第21話 監視役
ギルドに入った瞬間。
「なんか見られてない?」
私は小声で言った。
クロの耳がぴくりと動く。
「……お前も気づいたか」
「うん」
なんとなく。
視線を感じる。
私はそっと周囲を見る。
冒険者たち。
受付嬢。
依頼掲示板。
いつもと同じ。
……のはずなのに。
「なんか変」
クロは低く言った。
「近いな」
「近い?」
「視線だ」
私は「ふむ」とうなずく。
「人気者?」
「違ぇよ」
クロはため息をついた。
「嫌な方向だ」
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私は掲示板を見る。
「今日はどれにしようかな」
「簡単なのにしろ」
「最近そればっかり」
「当然だ」
クロは真顔だった。
「お前の場合、“簡単”でも事件になる」
「失礼だなぁ」
私は依頼書を眺める。
採取。
掃除。
雑用。
「平和だね」
「そのままでいてくれ」
私は一枚の紙を取る。
『薬草採取』
「これにしよう」
「よし」
クロが珍しく即答した。
「今日は平和だ」
「そんなに安心する?」
「ああ」
クロは深くうなずく。
「薬草は爆発しねぇからな」
「私をなんだと思ってるの」
「歩く事故」
「ひどい」
そんな話をしていると。
「失礼」
後ろから声がした。
私は振り返る。
そこにいたのは、黒いローブの男だった。
年は二十代くらい。
細身で、静かな雰囲気。
「新人冒険者のリリアさんですね?」
「はい?」
クロの目が細くなる。
「誰だ」
男は軽く頭を下げた。
「私はエルム」
穏やかな笑みを浮かべる。
「少し依頼について聞きたいことがありまして」
「依頼?」
「ええ」
男は自然な動作で、掲示板を見る。
「最近、珍しい成功例が多いそうですね」
一瞬。
クロのしっぽが止まった。
「……へぇ」
低い声だった。
私は首をかしげる。
「成功?」
「遺跡の件や旧水路の件です」
エルムは柔らかく笑う。
「新人にしては優秀だと聞きました」
「えへへ」
私はちょっと嬉しかった。
「なんとかなってます!」
「お前は黙ってろ」
クロがぼそっと言う。
エルムの視線が、クロへ向く。
「……珍しい猫ですね」
「普通の猫だ」
「喋りますよね」
「最近はそういう猫もいる」
「雑だな」
エルムは少し笑った。
でも。
その目は笑っていなかった。
じっと。
観察するみたいに私を見ている。
なんだろう。
少しだけ落ち着かない。
「何か?」
私が聞くと。
エルムはすぐに微笑んだ。
「いえ」
「ただ興味がありまして」
「興味?」
「ええ」
一拍。
「あなたの“失敗”に」
クロの空気が変わった。
私は「あはは」と笑う。
「失敗ならいっぱいしてます!」
「知ってます」
エルムは静かに言った。
「だからこそ、です」
その声は穏やかなのに。
なぜか少し冷たかった。
クロが低くつぶやく。
「……リリア」
「うん?」
「行くぞ」
「え?」
「今すぐだ」
私はきょとんとする。
「薬草採取は?」
「後だ」
クロはエルムから目を離さない。
「こいつ」
一拍。
「嫌な匂いがする」
エルムは少しだけ目を細めた。
「警戒されていますね」
「当然だ」
クロの声は低い。
私は二人を交互に見る。
「知り合い?」
「違う」
「初対面です」
二人同時だった。
でも。
空気は全然穏やかじゃない。
エルムは小さく笑う。
「安心してください」
「今日は挨拶だけです」
「今日は?」
クロが鋭く反応する。
エルムは答えなかった。
代わりに、私へ軽く一礼する。
「またお会いしましょう」
そう言って立ち去っていく。
私はその背中を見送った。
「変な人だったね」
「……」
クロは答えない。
ただ。
じっとエルムの背中を見ていた。
その目は、今までで一番鋭かった。
「クロ?」
低い声が返ってくる。
「始まったな」
「なにが?」
クロは小さくつぶやいた。
「観測だけじゃ済まなくなった」




