を持て」
クロが呆れる。
その時だった。
ギルド奥の棚から、小さな音がした。
ピシッ。
「?」
誰かの魔道具だった。
ランタン型の簡易魔導灯。
魔力が不安定に明滅している。
受付嬢が慌てた。
「あっ、壊れ……」
次の瞬間。
バチィ!!
魔力が暴走した。
「きゃっ!?」
火花が飛ぶ。
棚が倒れる。
冒険者たちが立ち上がった。
「危ねぇ!」
「下がれ!」
私は反射的に動いた。
「消さなきゃ!」
「待てリリア!!」
クロが叫ぶ。
でも遅い。
私は慌ててバケツを掴もうとして――
盛大に足を滑らせた。
「わっ!?」
バケツが飛ぶ。
水が宙を舞う。
そのまま。
隣の棚へ直撃した。
ガタン!!
棚が倒れる。
「うわぁ!?」
さらに別の棚へぶつかる。
連鎖的に倒れていく。
ギルド中が大騒ぎだった。
「何やってんだお前ぇぇ!?」
クロの悲鳴。
そして。
最後に倒れた棚が。
暴走していた魔導灯へ直撃した。
――ガシャァン!!
魔導灯が完全に砕ける。
同時に。
暴走魔力が消えた。
静寂。
ギルド中が止まる。
私は床に転がったまま顔を上げた。
「……消えた?」
受付嬢が青ざめながら周囲を見る。
「け、怪我人は……?」
「いない!」
「火も消えてるぞ!」
冒険者たちがざわつく。
でも。
ギルドの棚は半壊していた。
書類も散乱している。
ヴァルドが遠い目をした。
「……またか」
私はそっと立ち上がる。
「ご、ごめんなさい?」
クロは頭を抱えていた。
「だから触るなって言ってんだろ……」
その時。
アルヴェインが静かに口を開いた。
「なるほど」
ギルドが静まる。
彼は壊れた棚を見る。
散乱した書類。
砕けた魔導灯。
無傷の人々。
そして私。
まるで。
計算結果を確認するみたいに。
「失敗ではない」
静かな声だった。
私はきょとんとする。
「え?」
アルヴェインはまっすぐ私を見る。
「君は“結果”を書き換えている」
空気が凍る。
クロの目が鋭くなる。
ヴァルドも黙っていた。
私は少し考える。
「書き換える?」
「通常なら破綻する状況」
アルヴェインは続ける。
「だが君が介入すると、最終結果だけが成立する」
一拍。
「まるで世界そのものが」
その目が細くなる。
「“最悪の破綻”を回避しているようだ」
ギルドは静まり返っていた。
私はなんとなく困る。
「えっと」
「つまり?」
アルヴェインは少しだけ笑った。
「君は計算外だ」
静かな声。
でもその言葉だけで、空気が変わる。
クロが低くつぶやく。
「……だから怖ぇんだよ」
私はまだ、よく分からなかった。
ただ。
アルヴェインだけは確信していた。
私の“失敗”は。
ただの失敗ではないと。
第三章、ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回から第四章突入です。
“最善”の裏側と、
リリアの“失敗”の本当の意味が少しずつ見え始めます。




