第20話 観測者
王都。
魔術塔最上階。
静かな研究室で、アルヴェインは報告書を読んでいた。
旧水路。
暴走罠。
浸水事故。
そして。
“偶然発見された緊急排水路”。
アルヴェインは静かに紙を置く。
「三度目」
小さくつぶやいた。
机の上には魔術式が浮かんでいる。
複雑な計算。
確率。
分岐。
成功率。
その全てが、一つの結論を示していた。
「理論上」
アルヴェインは言う。
「ありえない」
部屋の端に立つ黒ローブの魔術師が口を開く。
「ですが、結果は出ています」
「ああ」
アルヴェインはうなずく。
「一度なら偶然」
「二度なら異常」
一拍。
「三度なら現象だ」
静かな声だった。
魔術師は少し緊張したように聞く。
「……対象は危険でしょうか」
アルヴェインはすぐには答えなかった。
窓の外を見る。
遠くの空。
そして小さく言う。
「まだ分からない」
「ですが、少なくとも」
机の上の計算式を見る。
「世界の法則に干渉している」
空気が少し重くなる。
魔術師が息をのむ。
「法則、ですか」
「ああ」
アルヴェインは静かに続ける。
「過程を破綻させ」
「結果だけを成立させる」
指先で計算式をなぞる。
「ありえない」
一拍。
「本来ならな」
魔術師は慎重に言った。
「それが……スキルの正体だと?」
アルヴェインは目を細める。
「まだ仮説だ」
「だが」
その声は低かった。
「もし本当に結果へ干渉しているなら」
そこで言葉を止める。
魔術師が静かに待つ。
アルヴェインはゆっくり言った。
「最も危険なのは」
一拍。
「本人が自覚していないことだ」
---
「おおー」
私は屋台を見ながら歩いていた。
「焼き串だ」
「さっき飯食っただろ」
クロが呆れた声を出す。
「別腹だよ」
「便利な言葉だな」
私は焼き串を見つめる。
おいしそう。
「クロも食べる?」
「いらん」
「遠慮しなくていいのに」
「猫に焼き串すすめんな」
私は少し笑った。
平和だった。
空は晴れている。
街もいつも通り。
でも。
クロだけは、どこか落ち着かない。
「クロ?」
「……なんだ」
「また難しい顔してる」
「お前のせいだ」
「えー」
私は焼き串を買う。
その時だった。
――ガタン
「ん?」
近くで大きな音がした。
通行人がざわつく。
「危ない!」
誰かが叫んだ。
私は振り向く。
建物の二階。
積まれていた木箱が崩れていた。
「うわっ」
箱が落ちる。
下には、小さな子供。
「きゃ……!」
私は反射的に走った。
「リリア!」
クロが叫ぶ。
私は子供へ飛び込む。
そして。
盛大に足を滑らせた。
「わぁ!?」
どんっ!
私は子供ごと転がる。
その瞬間。
崩れた木箱が、さっきまで子供がいた場所へ落下した。
轟音。
木片が飛び散る。
周囲が静まり返る。
「……え?」
私は目をぱちぱちした。
腕の中の子供も無事だ。
「だ、大丈夫?」
「う、うん……」
私はほっと息を吐いた。
「よかったぁ」
周囲からざわめきが起きる。
「助けたのか?」
「今の、偶然……?」
「すごい転び方だったぞ」
クロは何も言わなかった。
ただ。
じっと私を見ている。
「クロ?」
「……」
クロの目は真剣だった。
「お前」
「うん?」
低い声で言う。
「また、失敗したな」
私は笑った。
「転んじゃった」
「ああ」
クロは小さくつぶやく。
「でも結果は最善だ」
私はきょとんとする。
「助かったんだからよかったじゃん」
クロは黙る。
そして。
ゆっくり空を見上げた。
「……四回目」
その声は、少しだけ震えていた。
---
遠く離れた王都で。
アルヴェインは静かに目を閉じていた。
「観測完了」
小さくつぶやく。
机の上の計算式が、音もなく崩れた。
まるで。
“計算そのもの”が意味を失ったみたいに。
アルヴェインは静かに笑う。
「なるほど」
一拍。
「君は」
窓の外を見ながら言った。
「世界にとっての“誤差”か」




