薬師BCE 05
人々はクレメンシェトラから受け取った種を、それはそれは大切に育てた。芽が出れば飛んで喜び、花が咲けばその日は踊り明かした。花は誰がどう育てても枯れることなく美しく咲いたが、花園には一輪もない白い花ばかりだった。
それら白い花は少しのくすみもなく、この世のどんなものよりも真白く輝いているようだった。不可思議な花を人々は不気味に思ったが、筆舌に尽くしがたいほどの美の前には、あらゆる悪感情は無に還る。花の溢れたその町は、日がな一日不思議な高揚感に包まれていた。
しかし人々はやがてクレメンシェトラを畏怖するようになる。彼女が町で花を売り始めて数年が経っていた。彼女は成長することはおろか、老い衰えることがなかったのだ。数年の間、ずっと少女の外観を保っていた。彼女に関する憶測の中にはそっくりの娘があとを継いだのだとか、いやいや彼女は花の精霊なのだとかいうものがあった。
彼女は自分の足で歩いてこの町まで来ているじゃないか。それならば精霊ではない。きっと術士だ。術の力で若さを保っている。あるいはああ見えて実は成人しているとか。いや、童顔と言い切るには少し厳しいのではないか。
人々は娯楽に飢えていた。ジョングルールの素朴な詩歌もカンティンパンカの軽やかなフロットーラも、一時のものに過ぎない。彼らは町で長期間楽しめるような尤もらしく、かつ少し現実味のない話を求めていた。誰が言ったことだったか。クレメンシェトラに関して一番支持されたのは、彼女が花を食べて生きているというものだった。
町娘の中に、若さを維持するために花を食すものが現れた。種を貰いに行っては畑の隅に撒き、せっせと世話をしては花を食べた。花が盗まれないようにと家の中で育てるものが現れた。白い花では効果がないと踏み、花園から色とりどりの花を盗む者もいた。クレメンシェトラは花園における盗難行為に気づいていたが、見て見ぬふりをしていた。花の種は無尽蔵につくりだせるし、女というのは花が好きなのだそうだ。それならば別にいいかと考える。
彼女は自分の所有物にあまり頓着しない。世界が優しいばかりではないことを知ってしまった。炎も風も、容易く牙を剥いて襲ってくる。彼女は持たざる暮らしに戻りたかった。人々の営みとは断絶した毎日。いつか訪れる終わりの瞬間まで、同じことが繰り返されるあの日々に。魔物を導き浄化すること。薬師が文明の維持に貢献してきたのならば、彼女も人類の存続に貢献していた。
彼女は人であり、人ならざる者だ。バランサー。世界の調和と均衡のために生を全うすべき者。自然の摂理は守られなくてはならない。必要以上に殺戮をしてはならない。魔物を悪だと決めつけてはいけない。ゆっくりと時間をかけて淘汰されることは是であるが、急速に絶やし滅ぼされることは非である。彼女は誰の味方でもなく、ただ魔物を人間から保護し、浄化することのみが役目だ。
クレメンシェトラは失格だった。イーフィネイアとの交流も、町での買い物も、花を売ることも、彼女の役目ではない。しかし森が燃やされたことは想定外だった。森は恒久的に運用される算段となっていた。調整者は森のシステムに組み込まれ、何世代にもわたって役目を果たす。彼らは単為生殖できるようにつくられているのだ。生き物の形を取っている以上は老化を避けられない。代替わりの手段である。時間の流れ方が異なるだけで、クレメンシェトラも確実に老化しているのだった。
いつからか、彼女は町に行かなくなった。彼女は町の殺伐とした空気に耐えられない。何もかもが変わってしまった。誰もが花を欲する。町へ行かずとも、花の種のために毎日何人も何人も小屋を訪ねてくる。クレメンシェトラは疲れ切っていた。町の人々の際限のない欲求と澱んだ雰囲気は確実に精神を蝕んでいた。
花を食べても思うような効果が得られなかった女たちは、クレメンシェトラの血肉を求めていた。誰もが狂気に走っていた。女たちのみならず男たちもまた、自分のため、愛する女のため、あるいは金のために彼女の血肉を欲していたのである。されども獲物は一人。
彼らは騙し合い、出し抜き合い、互いに殺し合った。老若男女問わず徹底的に殺しつくさんとした。花のない鉢や煉瓦、ありとあらゆる刃物が飛び交い、町中に死体が溢れた。五体満足でないものも少なくなかった。生き残った数人が花園で最後の決戦を繰り広げ、そして皆死んだ。
美しい花園は血に濡れた。




